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「家まで送るよ」
「吹雪いてるからいいよ。それより、明日、一緒に学校に行こう」と私はそう言った。
地下鉄は空いていた。私と志度は横並びでシートに座っている。向かい側の席には人は座っていなかった。だから、窓の外で流れる蛍光灯をぼんやりと眺めていた。
「明日さ、駅で合流しようよ」
「え、いつもどおりスーパーの前でいいよ」
志度は怪訝そうな表情でそう言った。――だけど、朝の待ち合わせの場所を変える必要がある。
「ううん。駅で合流しよう」
「だからいつもどおりでいいって」
志度はなぜか譲ってくれなかった。
「――したらさ、時間。少し早くしない? いつもより10分早くしようよ」
「――いいけど、どうして?」
「なんとなく嫌な予感がする」
「なにそれ」
志度は少しだけ不機嫌そうな声でそう返した。――不機嫌になろうがどうでもいい。
「ねえ」
「なんだよ」
「真面目な話。――志度に死んでもらっちゃ困るの」
「は? 何言ってるの?」
「――志度に死なれちゃ困る。私」
私は左手で志度の右手を握った。そして、ぎゅっと力を入れた。志度は何も言わずにされるがままだった。
「――明日、志度が死ぬ夢を見たの」
「なにそれ」
「私、よく正夢を見ることがあるの。――こういうの信じてくれる?」
私は志度に嘘をついた。だけど、そんなのどうでもいい。なんでもいいから信じてくれさえすればそれでいい。
「――とりあえず、話は聞くよ」
「ありがとう。――志度は明日、交通事故にあって死ぬの。いつも待ち合わせしているスーパーの前で」
「――それで」
志度はそう言ったあと、ため息を吐いた。電車は次の駅に停まろうとしている最中でブレーキがかかり、少しだけ左側に身体の重心が傾いたのを感じた。
「ショーウインドウと、車の間に挟まれて、出血多量で病院に運ばれたときにはもうすでに手の施しようがない状態になってた。――私は処置室の前で志度のこと待ってたけど、医者から志度が死んだことを告げられて、呆然としたままになって」
話しているうちに10年前のあの日を思い出した。私は救急車に乗って、志度と一緒に病院に行った。血まみれの志度。医師が告げた言葉。
全部、思い出すことができる。
私はだんだん喉の奥が詰まるような感覚がした。
「そうなんだ。俺、夢の中で死んだんだ」
「――そうだよ」
電車が駅に到着し、ドアが開いた。ドアが開くと、一緒に冷たい空気が車内に入ってきた。
「――今朝、そんな夢みたの。志度が死ぬ夢」
「そうなんだ」
志度がそう言ったあと、少しだけ沈黙が流れた。私と志度が黙っているうちにブザーが鳴り、ドアが閉まった。そして、電車はまた加速を始めた。
「だから、今日変だったんだ。――なんかさ、会った時から泣かれたりして。――日奈子、俺は死なないよ」
「――そうだね。死なないで」
「大丈夫だって。俺、そんなに簡単に死なないって」
志度のその言葉は宙に浮いたみたいになった。別に志度を信頼していないわけじゃないけど、結果がわかっているから、信ぴょう性がほとんどないように感じた。
「ねえ、約束して」
私は真剣に志度を見つめた。
「――わかった」
志度は私を見つめてそう言った。私は志度の瞳に吸い込まれそうになった。私は握ったままだった志度の右手を話した。そして、私の左手の小指に志度は右手の小指を絡めた。小指と小指を結んだまま、地下鉄の窓から流れる白い蛍光灯と窓に写っている志度と私の姿を眺めていた。
「ねえ」
「なに?」
「明日のお昼、一緒に食べたいものがあるの。だから、コンビニでパン買わないでね」
「わかった」
「約束して」
私はそう言ったあと、もう一度小指を数回揺らした。そして、そっと指を離した。
駅の改札を抜けて志度と別れた。志度は反対方向の出入り口へ向かった。私は志度の後ろ姿をしばらく見てから、歩き始めた。上手く待ち合わせの時間を変えることが出来た。明日は志度の命日だ。30秒でも違えば、結果は違うはずだ。もしかしたら、私はもうすでに志度を救えたのかもしれないと思った。




