4.禁断の救済
目が覚めると、そこは消毒液の匂いが充満する真っ白な部屋だった。
左腕には、見たこともない精密な医療機器が取り付けられ、僕の脈拍や体温を冷徹なグラフにしてモニターに映し出している。
「……起きたか。気分はどうだ」
部屋の隅、影の中から一人の男が歩み寄ってきた。
白衣を着ているが、医者のような温かみは微塵もない。眼鏡の奥にある瞳は、まるで精密機械のように僕を観察している。
「……誰、ですか。ここは……」
「私の名は後藤龍馬。君が持っているカードの開発者であり、この施設の責任者だ。そして――君の親友、孝太朗の父親でもある」
心臓が跳ねた。孝太朗の、父親……?
あいつの親父さんは、海外で忙しく働いているエンジニアだと聞いていた。それが、なぜこんな地下施設のような場所に。
「困惑するのも無理はない。だが、まずは君の身体の話をしよう」
後藤龍馬はモニターを指し示した。そこには、僕の血管の中を流れる「紅い光」がシミュレーションされていた。
「君は昨日、覚醒病の個体を『レッドドラグーン』で排除した。その際、カードとの融合係数が45%に達した。……これは異常な数値だ。普通の人間なら、その熱量で脳が焼き切れている」
「……あ、あの力は、一体何なんですか。僕は……どうなっちゃうんですか」
僕の問いに、龍馬は歩を止め、僕の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、親友の父としての情など欠片もなかった。
「君は『選ばれた』のだよ、玉木隼人。……全人類80億のうち、生き残る権利を持つ10億人の一人に」
「……10億人? 何、言ってるんですか」
「世界はもう終わる。覚醒病は止められない。だから我々『Cicada』は、適合者だけをカードの力で強制的に進化させ、箱舟に乗せる。それが『プロジェクト・ビリオン』だ」
龍馬の言葉は、あまりに淡々としていて、逆にそれが恐ろしいリアリティを持って迫ってきた。
昨日、僕が助けたひよりは? 教室で笑っているクラスメイトたちは?
「残りの……70億人は、どうなるんですか」
「切り捨てる。それ以外に、人類という種を残す方法はない」
絶句する僕に、龍馬は冷たい手で僕の肩を叩いた。
「君にはその『英雄』としての素質がある。……期待しているよ。君のデータが、息子や、人類の未来を救う礎になる」
彼はそれだけ言うと、一度も振り返らずに部屋を出て行った。
残されたのは、電子音だけが響く静寂と、僕の右手にいつの間にか戻されていた、あの不気味に温かいオリジンカードだけだった。
【裏の視点:後藤龍馬の独白】
自動ドアが閉まると同時に、龍馬は深く息を吐き、手元の端末を操作した。
画面には、別室で怯えながら待機している小瀬栞の映像が映っている。
「……小瀬栞。君の持ってきた『未来のデータ』と、彼の適合率は一致した」
龍馬は、モニターの中の玉木を冷ややかに見つめる。
「彼を英雄にするか、それともただの肉塊に変えるか。……すべては計画通りだ。例えそれが、自分の息子を地獄へ送ることになったとしても」
龍馬の眼鏡に、紅く光る融合係数のグラフが反射していた。




