二人きりの密室
「君が好きかも知れない。」
人気のない放課後の図書室。
本特有の香りに包まれて、君と私の二人きりの密室。
校舎の一階に位置するこの部屋の窓からは部活に打ち込む生徒たちの姿が見える。
走りこみをしている声が開いている窓から入り込んでくる。
そんな中、私は貸出用のカウンターに肘をつきながらまるで他人事のように言った。
「そろそろ雨が降るかもしれない」というのと同じような抑揚で彼に言った。
私の言葉を聞いた彼はいつもと変わらず無表情で何を考えているのかよくわからなかった。
もしかして私の言葉の意味が伝わらなかったのだろうか。
それならそれで構わない。
別に今日想いを告げる気などなかったのだ。
ただ、私の何気ない話しに小さく笑う君を見て頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出てしまっただけなのだ。
たぶん、私は今何でもないような顔をしているだろう。
だが、実際はひかれているのではないか、振られるのだろうかとネガティブな思考ばかりが胸を渦巻いている。
「聞こえなかったのなら……」
「いや、聞こえているよ。ただ、あまりに急だったから驚いて……。」
聞こえていなかったのならなかったことにしてしまおうかと思ったが、どうやらしっかり彼の耳に届いてしまっていたようだ。
驚いて……と言ったきり彼はまた一点を見つめ固まってしまった。
何度か彼がこうして一点を見つめ停止するところを教室でみかけたことがある。
クラスの人はそんな彼をみて何を見ているのだろうかと不思議そうにしていた。
私は違った。
あぁ、考え事をしているんだなと何故か確信していた。
私もよくどこか一点を見つめて考え事をするから。
正確には見ているようで特に何かを見ているわけではないのだが。
今、彼はきっと私の曖昧に告白の言葉になんと答えたらいいのか思案しているのだろう。
「あのさ、今日は私バイトあるし明日またここでってことでいいかな。」
今日は月曜日。
私のバイトは水曜日と日曜日。
バイトがあるというのはこの無言の空気から逃れるための真っ赤な嘘だ。
「うん。わかった。また、ここで。」
少し考えてから小さく頷いて君は言った。
そんな些細な言動でさえ私の胸は小さく高鳴る。
「じゃあ、バイバイ。」
何とか笑顔を作り、手をふりながら二人きりの密室から離脱し、駐輪場までの道を全力で走る。
走る。
走る。