5.Billion
【玉木隼人の視点:疑念】
放課後の教室。
ひよりと栞さんは楽しそうにアイスの話をしているが、僕の頭の中は、昨日後藤龍馬から聞かされた「70億人の切り捨て」という言葉で埋め尽くされていた。
「……なぁ、後藤」
僕は、隣でスマホを弄っている孝太朗に声をかけた。
「お前の親父さんに会った。……プロジェクト・ビリオンのこと、全部聞いたよ」
孝太朗の指が、一瞬だけ止まった。
けれど、彼は顔を上げず、どこか乾いた声で答えた。
「……あぁ、そう。親父、相変わらず説明不足だったろ」
「……お前、知ってたのか? 10億人以外は見捨てるなんて話」
「知ってたよ。それが一番効率的だからな」
孝太朗がゆっくりと顔を上げた。その瞳は、いつもの『お調子者』のそれではなく、まるで底のない沼のように冷たく、濁っていた。
「玉木。お前も昨日の戦いで分かっただろ? 力のない奴は、ただの『素材』か『ゴミ』なんだよ。……ちょうどいい、今夜、現場を見に来いよ。俺がどうやって『排除』してるか」
【栞(現在)の視点:裏の恐怖】
私は二人の会話を、震えながら盗み聞きしていた。
未来の私からの端末が、警告音を鳴らしている。
『警告:後藤孝太朗の精神汚染が閾値を超過。彼はもはや、あなたの知る「親友」ではない』
「……そんな」
後藤君。玉木君といつも笑い合っていた、あの優しい後藤君が?
私は彼らの後を追い、夜の廃工場へと向かった。そこで目にしたのは、英雄の戦いなんかじゃない。――ただの『処理』だった。
【玉木隼人の視点:闇の顕現】
廃工場の奥。そこには、覚醒病で理性を失い、鎖に繋がれた数人の「患者」がいた。
彼らはまだ、ボロボロの私服を着ている。数日前までは、誰かの家族だったはずの人たちだ。
「……後藤、何をするつもりだ」
「何って。データの回収だよ」
孝太朗が、黒い輝きを放つ『プロトカード』を掲げた。
玉木の紅いカードとは違う、どす黒い霧のようなオーラが彼を包む。
「カードセット。……プロトタイプ・アビス、起動」
孝太朗の腕が異形の黒い刃に変化する。
彼は、怯えてうめき声を上げる患者たちを、まるで動かない物でも扱うように、無表情で斬り伏せていった。
「あ……が……っ!」
「よし、適合因子15%回収。……チッ、こいつはハズレか。効率が悪りぃな」
動かなくなった「元・人間」を、孝太朗は足蹴にする。
「やめろ……! 後藤、そいつらはまだ……!」
「まだ何だよ、玉木。心があるってか? 笑わせるなよ。こいつらは10億人に選ばれなかった、ただの廃棄物だ。俺たちが強くなるための肥料になれば、少しは役に立ったって言えるだろ?」
返り血を浴びたまま、孝太朗が不気味に笑う。
その背後には、彼のプロトカードが呼び出した死神のような影が揺らめいていた。
「……お前、本当に後藤なのか?」
「さぁな。今の俺は『プロジェクト・ビリオン』の執行官だ。……玉木、お前も早くそっち側の甘い考えを捨てろよ。じゃないと――お前も『素材』として処理しなきゃいけなくなる」
暗闇の中で、孝太朗の瞳が紅く光った。
僕が知っている親友は、もうどこにもいなかった。
【栞(現在)の視点】
私は壁の影で、口を抑えて座り込んでいた。
未来の私が、どうして「彼を死なせないで」と言ったのか。
それは怪物から守るためだけじゃない。
闇に墜ちていく親友や、残酷な決断を迫る大人たち。
そんな「地獄」の中で、玉木君の心を壊さないでほしい――。
それが、未来の私が託した本当の願いだったのだと、私は初めて気づいた。
「……守れるかな。……私に、あんなに怖くなった後藤君を止められるかな」
私は、自分の手にある小さなCicadaの端末を、壊れるほど強く握りしめた。




