12.覚悟
【現在の栞の視点:絶対的な否定】
静止した時間、色を失った街。
私が指を振るたびに、壊れたビルが逆再生のように修復され、空を覆うアダバイスの触手さえも銀色の結晶に封じ込められていく。
「……やっと見つけた。もう一人の、私」
瓦礫の山の頂で、私は『彼女』と対峙した。
ボロボロの制服、血の滲んだ包帯。そして、サムライクロックを背後に従えた、未来の私。
「……今の力。それはあなたが望んだもの? それとも、絶望に押し流されて掴み取った『呪い』?」
未来の私の声は、ひどく掠れていた。
その瞳には、私が今まさに捨て去ろうとしている「人間らしい恐怖」が、まだ色濃く残っている。
「どっちでもいいわ。……あなたが言ったことは、全部嘘。……私は、認めない」
私は一歩、空中に足を踏み出した。銀色の光が足場となり、私を『神』の座へと押し上げていく。
「玉木君を失う? 仲間が変わり果てる? 世界が滅亡する? ……そんなの、絶対にありえない。私がこの力で、運命の歯車を力ずくで止めてみせる。……一人も死なせない。後藤君だって、私が人間に戻してあげる」
【未来の栞の視点:諦念と祈り】
現在の私が放つ、圧倒的な光。
それはかつて、私も同じように信じ、そして挫折した「万能感」の輝きだった。
「……そう。あなたは、そう言うと思ったわ」
私はサムライクロックの柄に手をかけた。
彼女が選んだ道は、救済ではない。それは世界を自分の箱庭に閉じ込める、孤独な独裁への道。
けれど、今の彼女に何を言っても届かない。
この「覚醒」そのものが、運命が仕掛けた最も残酷な罠であることを、彼女はまだ知らないのだから。
「玉木君を愛しているなら……。その光が、いつか彼を焼き尽くす可能性も、覚えておきなさい」
「……焼かせない。……私が、彼を照らす光になるの」
現在の栞の瞳が、より一層強く銀色に輝く。
彼女の背後に展開された巨大な幾何学模様が、私の存在を「異物」として排除しようと脈動を始めた。
【現在の栞の視点:孤独な決意】
「消えて、未来の私。……あなたの持ってきた絶望なんて、私の世界には一滴も必要ない」
私が手をかざすと、空間そのものが震え、未来の栞の姿がノイズのように揺らぎ始めた。
歴史の修正力。あるいは、新しく生まれた「今の私」による拒絶。
未来の栞は、抵抗しなかった。
ただ、消えゆく間際、彼女はサムライクロックの影に隠れるようにして、一瞬だけ、かつての私が見せていた「普通の少女」の寂しげな微笑みを浮かべた。
「……いいわ。……やってみなさい。……あなたがどこまで、その『個』の意志で運命をねじ伏せられるか」
彼女の姿が霧散する直前、最期に一言だけ、祈るような、あるいは呪うような言葉が風に乗って届いた。
「Good luck(幸運を)。……私だった、私へ」
彼女はどこかに消えた。
残されたのは、銀色の光に包まれた、歪なまでに美しい「死なない街」。
私はゆっくりと地上へ降り立ち、倒れている玉木君の方を向いた。
(……大丈夫だよ、玉木君。……もう、誰もあなたを傷つけさせない。……たとえ、あなたが私を恐れるようになっても)
私の指先から零れた銀色の粒子が、玉木の傷を塞いでいく。
けれど、その治癒の光は、温かい体温を感じさせるものではなく、どこまでも無機質な、灰色の静寂に満ちていた。
覚悟はもう、とっくに出来ていた。




