20.贖罪の歩み(後日談)
世界が書き換えられてから、数ヶ月。
後藤龍馬という男は、この世界から「最初から存在しなかった者」として消滅した。それに伴い、彼の息子であったはずの孝太朗の戸籍も書き換えられ、彼は今、遠い親戚の養子として、玉木や栞のいた街から離れた場所で暮らしていた。
「……味が、しねえな」
コンビニで買ったパンを齧りながら、孝太朗は屋上に座り込んでいた。
龍馬の実験体として「アビス」を埋め込まれた後遺症か、あるいは精神的な虚脱か。彼の感覚はどこか麻痺し、世界がモノクロに見える。
栞とは違い、彼だけは「すべて」を覚えていた。
龍馬の冷酷な言葉も、自分が親友を裏切りかけたことも、そして、玉木隼人が自分たちを救うために宇宙の塵となったことも。
【記憶の重荷:唯一の理解者】
孝太朗は、時折この街へ戻ってくる。
下校時刻、楽しそうに友達と笑いながら歩く小瀬栞の姿を、遠くから確認するためだけに。
(……栞、お前はそれでいい。何も思い出さなくていいんだ)
彼女の笑顔を見るたび、胸が締め付けられる。
彼女を救ったのは玉木だ。そして、その玉木を忘れさせることで彼女の幸福を守ったのも、玉木自身の最期の意志だった。
自分だけが、その「消された英雄」を知っている。
この孤独は、龍馬の息子として、そして親友として、彼が背負い続けるべき「罰」であり「誇り」だった。
【奇跡の残響:ポケットの中の熱】
夕暮れの河川敷。孝太朗は、ポケットの中にずっと隠し持っていた「あるもの」を取り出した。
それは、世界が書き換えられた際、本来消えるはずだった**『レッドドラグーン』**のカード。
ボロボロに焼け焦げ、イラストも判別できないほど真っ黒な「灰」のような紙切れ。
「……バカ野郎。神様になったんなら、もっと上手くやれよ」
孝太朗がその灰色のカードに触れた、その時。
――ジリ、と指先に熱が走った。
真っ黒だったカードの表面に、一瞬だけ、紅蓮の炎の幻影が揺らめいた。
それは神となった玉木が、地上に唯一残した「俺はここにいた」という無言の証明のようだった。
「……ふん。分かってるよ。お前が守ったこの世界、俺が死ぬまで見届けてやるよ」
【ラストカット】
孝太朗は立ち上がり、カードを大切に財布の奥へと仕舞い込んだ。
彼の瞳には、かつての「アビス」の闇ではなく、静かな、しかし力強い意志が宿っていた。
遠くで響く電車の音。
人々の話し声。
玉木が守り、孝太朗が記憶し、栞が謳歌する、何の変哲もない明日。
孝太朗は小さく「Good luck」と呟き、人混みの中へと消えていった。
後日談あとがき:灰色のカードと、消えない熱
後藤孝太朗編、最後までお読みいただきありがとうございました。
mr.iwasiです。
本編で玉木が「神」となり、栞が「忘却」という名の救済を得た一方で、どうしても書きたかったのが、この孝太朗の物語でした。
彼は、この世界で唯一「何が起きたか」を覚えている人間です。
親友を裏切りかけた罪悪感、自分を道具としてしか見なかった父・龍馬への愛憎。そして、世界を買い取って消えていった親友・玉木への、言葉にできない感謝。
正直、一番「人間臭くて」書くのが楽しかったキャラクターでもあります。
第3話のアイスクリーム回を書いていた頃は、まさか彼がボロボロになった**『レッドドラグーン』**のカードを握りしめて、一人で河川敷に立つことになるとは思ってもみませんでした。
栞が笑っている日常を、遠くから見守るだけの孤独。
それは彼にとっての「罰」でもありますが、同時に、親友と過ごした時間が「確かに存在した」ことを証明する、彼だけの「特権」でもあります。
趣味で小説をレイアウトしていく中で、孝太朗というピースは、一番歪で、だからこそ愛おしいパーツでした。
織田先生の「満点をくれてやるよ」という言葉。
そして、焼け焦げたカードに宿った、一瞬の熱。
これらすべてが、物語の「展開図」の中に綺麗に収まった気がしています。
これで、この「再構築された世界」の物語は、本当に幕を閉じます。
次に私が書く物語が、また誰かの心の隅っこに、小さな「ノイズ」として残ってくれることを願って。
孝太朗の未来に、そして読んでくださった皆様の毎日に。
Good Luck. ――あとは、俺たちが生きてやるよ。




