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「映画、面白かったね」
そう言ったあと、私はカフェモカを一口飲んだ。
「ああ、結構よかったね。最後、敵に追われてるところ、超ハラハラした」
志度はコーヒーが入ったマグカップを持ち上げながらそう言った。
「ね、あれどうなるかと思った」
「最後、雨の中でキスするシーン。あれもよかったな」
「うん、結構ロマンティックだった」
「うん、いい映画だった」
志度はコーヒーを一口飲んだあと、そっと微笑んだ。
カフェの窓から見える外はすっかり暗くなっていた。日曜の5時を過ぎたカフェは客はまばらだった。淡い電球に照らされたと木でできたテーブルや椅子の色がとてもファンタジックでシックな空間を作っていた。サッポロビールの工場を再利用したレンガ館やサッポロビールの煙突を登るサンタクロースのオブジェがオレンジ色の照明と青と白の電飾で彩られていた。
「ねえ」
「なに?」
「私って、寂しがり屋かな」
「え、どうして?」
「私、一人じゃ何もできないから――」
「――いいんだよ。それを含めて日奈子なんだから、それでいいんだよ」
私ははっとした。志度はそれくらい柔らかく穏やかに微笑んだ。志度に肯定されるとなんでこんなに心の底から嬉しく感じるんだろう――。
「優しいね。――だけど、本当は一人で強くなって何でも上手く乗り越えなくちゃいけないんだろうけど、私、疲れちゃった」
「みんな一人でなんて生きていけないよ。――しんどいから」
志度はもう一口コーヒーを飲んだ。私は志度を見つめたまま、志度の言葉をもう一度、脳内で再生した。
「ねえ。普通は一人で強く生きていかなくちゃならないんだよ」
「普通ならね。だけど、今は普通じゃないから、俺にとっては何でも貴重に思える」
「普通じゃない?」
「うん。――なあ、日奈子。今が一番楽しいよ。久しぶりにこんな気持ちになった。――こんなの久しぶりだよ。ホントに」
志度の言葉がひとつずつ、すっと胸に入っていくような気がする。
――私も久しぶりだよ。こんなに落ち着いて楽しいのは。
「――私も今が楽しいよ。こう見えて」
「わかってる。だから、日奈子が寂しがり屋だろうがどうだっていいんだよ。今、ここに日奈子が居てくれるだけでいい。日奈子がいない世界なんて、退屈で真っ暗だから」
志度がそう言い終わると、しばらくの間、お互いに黙ったままになった。小さくかかっているジャズにアレンジされたクリスマスのBGMといろんな席からの話し声でざわざわしていた。
「ねえ、志度。こうやって、ずっと志度とクリスマス気分を味わうにはどうすればいいんだろうね」
「――タイムスリップすれば、叶うよ」
「タイムスリップ?」
私は少し動揺した。タイムスリップという言葉が志度から発せられたことが信じられなかった。
「あぁ、何回もタイムスリップすれば、何回も今日と同じような気分に浸ることができそうじゃん。タイムマシーン使って何回も同じ日をやるんだよ」
すでに同じ日を3回経験しているんだけど、私。とは当たり前だけど、志度には言えない。タイムスリップしても志度が死んだら、意味がないんだよ。
「そしたら、日奈子が遅刻することもわかるから俺も遅刻に合わせて待ち合わせ場所に行けばいいし」
「――ちょっと。そこで遅刻の話持ってこないでよ」
私がそう言うと志度は弱く笑った。
「もうひとつの方法として、世界中の時計の針を止める。そして、日奈子と二人で止まった世界を散歩するんだよ。クリスマスツリーもイルミネーションも止まったままで、クリスマスの音楽もなし。クリスマスツリーの前で固まったままでいる人達の変な表情見て笑うんだよ」
「え、それは嫌だなぁ」
「あ、この人、鼻の下伸びてる! とか言いながら一人一人見て笑うんだよ」
志度はそう言って、自分の鼻の下を伸ばした表情して、右手の人差し指で自分の顔を差した。
「バカでしょ」
私はそう言って、笑った。
「だけど、タイムスリップならそんな心配もいらない。何回も日奈子と楽しい日々を過ごすことができる。――本当はタイムスリップなんかしなくても一緒に過ごせればいいんだけどね」
「えっ――」
「だから、タイムスリップが一番現実的」
志度はそう言って、にっこりとした表情をした。
「――そうだね。非現実だけど、現実的。だけど、ファンタジーだね」
私はそう言ったあと、自分でも何を言っているんだかよくわからなかった。
「クリスマスだからね。――クリスマス、バイト入っちゃってごめんな」
「ううん。今日でも十分だよ」
「来年はクリスマス・イブにクリスマス、味わえたら最高だな。二人で」
「――うん、そうだね」
私は、また不意に涙が溢れそうになった。




