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占いの店の前に着いた。占いの店は一昨日と何も変わっていなかった。同じ看板が雪に埋もれながら、堂々と軒先に立っていた。私は店に入った。
「いらっしゃいませ。今日は相談ですか」
「すみません。タイムスリップした者です。ひとつ聞きたいことがあります」
「わかったわ。どうぞ、なかに入って」
おばさんはそう言って、赤いサリーの裾を泳がせて、私を占い席へ案内した。
「お嬢ちゃんがタイムスリップしたってことで合ってる?」
「はい。そうです。一つ聞きたいことがあって来ました」
「そうなんだ。その前にリラックスしましょう。今、お茶出すからちょっとまってて」とおばさんはそう言って、お茶を取りにいった。
私は大きく息を吐き出した。私が向こうの世界に戻っても、結局、何も変わらずモヤモヤしたまま、優と結婚することになる。一生、志度のことを想いながら、優との結婚生活をして、優との子供を生んで、育てることになるのかもしれない。それも悪くないのかもしれないけど、一生、心のどこかでモヤモヤしたまま、日々、過ごしていくことになるのかもしれない。
志度はもちろん向こうの世界では故人になっていて、志度のことを想うたび、私は絶望するんだ。それなら、このままこの世界に留まって志度と二人で楽しく過ごしたい――。
おばさんがお茶を持って戻ってきた。おばさんはテーブルにお茶を置いたあと、私の前に座った。
「私、帰りたくないんです。元の世界に」
「そう、帰りたくないんだ」とおばさんは優しく笑いながらそう言った。
「はい。私、前の世界になんて戻りたくありません」
「そうだよね。お嬢ちゃんのように帰りたくないって相談に来る人は珍しいね」
「そうなんですね」
「だから私も少し驚いてるの。珍しいから」
おばさんはそう言ったあとお茶を一口飲んだ。おばさんは私にお茶を勧めてくれた。だから、私もお茶を一口飲んだ。お茶はダージリンだった。前回とフレーバーが違うように感じた。
「それであなたはどうして今、ここにいるの?」
「彼に会いたくてここに来ました」
「彼には会えた?」
「はい、会えました。本当は、今日の朝、彼は死ぬはずでした。だけど、彼は生きています」
私がそう言うとおばさんは一瞬、驚いた顔をした。私はそれを逃さなかった。
「――だから帰りたくないんだ」とおばさんは声色を変えずにそう言った。
「はい」
「残念だけど、それはできないと思うわ。私にはタイムスリップするお手伝いが出来ても、過去に留まることを手伝うことはできないの」
「留まることが出来た人はいないんですか?」
「そうだね。それはわからない。帰ってきた人しか私は知らないから」
「――私、帰りたくないです。帰ってもきっと、彼のことをずっと想い続けて、自分自身がものすごく辛くなるから、戻りたくないんです」
「帰りたくない気持ちはわかるよ。――だけどね、お嬢ちゃん。厳しいこと言うようだけど、人って抗えるものと抗えないものがあるの。占い師だからわかるけど、これは抗えないものだと思う。他の人にはできないボーナスだから。残念だけどね」
そうおばさんが言ったあと、しばらく静かになった。時計の秒針だけが場を支配した。
「ただ、私が言えることは、寝ることが現実に戻るトリガーになっているということだけかな」とおばさんは思いついたようにゆっくりそう言った。
「寝ないと帰らないってことですか」
「そうじゃなくて、単純に2回眠ったときがトリガーなんだと思うの。大体の人はタイムスリップして一夜は過ごせる。だけど、次の夜は過ごせない。それだけのことよ」
「――わかりました。ありがとうございます」
「私が言えることは、ただひとつ。自分で道を切り開いて」
おばさんはそう言ったあと、目尻に皺を作り、微笑んだ。




