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志度と一緒に手すりにもたれて、アトリウムが一望できる2階の踊り場から大きなクリスマスツリーを眺めている。クリスマスツリーは地下から3階くらいまでを貫いている。クリスマス色の電飾が木をぐるぐると覆っていて、それらの光の反射で赤やゴールドの大きなオーナメントがファンタジックに反射していた。
「ねえ、写真撮ろうよ」
私はそう言って、携帯をバッグから取り出した。
「いいね」
志度は笑顔でそう言った。私は携帯のカメラを起動した。右手で志度の腰を掴み、左腕をいっぱい伸ばした。そして、志度の身体に首をもたれて、志度と私とクリスマスツリーが入るように自撮りした。
自撮りし終わったあと、手すりの後ろにあるベンチに座った。ベンチに座ってすぐ、志度は私の左手を握った。手を繋ぎ直すたびに弱く電流が走るくらい嬉しさと緊張感が一緒に身体中を駆け巡る。
「なあ、日奈子」
「なに?」
「日奈子。好きだよ。ずっと」
「私もだよ。志度」
「私もってことは?」
志度はそう言って、ニヤニヤとした表情をしていた。
「――好きだよ」
「待ってた。その言葉」
志度は私にキスをした。唇が重なったまま数秒間の時が流れた。志度の唇は柔らかくて、温かった。志度はそっと唇を離した。そして、何秒間か志度の目を見たまま、また時が流れた。志度の瞳は茶色くて、吸い込まれそうなくらい透明だった。そのあと志度は微笑んだ。
「なあ」
「なに」
「俺たち、ずっとこのまま居ような」
「――そうだね」
「永遠に日奈子のこと思ってるよ」
「――私もだよ」
「あぁ」
志度はそう言ったあと、もう一度、私の左手を握った。
「なあ。もし、俺が死んだらどうする?」
志度にそう言われて動揺した。志度が死んだ光景が瞬時に思い浮かんだ。
雪の上に血まみれの志度。赤くなって捨てた黄色いコート。病院のベッドで顔にしのい布をかけられて安置されていた志度。棺桶に入って安らかな表情の志度。すべて嫌な光景だ。
志度が死んだあと、すべての光景が最悪で色褪せない記憶がものすごく嫌だ。それらが瞬間的に思い浮かんだ。
「俺が明日死ぬとするじゃん」
「止めて」
私は思わず志度の話を遮った。
「そんな話しないで。寂しいに決まってるじゃん。――志度が死んだら。私、寂しすぎて生きていけないから。――そんなわかり切ってること、聞かないでよ。悲しくて、辛いんだから!」
少しだけ、辺りに私の声が響いた。眼の前を通りがかった何人かの人が私と志度の方に視線を一瞬向けたのがわかった。私は右手でスカートの裾をぐっと握った。スカートは簡単に皺になり、手の中に布の一部が収まった。
「日奈子、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。――ごめん」
志度は落ち着いた声でそう言った。
「志度、二度と死なないで。二度とね。――人間いつかは死ぬけど、二人で幸せを十分に噛み締めてから死んで。お願いだから。決して私を守ろうとしないで。私は私で自分の身を守るから。志度は自分の身を守って」
「日奈子、そうは行かないんだよ。俺は日奈子を守らなくちゃいけない。――俺は日奈子に死なれちゃ困るんだよ。今、ここで日奈子に死なれたら、俺はこの先ずっと日奈子と過ごしたいと思ってた時間を一人で過ごすことになるんだよ。――だから、日奈子に危険なことがあったら俺は日奈子のこと守らなくちゃいけない」
また、お互いに黙ってしまった。
――もう、二度と同じような結果になってほしくない。私が志度を守るの。そのためにタイムスリップしたんだから。
「私だってそうだよ――」
「日奈子が死ぬことがわかってるんだったら、俺は日奈子が死ぬのを阻止する」
「――阻止しないでよ」
「いや、阻止する。死んでもらっちゃ困るからな」
「私もだよ。――志度にはまだ、死んでほしくない」
「俺も死ぬ気はないよ。だから、日奈子も死なないで」
横目で志度を見ると志度は真顔だった。
「ほら」
志度はそう言ったあと、右手の小指を私に差し出した。私はゆっくりと右手の小指を志度の小指に結んだ。
「俺さ、なんでもっと早く日奈子のこと深く知ろうとしなかったんだろうって思うときがあるんだ」
「――私もだよ」
そう言ったあと、私は小指をゆっくり離して、右手を膝においた。私だって、志度のこと深く知りたかった。だけど、それができなかったんだよ。
「俺の人生、いつもそうなんだよな。――気がついた時に大切なことを失って、そのとき初めて気がつく。なんでもっと真剣に深く向き合おうと思わなかったんだろうって」
私だって、向き合いたかった。真剣に――。
「――だから、死ぬわけにはいかないんだよ。俺も日奈子も。日奈子とこうやって何気なく過ごせる時間をたくさん作りたいんだよ」
また、胸がずんと重くなる感覚がする。何度か深呼吸をした。だけど、その呼吸は浅くて細く、息をはくときにプルプルと身体が震えた。
「――私もだよ。私ね、志度とねこうやって何気ない時間を過ごしたいの。ずっと」
一度、息をはき、両目を何度も瞬きをした。ぎゅっと両まぶたに力を入れると両目から涙が滲んだ。
「だけど、それができなくなって、モヤモヤしてっていう人生は歩みたくないの」
「そんな人生歩まないようにしよう」
ゆっくり、うん、と頷いたら、右目から、一滴、涙が頬を伝う感触がした。




