1.干渉
――世界は、あと1000日で終わる。
南極から発生した未知のウイルス「覚醒病」。
感染すれば、遺伝子レベルで身体を書き換えられ、異形の怪物へと成り果てる。
人類が積み上げた文明は、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
極秘防衛機関『Cicada』が掲げた人類救済計画。
その名は、「プロジェクト・ビリオン」。
80億人のうち、適合者である10億人だけを選別し、残りの70億人を切り捨てる残酷な生存戦略。
だが、その「選別」さえも失敗し、すべてが灰となった未来があった。
滅び去ったはずの「あの日」から、一人の少女が時間を飛び越える。
血の匂いと絶望を背負った、未来の小瀬栞。
彼女が過去の自分へ託したのは、世界の運命を変えるための『鍵』であり、
愛した少年を戦場へ引きずり込むための『呪い』だった。
何も知らない少年、玉木隼人。
未来の自分に操られる、内気な少女、小瀬栞。
「あなたは、運命に逆らえる?」
二人の栞が交差する時、止まっていた時計の針が、残酷に動き始める。
白い世界だった。どこまでも続く、音のない場所。
登校中、ふっと意識が遠のいたかと思えば、私はここに立っていた。
「……ここ、どこ? 私、学校に行かなきゃいけないのに」
震える声に、乾いた足音が重なる。振り返ると、そこにはボロボロの制服を着た私と同じ顔の少女が立っていた。
ひどい鉄の匂い。その人は、私の手へ強引に一枚のカードを押し付けた。
「これを持って。そして、あの日――十二月の校門前で、彼に渡しなさい」
「え……? 彼って、誰のこと……?」
問いかけに、もう一人の自分は答えなかった。ただ、泣きそうに歪んだ顔で私を見つめ、消え入りそうな声で囁いた。
「お願い。今度は、彼を死なせないで」
視界が爆ぜるような光に包まれ、私は現実へと叩き落とされた。
【玉木隼人の視点:表】
「おーい玉木! またお前、意識飛ばしてたろ。昨日ゲームのやりすぎか?」
前の席から、後藤孝太朗がニヤニヤしながら身を乗り出してきた。こいつはいつも距離が近い。
「……いや、ちょっとボーッとしてただけだよ。それより後藤、お前こそ宿題やったのかよ。今日、英語の提出日だぞ」
「げっ、マジ!? ひよりー、頼む! 一生のお願い、ちょっとだけノート貸して!」
孝太朗が隣の席の浅倉ひよりに拝み倒す。ひよりは呆れたように肩をすくめながらも、ノートを机の端に置いた。
「一生のお願い、今月でもう五回目だよ? はい、これ。……でも、丸写しはダメだからね」
「さすがひより! 学年委員長の慈悲が身に染みるぜ!」
そんな、どこにでもある平和な日常。
だが、放課後の校門を出たところで、その「日常」の幕は唐突に引き裂かれた。
冬の低い陽光を背に、一人の少女が立っていた。
僕と同じくらいの年齢。けれど、その瞳には、この世の終わりを見てきたような深い絶望が宿っていた。
「……あなたは、運命に逆らえる?」
その声は、僕の鼓動を一瞬止めた。
「え……何……?」と聞き返す間もなく、彼女は僕の目の前に回り込み、鈍く光るカードを僕の胸元に押し付けた。
「絶望の未来を壊すための、唯一の欠片。……受け取って。英雄、玉木隼人」
彼女はそれだけ言うと、霧のようにかき消えた。
手元に残ったのは、不気味な脈動を繰り返すカードが一枚。
「……玉木隼人……? なんで、僕の名前を……」
【栞(現在)の視点:裏】
私は、電柱の陰でそれを見ていた。
心臓が壊れそうなほど速く打っている。膝が震えて、地面にへたり込みそうだった。
「……誰、あの男の子。……あなたは、何をしたの?」
もう一人の自分が接触した相手。玉木隼人――さっき、そう呼ばれていた気がする。
私は彼のことを全く知らない。話したことも、見たこともない。
なのに、もう一人の自分は、あんなにも悲しそうな顔で彼を見つめていた。
『――手続きは済ませておいたわ。明日から、あなたは彼の「監視役」としてあの学校へ行きなさい』
脳裏に直接、もう一人の自分の声が響く。
足元には、見たこともない私の学生証と、防衛機関『Cicada』の資料が落ちていた。
震える手で資料をめくると、一枚の写真が滑り落ちた。
そこには、今よりもずっと大人びた――さっきの彼に似た少年が、冷たくなった「私」を抱いて泣いている姿があった。
「知らない……こんな人、知らないのに……っ」
知らない男の子を守るために、私は明日から、偽りの転校生として彼の前に立たなければならない。
12月の冷たい風が、私の頬を刺した。
...続く




