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私と志度は地下鉄の駅に着き、いつも通り、定期をタッチして、改札を通り、大通まで行くことにした。地下鉄のホームにはいつものようにスーツ姿の人や、制服を着た高校生、オフィスカジュアルな姿の人で溢れていた。私も数ヶ月前までは同じように私服を着て、憂鬱に出勤していた。
大通のパルコのスタバに入った。志度はコーヒーを頼み、私はフラペチーノを頼んだ。地下の客席は、数人の客しかいなかった。いつも混雑しているときにしかこのお店を使ったことがなかったから、ガラガラの店内は少し不思議な感じがした。
だから、いつもなかなか座ることができないひとりがけのソファ席に座った。ソファはゆったりとした作りで、座るとクッションが深く沈み込んだ。
「やばかったな」
志度はコーヒーを一口飲んだあとそう言った。
「やばかった」
「たぶん、あのまま、横断歩道渡って、スーパーの前にいたら、あの車、俺たちにストライクだったよな」
「そうだね。いつもの待ち合わせ場所、粉々になってたもん」
「あの車の運転手大丈夫だったかな」
「わからない。――だけど、無事でよかった」
「そうだね」
志度はそう言ったあと、もう一口コーヒーを飲んだ。
「なあ、日奈子」
「なに?」
「日奈子さ、タイムスリップしてるだろ」
志度はそう言った。笑っておらず、冷静そうな表情をしていた。私も冷静にその言葉をすっと胸に受け止めたつもりだ。別に同様も感じなかった。ただ、どちらが先にそのことを言い出すかの違いに思えた。
「今更、それ言うの」
私は素直にすっとそう言った。
「やっぱり。――本当は何歳なの?」
「――25歳」
「へえ、そうなんだ」
志度はそう言った。志度もさして驚いてなさそうな声でそう言った。
「思ったよりおばさんだった?」
「いや、予想通りのお姉さんだった。だって、昨日から、日奈子大人っぽいもん」
志度はそう言って、柔和な表情をした。私は少し照れくさくなって慌てて、フラペチーノを一口飲んだ。
「私さ、今日か明日、志度が死ぬって言ったでしょ」
「うん」
「それね、本当なんだよ。私は志度が死ぬところを2回見てるの。志度の通夜も2回行ったの。――もう、嫌なんだ。そんな経験。もう二度と、そんな経験したくないの」
「――そうだな」
「うん。今日志度はあの車に轢かれて死ぬはずだったんだよ。私と学校に行くのにいつも通り、あの場所で私を待ってて、そして、死んだの」
「ドーン」
志度はそう言って、右手で拳銃のように人差し指と親指をたてて、自分のこめかみにあて、拳銃を撃ったみたいなボーズをした。
シーモアじゃん。それ。と私は心の中で思ったあと、微笑んだ。すると志度も鼻で弱く笑って微笑んだ。
「――私がもう少し早く行ってたら、こんなことにならなかったのにって、もう何万回も思ったよ。最初はそのうち志度がいなくなったこと受け入れられるだろうと思ってたんだ。だけど、10年経っても無理だった。志度が死んだこと受け入れるのなんて」
「――日奈子、大変だったんだな」
「うん。もうね、限界だったの。仕事も上手くいかないし。生きてて楽しくないし。志度がいないと私、前に進むことが出来なかったんだよ。志度がいないと何もできないよ」
「一人、残しちゃったんだな。日奈子のこと」
「そうだよ。勘弁してよ。なんでそんなに早く死んじゃったの。私、志度と何気ない日常を過ごしたかっただけなの。20代はそうやって過ごして、結婚してさ、上手く行けば、志度と一緒に子育てしてっていう人生送りたかったの私は。――他の人なんて好きになれなかったよ」
私はそう言ったあと、ため息をついた。今まで言いたかったことをそのまま志度に言ってしまった。
「日奈子、悪かった。――ごめんな。こんな思いさせて」
私は頷いたあと、また微笑みを作った。
