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ご飯を食べ終わったあと、私の部屋で志度と二人っきりになった。私は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、2つのコップに注いだ。部屋に戻って、志度に出した。
「ありがとう」
志度はそう言って、オレンジジュースを私から受け取った。志度は私の部屋の床に足を崩して座っていた。
「これが女の子の部屋だよ」
「茶化すなよ」
志度の顔は少し赤くなっていた。私はオレンジジュースを机におき、ベッドに行き、枕を持った。
「ほら、これが女の子の枕だよ」
私は枕を両手に持って左右に振った。
「バカかよ。恥ずかしいなぁ。もう」と志度はそう言って、そっぽを向いた。私は枕をベッドに置いたあと、志度の背中に抱きついた。
「ねえ、外だとこんなこともできないでしょ」と私は志度の耳元でそう囁いた。
「――そうだな」
「どう?」
「悪くない」と志度はそう言った。
「ねえ」
「なに?」
「こうしてると落ち着くね。――なんでだろう」
「そういう運命なんだよ。俺たち」
志度はそう言ったあと、右側に寝転び始めた。
「おー、ちょっとちょっと、持っていかれる」
私も志度の身体に抱きついたまま、志度と一緒に寝転んだ。右腕に志度の全体重がかかった。
「あー、ちょっと、腕痛いって」と私はそう言ったあと、右腕を無理やり志度の脇腹から抜いた。
「あ、ごめん、ごめん」
志度はそう言って笑った。全く悪気がなさそうな、とても軽い謝り方だった。私は起き上がって、一度志度をまたぎ、志度の横に添い寝した。志度は私の髪をゆっくりと撫でた。何度もゆっくりと丁寧に私の頭を撫でた。
「よしよし」
志度は私に抱きついた。志度の左手が私の胸元の前を通り、私の右肩に左手を添えた。そして、志度は私を左手で自分の身体に寄せるようにした。私の背中が志度にくっついた。
「ねえ」
「なに?」
「もし、今、この瞬間、世界が滅亡したらどうする?」
「なにこれ? ダサいセリフシリーズ?」
「うん。ちゃんと、ちょうどいいダサいセリフちょうだいね」
「後悔する。あともう少しだったのに」
志度がそう言ったあと、私と志度は笑った。
「めっちゃ未練タラタラじゃん」
「そりゃあ、そうでしょ。こんな状況でさ、世界に滅亡されちゃ、困るよ」
「ウケる」
私はそう言って、肩を震わせながら静かに笑った。私の部屋は今、とても静かだ。時計の秒針がしっかりと響くくらい静かだ。私は志度と二人でシャボンの膜の中に閉じ込められているような心地よさを感じている。
このまま時が止まってしまえば、完璧だと思った。時が止まってしまえば、私と志度はシャボンに閉じ込められたまま、安全に二人きりで過ごすことが出来るようになるんだ。だけど、残念だけど、秒針はしっかりと1秒1秒進んでいた。
「ねえ」
「なに?」
「私達、今、シャボンの中に閉じ込められているみたいだね」
「シャボンの中に閉じ込められてるの?」
「うん。シャボンの中に閉じ込められて、ふわふわと浮いてるの。時間の流れもすべて止まって」
「いいかもな。それ。こうやったらどうなるの?」
志度は左手の人差し指で、シャボンの膜を刺す真似をした。
「はい、破裂。現実に戻りました。残念」と私がそう言うと、志度は笑った。
「なにそれ。じゃあ、シャボンを纏うにはどうすればいいの?」
「泡立ててればいいんだよ。シャンプーでも石鹸でもなんでも使って」
「こうやってやればいいの?」
志度は左手で私の頭をワシャワシャとした。
「ちょっと、止めてよ。髪型崩れる」
「ごめんって。でも、ほら、見てよ。シャボンの膜できたよ」
志度は何もない空間を左手で指してそう言った。
「ホントだ。ねえ、最高だね」
「あぁ。ホント、シャボンの中に入れば、ずっと何も考えずに一緒に楽しく過ごせそうなのにな」
志度はそう言ったあと、何もない空間に左手の人差し指で、シャボンの膜を刺す真似をまたした。
「なあ、日奈子」
「なに?」
「――このまま、時が止まればいいのにな」
志度はそっとした声でそう言った。そんな残酷なこと言わないでよ。ずっと、止まってる方がいいんだよ。――志度。
「――ずっと一緒にいたいよ」
「俺もそう思ってるよ」
志度がそう言ったあと、しばらくの間、時計の音が部屋中に響いている。
「ねえ」
「なに?」
「私たち、もう二度と、会えなくなるのかな」
「――何言ってるんだよ。日奈子」
私は黙ったまま、志度に背中を向けたまま、横になったままだった。だから、志度がどんな表情をしているのかわからない。
私は下唇を噛んだ。志度を救うことはできたけど、このあとどうなるのかわからなかった。25歳の私に戻っても志度が生きていたらいいなって思った。
未来は変ったのかどうかわからない。
「ずっと、愛してるよ」
後ろで志度がそっとした声でそう言った。




