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48時間後に君は死ぬ  作者: 蜃気羊


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「私、不眠症なんだよね」

「――マジで?」

「そう。結構前から」

「それって、もしかして俺が死んでからのこと?」

「うん。そうだよ。志度が死んでから上手く寝ることができなくなったの。私。睡眠剤飲んでだましだまし寝てたな。25歳のとき。」

「仕事とか、きつかったんじゃない?」

「うん、すごいしんどかったよ。酷い時、睡眠時間1時間くらいで仕事行ったこともあったな。今となっては遠い過去だけどね」

「――そうだったんだ」

「うん。私の人生ね、全然上手くいかないんだ。毎日、ふらふらだったな。だけどね、1回目タイムスリップしたとき、久々にゆっくり寝ることができたんだ。どうしてかわかる?」

「どうして?」

「志度が生きていたからだよ。志度が生きてたから眠れたんだよ。あの日だけ。それで、次の日に志度が死んだでしょ。そのあとから、またすぐに不眠症になったの。眠剤飲まないと寝れなかったの」

「俺が生きていたら、日奈子は不眠症にもならなかったんだろうな」

「うん。私もそう思う」

「ホント、どうしてこうなったんだろうな。なんで、片方が死ななくちゃならなかったんだろうな。――生きていたら、そんなことにならなかったのにな」

「ホントね。私達、経験しなくてもいい経験をしてるのかもって、思っちゃう。――私ね、志度が死んだこと、本当に深い傷になってたんだと思うんだ。その傷がずっと癒えなかったから、志度が死んだ10年、私の人生歩むことができなくなったのかもしれないね」

「日奈子、もう、そんな思いさせないから。これからの10年、絶対、お互いに楽しくなるよ。日奈子が経験した25歳とも違うし、俺が経験した25歳とも違う結果になってるよ。きっと。だから、夢で終わらせないようにしよう」

「うん。だから、今日はさ、私が眠らないように監視して」

「いいよ。俺のことも監視しろよ」志度は笑いながらそう言った。

「うん。絶対に寝かせないから」と私はそう言って、笑った。


「こういうとき、酒欲しくなるよな」

「うん。飲もうよ。ねぇ、一杯おごって」

「なに飲む?」

「ハイボール」

「やるな」

 志度はそう言って、呼び出しボタンを押した。

 ハイボールが入ったグラスが出された。店員は私と志度が未成年であることを疑いもせず、そのまま酒を出した。お金さえ払えば、大体のことは多目に見てくれる。そういう暗黙のルールで社会は回っている。目の前にグラスがもうあるんだから、すでに私達の責任ではないと思った。

 志度とグラスを合せた。グラス同士がゆるく触れた音がした。志度は慣れたようにハイボールを飲み始めた。私もハイボールを口に含んだ。安いウイスキーの苦味と炭酸を口の中で感じた。ハイボールを飲み込むと食道がアルコールで熱くなるのを感じた。

「さすがにファミレスだから、酒なさすぎだよな」

「飲むところじゃないからね」

「安いワインか、ビールか、ハイボールだったら、やっぱハイボールだよな」

「そうだね。私もそう思った」

「お酒、一緒に飲むの初めてだな」

 志度はそう言ったあと、もう一口ハイボールを飲んだ。

 

