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二泊三日の函館旅行は順調に進んでいく。五稜郭公園のタワーから、星の形をしたお堀を見たり、ベイエリアや朝一で海鮮ものを食べたりした。
そして、今、八幡坂を優と一緒にゆっくり歩きながら下っている。今日も空は雲ひとつなく、ジリジリとして暑かった。
このエリアは明治時代にいろんな国の領事館や教会が建てられた場所で、洋風建築の建物が異国みたいな雰囲気を作っている。
八幡坂は片側一車線なのに車が4台並んで走れそうな広々とした道だ。ガス燈の形をしたレトロな街灯と、街路樹が交互に立っていて、坂の下まで一直線に続いていた。
その道の先には函館の港の湾とその奥に広がる山が広がっている。奥の山と八幡坂沿いにある建物で、港の海はまるで、湖のように見える。
なんとなく、手を繋がないまま優と一緒に坂道を下っていた。
「ねえ、ひなちゃん」
「なに?」
「プロポーズ、オッケーしてくれてありがとう」
「ううん。――こっちこそ、ありがとう」
「家族になっても、こういう思い出たくさんつくろうね」
「うん。そうだね」
私は上を向いた。そして、何度か目をパチパチと閉じたり、開いたりした。
こうやって、優と旅行をするのは楽しい。
だけど、親密な感じってこんな感じだったっけ――。恋愛が久しぶりすぎて、こんなにぼやけた感覚なのかな。
――なにかが満たされない。
「ねえ。優」
「なに?」
「私と暮らし始めて、もし、イメージと違ったらどうする?」
「なに言ってるんだよ。ひなちゃん。イメージと違うわけないよ」
「ううん。多かれ少なかれそういうところはあるでしょ? きっと、優が付き合ってた前の人とも、そういうところあったでしょ」
「それはそうだけどさ。――ほら、前の人とは明らかに違うんだよ。ひなちゃんは。料理もできるし、おしゃれだし、それに知的でキュートだし。仮にイメージと違うところがあっても、ずっと見てられるよ」
優は微笑んだあと、右手を差し出してきた。だから、私は左手で優の手を繋いだ。優の手は汗ばんでいた。
「ただ、ひなちゃんは心配性すぎるところがあるよな。仕事もその傾向が強い気がする。新しいことに慎重になりすぎるんだよ。ひなちゃんは。そして、考えすぎる。一昨日みたいにね」
私はそれを聞いて、少しだけムッとした。一昨日泣いたのは違うのに。勝手に決めつけないでよ――。
「そうだね。優の言う通りかも」
「でしょ。だから、ひなちゃんが思っている以上に二人とも上手くいくよ」
「どうかな。――やってみないとわからないよ。それに私の会社、そこそこブラックなの知ってるでしょ」
「嫌だったら、やめちゃえばいいよ。俺が養うから。ひなちゃんのこと」
「そっか」
寿退社ってやつだね。優。私は毎日、優の帰りを美味しい料理を作って待っている。それもいいかもしれない。だけど、趣味がバスボムしかない私は日中の誰もいない間、いったい、何をすればいいんだろう――。
「たぶん、引っ越して二人暮らし始めたら、優が引くくらい、私の荷物すくないと思うよ」
「え、そんなにミニマリストなの?」
「うん。意識してるわけじゃないんだけど、本当に私って趣味がないの」
「え、だけど、バスボムよく買ってるって言ってたじゃん」
「そうだけど、あれもコレクションじゃなくて、消費してなくなるものだから、カラーボックスひとつ分の量しかないの。それ以外は服だって、この会社の今の給料じゃ、大したもの買えないから、本当に何着かしか持ってないし」
「あれでしょ。読書はするでしょ。書店員なんだから」
「残念だけど、本買うだけの余裕もないから、本もそんなにない」
「そっか。そしたら、俺が養ってやるよ。好きなもの好きなだけとは言えないけど、今よりは好きなもの買えるようにするよ」
優はそう言って微笑んだ。
いや、優。そうじゃないんだよ。私はあるときから、なぜか興味が持てなくなったんだよ。楽しいことに。
「本当の私がわかっても幻滅しないでね」
「なに言ってるんだよ。ひなちゃん。全部、愛してるよ」
私は優に何も答えることなく、この話題は終わった。
市電に乗り、函館駅に着いた。そして、札幌行きのJRに乗った。
列車はゆっくりと函館駅を発車した。14時を過ぎたばかりの車内は比較的混んでいて、至るところから楽しそうな話し声で、ざわざわとしていた。
優は私を窓側に座らせた。私は右手で頬杖をつき、流れる景色を眺めていた。札幌まで3時間半もかかる。家に着くのはきっと19時前くらいだろう。明日は朝番で8時には職場に着いていなければならない。そう思うとさっきまでの楽しかった気持ちは吹き飛び、憂鬱になった。
「ねえ、ひなちゃん」
「なに?」
渋い声の男性の声で車内放送が流れている。札幌まで10以上もある停車駅の名前が放送されていた。
「すごく楽しかったね」
「うん。――ありがとう」
「いいえ。ひなちゃんもありがとう」
優は右手を私の左手にそっと乗せた。そして、指の間に指をからませた。
「ねえ。優」
「なに?」
「夢から醒めたように私のこと、幻滅しても知らないよ」
「なんだよ。変なの。そうなるわけないじゃん。ひなちゃん」
「私って、すごく変わってると思うし、面白みもないと思うの」
「そういう、ひなちゃんがすでに面白いよ」
頬杖をやめて、優を見ると優はそっと微笑んだ。――別に面白いこと言ってないんだよ。優。
「きっと、変だと思ってるのひなちゃんだけだよ。もっと自分に自信持ってよ。プロポーズした俺も変になっちゃうからさ」
「そうだね。優は私を選んだ時点で十分、変人だね」
「やっぱり、面白いや。ひなちゃん」
私はこのやり取りが釈然としなかった。だから、もう一度、頬杖をつき、窓の外を眺めた。列車はゆっくりと減速し、五稜郭駅に着いた。