「――今、こうして志度と会えてるんだから、それでいいの。私は、今そこにいる志度と一緒に長い人生作ることが出来るんじゃないかと思って、タイムスリップしたの。――私ね、タイムスリップ2回目なんだ。1回目は25歳から17歳にタイムスリップしたんだ。2回寝たら元の25歳に戻るって条件で。だけど、戻らなかったの。25歳に。しかも、志度は同じように死んでしまったから、結局、タイムスリップした意味がなくなったの。だって志度がいないんだもん。だから、そのまま数ヶ月過ごして、バイトしてお小遣い貯めて、タイムスリップさせてくれる占いのおばさんに5万円払って、今、ここにいるの」
「――そうなんだ。留まることができたんだ。一回目のタイムスリップで」
「うん。そのときね、思ったの。私がタイムスリップしてその世界に留まることが出来たなら、もう一回タイムスリップして志度を死なせないことができるんじゃないかって。そして、志度が死んでない世界にそのまま私もとどまれば、ずっと志度と一緒にいることができるでしょ。――そう思ってタイムスリップしたの」
私はそう言って、すっと息を吐いた。そして、フラペチーノを手に取り、もう一口飲んだ。
「なあ、日奈子」
「なに?」
「俺も――」
「タイムスリップしてるんでしょ?」
私はそう言ったあと、また微笑む表情を作った。――わかってるよそんなこと。
「――そうだよ。先に言わないでくれよ。大真面目にダサいセリフ言おうと思ったのに」
志度は笑ってそう言った。
「本当は何歳なの?」
「25歳」
「うそ、同い年じゃん」
「あぁ。びっくりしたよ。同い年で。偶然なのか、必然なのかわからないけど、俺も25歳なんだよ。本当は」
「俺は日奈子と逆だったんだよ」
「逆?」
「うん。明日、日奈子が死ぬことを俺は知ってる。だから、タイムスリップしてきた」
「私も死んでるんだ」
「うん、日奈子も死ぬ。そして、俺も死ぬ。――今、思ったんだけどさ、どちらか片方が生きてる世界線がそれぞれあったってことだろ? それで、なぜかわからないけど、こうしてタイムスリップした生き残った片方がこうやって出会って話してる。これって、奇跡じゃね?」
「え、ごめん、よくわからないんだけど……」
私がそう言うと、志度は携帯を取り出し、何かを打ち込み始めた。そして、携帯を私に見せた。携帯の画面にはこう表示されていた。
1、日奈子17歳 dead 志登 25歳
2、日奈子25歳 志登17歳 dead
3、日奈子25歳 志登25歳 →新しい世界(win)
「えーっと。この1~3が世界線ね。それぞれの世界。1は俺から見た世界線で、2は日奈子から見た世界線。1と2ではお互いに共存することができない。つまり、どちらかが死んでるってこと」
志度はそう言ったあと、コーヒーをまた一口飲んだ。私は未だに頭の中が整理できていない。
「1だったら日奈子が死んでるし、2だったら俺が死んでる。だけど、俺と日奈子がそれぞれタイムスリップした結果、3の世界線が誕生した。つまり、今日、明日、二人とも死ななければ。――俺たちは一緒に生きられるかも」
「そっか。身体はお互い17歳のままだけど、意識は25歳同士だから、これでもし、このまま死ななければいいんだ」
「そう。そういうこと」
志度はそう言ったあと、携帯をジーンズのポケットにしまった。そして、マグカップに手を取り、コーヒーを飲んだ。
「ねえ」
「なに?」
「――私は明日、何時に死ぬの?」
「朝の8時過ぎ、駅の近くのファミレス前の交差点で死ぬよ。――車に轢かれて」
「あ、轢かれるんだ――」
「――え、なにか心当たりあるの?」
「うん。私、2回タイムスリップしたって言ったでしょ。1回目のとき、そこで志度が死んだの」
「え、俺が死んだの?」
「うん。私をかばって。――身代わりになって、私を守ってくれて、それで志度が死んじゃった」
「――マジか」
「うん。だから、そのときもものすごく辛かったよ」
「――そうだったんだ」
志度はため息をついた。
「あー、なんかさ、どっか行くか。せっかくこうして二人で居るんだからさ」
「いいね」
「――よし、小樽行くか」
志度はニコッとした表情をした。その表情だけで、チョコレートがすべて溶けて、揮発するくらい、すべてがどうでもよくなり、幸せに感じた。そして、ソファから立ち上がった。