「そうだね。志度と飲みたかった」

「俺もだよ」

 志度のグラスはもう残りわずかになっていた。

「ピッチ早くない?」

「こんなもんでしょ」

 志度はグラスを飲み干して、呼び出しボタンを押した。 

「なんかさ、早く酔いたくなった。むしゃくしゃして」

「ちょっと、一人で飲んでるわけじゃないんだからさ、先に勝手に酔わないでよ」と私はそう言って、笑った。 

「俺、結構強いから、最初から飛ばさないと酔わないのさ。だから許して」

「いいよ。信じるよ」

「ありがとう。いい子ちゃんじゃないから、どんどん飲むわ」

 志度がそう言ったとき、店員が来た。志度はまたハイボールを頼んだ。


「なあ」

「なに?」

「楽しかったな。今日」

「うん、楽しかったね」

「こんな気持ちになれてよかったよ」

「うん、私も」

「これからもずっと、一緒にいよう」

「もう、当たり前でしょ。――結婚してくれるんでしょ?」

「うん。本当は今日、区役所に行って、婚姻届出したいくらいしたいよ」

「まだ出来ないのにね」

「俺が18になってないからな」

 志度がそう言ったあと、おかわりのハイボールを店員が運んできた。


「ねえ」

「なに?」

「お酒飲んで、おでこ痛くないの?」

「うん、痛いよ。今。縫ったところズキズキする」

「そうだよね。そう思った」

 私はそう言って、笑った。


「いや、笑い事じゃないからね。痛いもん」

 志度はそう言って、笑った。

「なあ、日奈子。俺がもし、あの時、死んでたらどうなってたんだろうな」

 志度はそう言って、ハイボールを口づけた。

「――もう一回、タイムスリップしたかも。今度は小樽になんか行かないで、安全なところで二人でいい子になって閉じこもるの」

「冬眠するクマみたいだね」

「うん。危険な日は冬眠するんだよ。そして、そっと災難がすぎるのを待つ。――そういうことしてたかもしれないね。だけど、次、タイムスリップしても、25歳の今の志度には会えないかもしれないね」

「そっか。25歳の俺が死ぬわけだからね」

「そう。そういうこと。結局、タイムスリップしても頭の中、ぐるぐるするだけだったかもね」

 私はそう言ったあと、ハイボールをごくごくと喉に流しこんだ。食道が一気に熱くなるのを感じた。


「だから、今日、志度が死ななくて本当によかった」

「あぁ。俺もそう思ってるよ。このくらいの怪我で済んでよかったわ」

「痛そうだったけどね。――あの時、私を守ってくれてありがとう」

「ううん」

「志度が死ななくてよかった。死なれたら困るよ、私。また、何も面白くない人生を過ごすことになるんだから」

 私は泣きそうになるのをごまかすためにハイボールをまた一口飲んだ。


「なあ、日奈子」

「――なに」

 私がそう言うと志度は両手で私の左手を握った。


「いいか、よく聞けよ。ずっと一緒にいよう。どんなアクシデントも今日みたいに乗り越えよう。そして、二人で幸せを掴もう。思いのままに」

 志度の目が少し潤んでいるのがわかった。私は残された右手で志度の手をさらに握った。我慢できなくなった涙が一粒流れ出した。そして次々と涙が溢れ、頬を伝った。

「ごめん。泣いてばかりだね」

 私は感情の波がおだやかになってからそう言った。

「泣いてもいいよ」

「あ、ズルい。自分は我慢して泣かないくせに」

 私は笑ってそう言った。口角を上げたとき、まぶたが腫れぼったくなっているの感じた。


「俺は絶対、泣かないから。日奈子のハイボール、もう氷溶けて薄まってるよ」


 志度はそう言ったあと、ハイボールを一口飲んだ。

「私ね。ずっとこうしたかったの」

 頭がカクンと下がった。そして、一瞬寝そうになっていたことに気づいた。


「――日奈子?」

「志度と。ずっと、こうして――話したり、一緒にいたかった」

 意識が朦朧とする。頭の中が空っぽになっていく感覚が襲ってきた。

 

「俺もだよ」

「ずっとね。――もう、戻りたくないよ。――志度。離さないって言って」

「離さないよ。日奈子」

 志度はそっとした声でそう言った。私はそれを聞いたあとテーブルに突っ伏した。セーターの袖はすぐに涙で滲みた。吸い込まれそうな腕の中の暗黒は、私の意識が現実なのか仮想なのかわからない心地よさを誘った。


「おい、日奈子。寝るなよ」

 志度の声が聞こえる。私の意識は穏やかに闇に向かっている。

「おいって。――起きろよ。日奈子。寝るな。――マジかよ」


 志度は、何度も私を揺さぶってきている。だけど、全然、体勢を起き上がることも出来なかったし、どんどん志度の声が遠くなっていくのを感じた。 

「日奈子。――ありがとう。――ずっと、大好きだよ」


 志度の声が泣き声になっていた。

 ――泣かないって言ってたのに。

 嘘つき。





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