25
「寝てたでしょ。後半」
私はカプチーノを一口飲んだ。
「いや、寝てないって。覚えてるって」
志度はコーヒーが入ったマグカップを持ち上げながらそう言った。
「したら、教えてよ。後半」
「あれでしょ。追われてた。敵に」
「それで?」
「うーん、なんとかなった。うん、いい映画だった」
志度は気まずそうな表情をしながら、コーヒーを一口飲んだ。
「絶対、寝てたでしょ」
私が笑うと、志度も笑い始めた。
「昨日、バイト長くてきつかったんだって」
「そうなんだ。有罪だね」
「うわぁ。きびしい」
志度は両手を上げて、大げさにジェスチャーした。
カフェの窓から見える外はすっかり暗くなっていた。日曜の5時を過ぎたカフェは客はまばらだった。淡い電球に照らされたと木でできたテーブルや椅子の色がとてもファンタジックでシックな空間を作っていた。サッポロビールの工場を再利用したレンガ館やサッポロビールの煙突を登るサンタクロースのオブジェがオレンジ色の照明と青と白の電飾で彩られていた。
昨日、一人でサンドイッチを買ったときと同じカフェなのに華やかさが違うように感じた。クリスマスの所為かもしれないけど、志度といると世界が明らかに違うような気がした。
「ねえ、志度」
私は志度のことをまっすぐ見つめた。
「なに?」
「――疲れてるのにデートしてくれてありがとう」
「どうしたんだよ。急に。――照れるな」
「私のために無理をしてくれてるってところがギュッと来るよ。すごくね」
「君のためなら俺は死ねる。――このセリフ、一回言ってみたかったんだよな。へへ、使っちゃった」
志度は微笑んだあと、またコーヒーを一口飲んだ。
「――死んだら、意味ないよ」
「――え?」
「死んだら意味ないって言ってるの!」
私は思わず大きな声を出してしまった。周りにいた客が私を見ているのがわかった。一瞬、静まり返ったあと、カフェの中は何事もなかったかのように、またざわざわし始めた。
「――悪かったよ」
「――わかってないよ。志度は。死んじゃったら、意味ないんだよ」
「ごめん。気をつけるよ」
志度はそっとした声でそう言うと、右手で頬杖をつき、外を眺め始めた。雪がそっと降り始めていて、オレンジ色の街灯で雪がキラキラしていた。
――私は一体、何をやっているんだろう。
「――志度、ごめん。せっかくのデートなのに」
「いや、俺が悪いよ。冗談でも言っちゃいけないことってあるよな。まだ、日奈子のそういうところ、全然わかってないんだな。俺」
「――違うの。私が悪いの。ごめんね」
私はコーヒーカップを手に取り、カプチーノを一口飲んだ。カプチーノを飲み込むと、身震いした。窓から冷気が伝わり、足元が寒い。
私はすっと、息をひとつ吐いた。そして、志度に微笑んだ。
「相変わらず、ダサいセリフ好きだね」
「まあな」
「面白いよ。ダサいセリフ」
私はそう言って笑ったけど、志度は頬杖をついたまま、返事をしてこなかった。
「――水風船の時も言ってたよね」
私がそう言うと、志度は頬杖をやめて、私の方を見た。
「あのとき、俺、なんて言ったっけ?」
「『もし、俺が明日死んでもいいようにこれやろう』って言ってた」
私がそう言うと、志度はマジかぁと言って、頭を抱えた。そして、ため息をついた。
「あのときの分も含めて、許してあげる」
私はそう言ったあと、カプチーノを一口飲んだ。志度はまた顔を上げて、私の方を見た。
「あ、ひげ出来てる」
志度は私の唇あたりを指さしてそう言った。私は慌てて、トレーに乗っかっていた紙ナプキンで口を拭った。
「バカだなぁ。日奈子は」
「ズルい。飲んだあとすぐにそういうこと、指摘するんだから」
左手の人差し指で志度を指さして、私は大げさにそう言った。
「だって、カプチーノの泡、口に付いてるんだもん」
「なんか、こういうのもさ、ダサいセリフで言ってみてよ」
「えー、なんだろう。君の白いひげに触れたい」
「うーん、微妙だね」
「だよね」
私と志度はお互いに笑った。
――久々に自然に笑えたかも。
ここ最近、笑うことも少なくなっていた。桜子と話していてもお腹の底から楽しいと思って、笑うことは最近ものすごく減っていた。志度がいるだけで、こんなに違うんだと思った。
「なあ、日奈子」
「なに?」
「俺って、淡白かな」
「え、そんなことないよ。どうして?」
「だってさ、映画館で寝ちゃったんだよ。俺」
「――いいんだよ。それを含めて志度なんだから、それでいいんだよ」
「優しいな。日奈子は。普通だったら怒るよな。そんなことしたら」
「普通ならね。だけど、今は普通じゃないから、私にとっては何でも貴重に思えるの」
「普通じゃない?」
「うん。私、今が一番楽しいよ。久しぶりにこんな気持ちになった。――こんなの久しぶりだよ。ホントに」
「――そっか。俺も今が楽しいよ。こう見えても」
「わかってるよ。――今、ここに志度が居てくれるだけでいいの。志度がいない世界なんて、退屈で真っ暗だから」
私がそう言うと、志度はまじまじと私を見つめてきた。急に見つめられて、顔が少しだけ熱くなってきた。
「なあ、日奈子。こうやってさ、ずっとクリスマス気分を味わうにはどうすればいいんだろうな」
志度はそう言って、また優しく微笑んだ。
「――タイムスリップ」
「タイムスリップ?」
「うん、何回もタイムスリップすれば、何回も今日と同じような気分に浸ることができるでしょ。だから、タイムスリップが一番いいかも」
私は別に悪いことを言っていないのに、なぜか悪いことを言っているような気がした。タイムスリップは存在する。
――タイムスリップして、会いに来たんだよ。君に。
「非現実だね」
志度は笑いながらそう言った。
「クリスマス近いから、頭ぶっ飛んでるのかも」
私は右手を頭の横で回して、クルクルパーのジェスチャーをした。志度は笑いながら、私の真似をして、クルクルパーと同じようにジェスチャーをした。そして、お互いにふっと息を吐き、弱く笑った。
「――クリスマス、バイト入っちゃってごめんな」
「ううん。今日でも十分だよ」
「来年はクリスマス・イブにクリスマス気分を味わえたら最高だな。二人で」
「――うん、そうだね」
私は志度から、来年という言葉を聞いて、また不意に涙が溢れそうになった。




