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パルコのスタバで桜子と会った。高校生の桜子と久々に再会した。桜子は幼く見えたけど、今とそれほど変わらない印象を受けた。
スターバックスの店内はいつものように落ち着いていて、コーヒーの甘い香りが店内に漂っている。私と桜子は店員からフラペチーノを受け取ったあと、窓側の席に座った。駅前通りには多くの人たちが今日も行き交っていた。
「日奈子、大丈夫?」
桜子はそう言った。私はコアとなる部分は一緒だから、大した変わらないと思った。それは思い出の中の桜子と一緒だ。
「うん、ありがとう」
「すごく顔色悪いね」
「うん、2日くらい寝れなくて、昨日病院行って、薬で寝たら20時間も寝ちゃったんだよね。それでかも」
「うわ。大変だったね」
高校生の桜子は本当にしっかりと同意ょうしてくれているように思えた。その優しさはまったく変わってなかった。
「ねえ、日奈子」
「なに?」
「私、人を励ますとかそういうことって、下手だと思うんだ。だから、直接的な言い方になったらごめんね」
「大丈夫だよ」
私がそう言うと、しばらくの間、静かになった。
「――つらいよね。人が死ぬって」
桜子の声はか細く、静かに感じた。きっと、すごい勇気がいることだったんだと思う。私はゆっくりと頷くと、桜子はテーブルに左肘をつき、鼻をさわった。
「――なんて言えばいいんだろうね。こういうとき。――ショックだよね。日奈子」
「うん」
「――だからね、私、そっとしておいたほうがいいと思ったんだ。日奈子のこと。――だけどさ、1週間我慢したけど、もう無理だった
「――ありがとう」
私がそう言うと、桜子は真顔だった表情が少し柔らかくなった。
「だから、日奈子のこと誘っちゃった。ごめんね」
「ううん。――大丈夫」
私はそう言ったあと、志度の肉体はすでに灰になっているのかと、ふと思った。それは絵空事のようにしか思えなかった。
「あーあ。上手く付き合えてると思ったのにな」
私はそう言いながら、上を向いて暖かい色した電球を眺めた。何秒間か眺め、視線をもとに戻すと、青い影が景色に馴染んた。
「だけど、相手が死んじゃったら、恋愛が上手くいくとか、そういうのも全部なくなっちゃうんだね。――当たり前の話だけど」
「あり得ないよ。――死ぬなんて」
また、二人の間にゆっくりとした沈黙が流れた。志度はやっぱり死んだんだ。それも今回は私のことをかばって死んだ。
「――志度さ、私のことかばって――かばって死ん――じゃった」
喉が急に詰まる感覚で声をだすことが出来なくなった。そして、大量の涙が一気に溢れ、頬に伝う感覚がした。
私はカウンターテーブルに突っ伏した。白いトレーナーの裾は簡単に濡れていった。背中に擦られる感覚がした。桜子が背中を擦ってくれているのだろう。桜子側からジッパーを開ける音がして、がさこさと何かを探している音がした。
「ティッシュ。使って」
私は突っ伏したまま頷いた。涙を止めようと食いしばったけど、一向に止まる気配はなかった。私は食いしばるのをやめて、静かに涙が収まるのを待つことにした。桜子はずっと私の背中を擦ってくれている。桜子の手の温かさがトレーナー越しでもしっかりと背中に伝わってきた。
涙が少し落ち着いた。私は顔を上げ、桜子のポケットティッシュを一枚取り、鼻を噛んだ。そのあと、もう一枚ティッシュを取り、頬と目元を拭いた。せっかくしたメイクも一緒に取れているのがティッシュの色を見てわかった。もういいやと思った。どうせ、化粧直しもしないで、マスクをつけて帰ろうと思った。
「落ち着いた?」
桜子はそっとした声でそう言った。
「うん。――ありがとう」
まだ顔全体が火照っている。じんわりと熱を持っていて、頭がぼーっとしていた。短いため息をつくと、少しだけ気合が戻った気がした。
「本当は、あの日、私が死ぬはずだったんだよ。――きっと。だけど、志度は私のこと、かばって救ってくれたんだ」
「そうなんだ。――どういう事故だったの?」
「横断歩道で信号待ってたら、私の方に車が突っ込んできて、志度が私を突き飛ばしたんだ。――そしたら、志度が車に引かれてた」
「そうだったんだ――」
桜子がそう言ったあと、またしばらくの間、沈黙が続いた。
「バカな話だよね。ホントに。なんで私のこと、かばったんだろう。自分が死ぬことないのに」
「――咄嗟の判断で、日奈子のこと守ったんだね」
「ううん。バカげてるよ。そんなの」
私はそう言ったあと、すっかり氷が溶けてしまったフラペチーノを一口飲んだ。
「ねえ、桜子。――私さ、もう生きていけないと思うんだよね」
「やめてよ。そんなこと言わないでよ。――辛いだろうけど」
「私、志度がいないと生きれないよ」
桜子は黙ってしまった。きっと、重く受け止められたんだ。こんなこと、高校生に言うことじゃない。
「本当は私が死ぬべきだった」
私がそう言い終わったあと、背中を叩かれた。鈍い音がして、急に目が覚めるような感覚がした。
「バカなこと言わないで。しっかりして」
桜子は強めな口調でそう言った。私は、はっとした。いけないことしちゃった――。
「――ごめんね。桜子」
「いいの。だけど、自分を見失わないで」
桜子の声は凛としている。私はため息を吐いた。桜子にじゃなくて、自分に対して嫌気がさした。しばらくの間、お互いに黙ったまま、時間が過ぎていった。
窓越しの外はまた、雪が降り始めて、空も空間も一気に白くなった。
「私、志度がいないと眠れないんだ」
「え、眠れないの?」
「うん。私ね、元々不眠症気味だったんだけど、志度と付き合い始めてから、寝れるようになったんだよね」
私は自分が軽く話を脚色していることに少し罪悪感を覚えた。本当は志度が死んでから不眠症になった。
「――日奈子、不眠症なんだ」
「うん。――だけど、志度がいるだけで寝れたんだよね。3日前に志度が死んで、私、不眠症、ぶり返しちゃった。――だから、志度がいないと無理かも。私」
「――そっか」
桜子はそう言ったあと、ため息を吐いた。
「私、どうしたらいいんだろう」
私はそう言ってすぐ、なんて野暮な質問なんだろうと思った。相手はまだ17歳の桜子だ。こんな質問するのは親友でも酷な気がした。
案の定、桜子はまた沈黙したまま、私を見つめていた。そうして目があったまま、会話は止まった。そして桜子は私の左手を両手で握った。桜子の手は柔らかくて一瞬ドキッとした。
「日奈子。――今は立ち直らなくていいよ。志度のこと。――頑張らないで。立ち直ろうとすること。思いっきり悲しんでから、次のこと考えたらいいよ。そしたら、きっと上手くいくよ。――私も手伝うから」
私は頷いた。そのあと、桜子を見ると、桜子の頬に何粒の涙が流れた。私はそれを見て、また胸が痛くなった。
「だから、今は、今この瞬間にだけ集中して生きて」
私はもう一度、ゆっくり頷いた。首を下に傾けたとき、涙がまた流れた。




