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札幌駅から快速電車に乗り込んだ。10時近くになり、通勤ラッシュが一通り終わった車内は空席が目立っていた。二人がけのシートに座った。志度は「先に座って」と言って、私を窓側に座らせた。
志度も25歳になったんだなと、ふと思った。電車は乗り込んでからすぐに発車した。そして、自動放送で小樽行きであることが告げられた。車内は温かく、湿度で少し窓が曇り始めていた。
私は小樽に行くと聞いて、行き先はなんとなくわかってしまった。それはきっと志度も同じことを思っているのかもしれない。
そして、それをすぐに思い出して、行動に移すところがすごく様になっていて、新鮮味を感じた。
――こういうことがしたかった。だけど、出来なかった。それが今、叶っていて、不思議な気持ちになった。
「なあ、日奈子」
志度はそう言ったあと、右手で私の左手を繋いだ。それはさりげなく、とても自然に無駄のない動きだった。志度の手は少し冷えていた。
「なに?」
「俺も会いたいって思ってた」
「私も」
「じゃあ、両思いだな」
「最高だね」
「あぁ。好きだよ」
「私も」
「ありがとう。――こういうやり取りがしたかったんだよな。ずっと」
「私もだよ。こういうやり取り、ずっとやりたかった」
私はそう言ったあと、右手で窓縁に頬杖をつき、流れる車窓を見た。雪で白くなっている住宅街が左から右へどんどん流れていく。
――もしかしたら、もう、志度と離れ離れにならないかも。
このまま、志度は死なないで、私と一緒に同じ年齢。
――お互い25歳の状態で17歳から、人生を歩むことができるかもしれない。
私は頬杖をやめて、志度の方を見た。
「ねえ」
「なに?」
「私が死んだあと、他の人と付き合ったことある?」
「――大学のときに1人だけ付き合ったことあるよ。――ごめん」
私は少しショックに感じた。だけど、志度からしてみたら、私はすでに死んでいる存在だったんだから、嫉妬しても仕方ない。この感情が嫉妬になるのかどうか、いまいちわからなかった。
「ううん。いいよ。だってさ、自然なことだよ。私、死んでるんだし」
「――悪かった。だけど、他の人と付き合ったときさ、日奈子のことは絶対忘れないって決意したんだ。その上で、過去の辛いことから立ち直って、新しい道を進もうと思ってたんだ」
「うん」
「だけど、無理だった。――なんでかわからないけど、合わないんだよ。日奈子みたいに」
志度はぼそっとした声でそう言ったあと、ため息をひとつ吐いた。そして、こう話を続けた。
「相手の合わないところを見つけるたびに、あー日奈子だったら、こうだっただろうなっていう考えがすぐに出てきたんだ。それで、ダメだ。そんなこと考えちゃ、相手に悪いと思っただけど、自然とそういうのが湧き上がってくるから、自生がきかないんだよね。それで、結局、そうこう自分の頭でやっているうちに相手に愛想つかされちゃった。チャンチャン」
志度は両手を上げて、まいったというジェスチャーをした。そして、お互いに弱く笑った。
「――そうだったんだ」
「そういうこと。だから、日奈子がいないと俺はダメなんだよ」
「――ごめんね。つらい思いさせて」
「ううん。もう昔の話だよ。こんなの。――日奈子は俺が死んでからいい人と出会えた?」
「うん。一人だけね。だけど、志度のことしか10年間考えられなかった」
優のことをふと思い出した。そういえば、私、優にプロポーズされているんだった。だけど、もう、元の世界には戻らないかもしれない。
――ごめんね。優。
「そっか。――ありがとう。そんなに想っててくれたんだね」
「うん。私には志度しかいないよ」
「俺もだよ。日奈子」
志度はそう言って、私の方を向き、目があった。志度は微笑んでいた。




