83
「戻ってきたね」
私は右側を向くと占いのおばさんが立っていた。サリーはオレンジだった。私は大きく息をはいた。息をはききると、虚無感がぐっと襲ってきた。何もない、何もかも終わった――。
「終わったんだ」
「ええ、終わりよ」
「何もかも――」
「どう? 気分は」
「最悪です」
「そう。辛いこと言うようだけど、これが現実なんだから仕方ないことだよ。人間、抗うことが出来ないことがほとんどなの」
おばさんは、腕組をしたまま、微笑んだ。
「――私にとって、この世界は何もないことが十分にわかりました。これからの人生もきっと、失望したまま生きることもわかりました。それくらい、心の中が空っぽです。私、もう、生きていく気力ないかもしれません」
「そうは言っても、人間生きなくちゃいけない。どんなにじっとしていてもお腹は減るし、嫌でも食べたり飲んだりしなくちゃいけない。――それが現実を受け入れるってことなのかもしれないね」
おばさんの声以外、何も音がなかった。この部屋も空っぽだ。私かおばさんが話すたびに声が不自然に響いた。この部屋はまだ夢のつづきみたいな、そんな現実感のなさだ。
「――だけど、私、わかったことがあるんです。実はこの椅子を使えば、人間、運命に抗うこともできるって。だから、2回目のタイムスリップしようと思ったんです。それで実際にタイムスリップして、抗うことができました。簡単です。そんなの。私は彼がいない世界では生きていけないし、彼がいない世界を望みません。彼がいる世界でしか私は幸せになれない。なら、その世界に留まればいい。そういうことです」
私がそう言ったあと、しばらく沈黙が訪れた。おばさんは私のさっきの話を本当に聞いていたのか不安になるくらい、不自然に時間が流れていった。
「あなたにいいこと教えてあげる。――この椅子はね、実はタイムスリップする装置ってわけではないんだよ」
おばさんは冷たく冷静な声でそう言った。
「どういうことですか?」
「私はこの椅子に座るときに行きたい過去のことをイメージしてって言ったでしょ。そのときあなたはどうなっているかと言うと、過去の世界に意識が行くの。これがタイムスリップよね。だけどね、本当はこの椅子って、自分が作り上げた世界に行くことが出来る椅子なの」
「え、よくわからないです」
私がそう言うと、おばさんは察しが悪い子ね。と言いたげな表情で続けて、こう言った。
「つまり、さっき、あなたが言った通りよ。答えはあなた自身で出したじゃないの。――自分の人生、こうしたいと思った世界を新たに作ってくれるってこと。だから、死んだ人が死ななかった世界の中で、自分が生きたいと思ったら、その世界に行って、人生を作り直すことができるの」
「え、だけど、2回寝たら、元の世界に戻っちゃいますよね?」
「あれもね、私がそう言っているだけで、本当はそうならないの。みんな、私の話を聞いて、2回寝たらタイムスリップが終わるんだと思うから、椅子はその通りにしてくれるってだけのことなの。だから、私の話を無視した人はタイムスリップしてもその世界に留まり続けることができるってことよ」
「――そうだったんですね」
「そう。そしてね、あなたもその一人なの。多分、もう二度と私に会うこともないでしょうし、今までみたいな暗い人生は歩むことはないでしょう。おめでとう」
「え、どういうことですか?」
「それは自分で体感してみな。おばさんは応援してるからね」
おばさんの方を見るとおばさんは優しく微笑んでいた。目尻の皺の本数、深さがより優しい印象を受けた。
「さあ、目を閉じて」
私は言われるがまま、そっと目を瞑った。




