3.放課後のアイスと栞
心臓に悪い。学校という場所は、こんなにも緊張するものだっただろうか。
私は、教室の隅でひっそりと Cicada から支給された端末をチェックする。
『玉木隼人の行動を分単位で記録せよ。私情を挟むことは許されない』
未来の私からの無機質なメール。
でも、視線の先の玉木君は、さっきから消しゴムを落としたり、教科書を逆さまに読んでいたりと、昨日の「英雄」の面影は微塵もない。
(……監視、監視しなきゃ。……あ、また消しゴム落とした。拾ってあげた方がいいのかな。……ううん、人違いだって言ったばかりだし、不自然だよね。……ああ、でも気になる!)
一人で脳内会議を繰り広げていると、不意に視界が遮られた。
「ねえねえ、栞ちゃん!」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。顔を上げると、浅倉ひよりさんが太陽のような笑顔で私の机を覗き込んでいた。
「驚かせちゃった? ごめんね。ねえ、この後空いてる? 駅前に新しいアイス屋さんができたんだって。一緒に行かない?」
「え……あ、その、私は……」
(ダメだよ私。監視しなきゃいけないんだから。……でも、アイス。期間限定のストロベリーって、昨日ポスターで見かけたやつ……?)
私の胃袋が、情けないことに「キュ~」と鳴った。
「あ……」
「あはは! 決まり! お腹空いてるなら行こ! 玉木も後藤も誘おうよ」
「えっ、玉木君も……!?」
監視対象とアイスを食べる。これは……任務の一環。そう、任務。
私は自分にそう言い聞かせ、赤くなった顔を隠すように頷いた。
【玉木隼人の視点:表】
「……なぁ玉木。お前、あの子にフラれたのか?」
孝太朗が小声で茶化してくる。
フラれたというか、そもそも知らないと言われたんだが……。僕はチラリと、ひよりに強引に誘われている小瀬栞さんを見た。
(やっぱり、あの子だ。でも、昨日の凛々しい感じと全然違う……)
駅前のアイス屋。
ひよりに押し切られる形で、僕ら四人はテーブルを囲んでいた。
小瀬さんは、まるで壊れ物を扱うみたいに、慎重にダブルのアイス(ストロベリーとチョコ)をスプーンですくっている。
「……っ!」
一口食べた瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝いた。
さっきまでの、人を寄せ付けないような壁が嘘みたいに消えて、頬が幸せそうに緩んでいる。
「……おいしい。……こんなの、食べたことない」
「でしょー! ここのチョコ、濃厚なんだよね」
ひよりが楽しそうに笑う。小瀬さんはハッとして、また無表情に戻ろうとしたけれど、口元にクリームがついている。
「あ、小瀬さん。……ついてるよ、そこ」
僕が自分の口元を指すと、彼女は顔を真っ赤にして、「ふぇっ!?」と慌ててナプキンで口を拭った。
「……あ、ありがとうございます……っ。……見ないでください……恥ずかしい……」
うつむいてモゴモゴと言う彼女は、昨日僕を助けてくれた「謎の少女」というより、ただの「可愛い同級生」だった。
でも、彼女が時折見せる、ふとした寂しそうな表情。
それは、僕の心にトゲのように刺さった。
【後藤孝太朗の視点:観測】
「……平和だねぇ」
俺はバニラアイスを頬張りながら、二人を観察していた。
玉木は鼻の下を伸ばしているし、小瀬栞は任務を忘れてアイスに夢中だ。
けれど、俺は見逃さなかった。
小瀬栞がカバンを置いた時、その隙間からチラリと見えた――
俺の親父、後藤龍馬が作っているはずの『Cicada専用端末』。
(おっと。内気なフリして、しっかり『あっち側』の人間かよ。……お前、どっちの味方なんだ? 現在の栞ちゃん)
俺はわざと明るい声を出して、会話に入り込む。
「なーなー、栞ちゃん! 今度俺にもノート貸してよ。玉木のノート、字が汚くて読めねーんだわ!」
「えっ、あ、はい……私ので良ければ……」
困ったように笑う彼女の横顔を、俺は冷めた目で見つめていた。
この「普通のアイス」の味がしなくなる日は、もうすぐそこまで来ている。
「……起きたか。気分はどうだ」
続く。




