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48時間後に君は死ぬ  作者: 蜃気羊


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 木で出来た扉を志度が開けると、おばちゃん二人の笑い声がちょうどこだましていた。喫茶店の中へ志度と私が入ると、笑い声は自然に満足げなトーンに落ち着いた。入り口の目の前にカウンターがあり、カウンター越しに店員のおばちゃんとカウンター席に座っている客のおばさんが話しているのがわかった。


「いらっしゃいませ。好きな席、座っていいよ」

 店員のおばちゃんがそう言った。志度は一番窓際で角の席を指差して、その方へ行った。席に近づくと、志度は壁側の席を再び指差して、いいよ、座ってと言った。

 席に着いてすぐに店員のおばちゃんが木製のお盆に水が入ったコップを2つ乗せて持ってきた。そして、はいどうぞと言って、志度と私の前に水を置き、その場を去った。そして、また客のおばちゃんと話をし始めた。

 テーブルでメニューを広げると、テーブルはそれで一杯になった。私達は無言でメニューを見た。 


「お腹すいた?」と志度が私にそう聞いた。

「うん、お腹すいた。ねえ、私、これがいい」

 私はそう言ったあとモーニングセットを指差した。手書きをコピーしたメニュー表には、飲み物、トースト、サラダのセットと書いてあった。

「飲み物はどうする?」

「クリームソーダにする」と私は言った。

 志度は右側に振り向き、店員のおばちゃんを呼んだ。志度はモーニングセット2つと飲み物はクリームソーダ2つにすると言った。すると、おばちゃんはちょっと待っててね。と言って、奥にある厨房へ入っていった。


「クリームソーダいいね。夏らしくて」

「いいよね。アイス食べれるし。私、昔から好きなのクリームソーダ。小さい時、お母さんが家で作ってくれたんだよね。メロンソーダ買ってきて、その上にカップアイス乗っけてクリームソーダしてくれたの。だから、こういう喫茶店来たら結構頼んじゃうんだよね。ファミレスでもあるけど、あれは嫌なのさ。アイスがおまけ程度であんまり美味しくないし、ケチくさいのが気に入らないよね。なんでチェーン店ってケチなんだろう?コスパ、超悪いじゃん。あれ」

「確かに。チェーン店にとってはコスパいいんだろうけど、客にとってみりゃ、コスパ最悪だね。そもそも、飲み物の原価なんてたかが知れてるんだから、少しくらいサービスすればいいのにとは思うよね」

「そうなんだ。それって、儲けようとしてるだけってこと?」

「そういうこと」

「だからケチなんだ。私ね、世の中ってなんで、こんなに根本から外れたことばかり溢れているんだろうって時々思うの。こういうサービスの悪さは横行してるし、好きだったお菓子は値上げする割に、入ってる量はどんどん少なくなっていくし、一つのサイズもだんだん小さくなっていく。昔はこんなに大きかったのになんでってがっかりするもん」

「きっと、そういうことして喜ぶ人達がたくさん溢れかえってるんだよ。この国には」

「へえ、ケチだね。私がこういうお店やるんだったら、サービスたくさんしたい」

 私はそう言ったあと、足を宙に浮かせ、右足を弱く蹴り上げると志度の靴に軽くあたった。


「俺もそう思うよ」

 志度はそう言ったあと、私がさっきそうしたように足を私の左足の先にあてた。

「あ、今のお返し?」

「そうだよ。先にそっちがやったでしょ」

 志度がそう言ったあと、もう一度足を私の左足の先にあてた。志度はいたずらをしている悪くて無垢な笑顔を私に見せた。そうやってやり取りしているときにおばちゃんがそれぞれのモーニングセットを持ってきた。

 トーストには目玉焼きが乗っていて、胡椒が多めにかかっている目玉焼きからは湯気が出ている。サラダはレタスの上にトマトが乗っかっていて、レタスにはオニオンドレッシングがかかっていた。


「もうひとつ持ってくるから、もうちょっと待ってね」

 おばちゃんはそう言って、トーストとサラダを置いた。その後すぐ、おばちゃんは一度カウンターに戻り、クリームソーダを2つ持ってきた。クリームソーダは大きなグラスに入っている。そして、アイスクリームはしっかりとした大きさがあり、アイスクリームとメロンソーダの境界は溶けたアイスクリームが白く濁り始めていた。

 

「これこれ。私が求めてたクリームソーダ。最高なんだけど」

「写真撮っていい?」

 志度は携帯を取り出してそう言った。

「いいよ。可愛く撮ってね」

 ピースサインをして、志度が写真を撮るのを待った。そのあと、私も携帯をバッグから取り出して、志度の写真を撮った。私達がこうしている間に、店員のおばちゃんと、客のおばちゃんがまた話に戻っていた。10時半の店内はまるで魔法で水晶の中に閉じ込められたように狭い世界になっていて、居心地がよかった。

 携帯をバッグにしまったあと、いただきますと言った。そして、クリームソーダを飲み始めた。一口目から幸せな甘さがした。志度も携帯をテーブルに置き、モーニングセットを食べ始めた。

 私もトーストと目玉焼きを食べ始めた。トーストと目玉焼きは普通に美味しかった。普通に美味しいことがどれだけすごいことかを誰かに伝えたいけど、普通が違う言葉に言い換えられるだけだ。そうして、しばらく私と志度は会話をあまりかわさず、黙々とモーニングセットを食べた。


「したらね。今日もありがとう。みっちゃん」

 そう言って、客のおばちゃんがお店から出ていこうとしていた。

「たえちゃん、ありがとね。今日もあっついから気ぃつけてね」

 店員のおばちゃんがそう言うのと合わせて、扉についてるベルの音がゆるやかに鳴った。そのあと、扉が重そうにバタンと閉まる音がした。

 志度と私は黙々と食べていた。志度は躊躇なく口を大きく開けてトーストとその上に乗っかている目玉焼きを美味しそうに食べていた。

「お嬢ちゃん、かわいい顔してるってよく言われるでしょ」

 店員のおばちゃんにそう話しかけられた。

「そんなことないですよ」

 私は急にそんなこと言われて、少し顔が熱くなった。

「いいや。かわいい顔してるよ。あんた。さっきからさ、話しながら、ちょっとあんた方、見てたんだけどさ、仲良さそうだね。どこから来たの?」

「札幌です」

「そうなんだ。まだ若いよね。あなた達」

「高校生です」と私はそう答えた。

「そうなんだ。楽しいときだね。一番」

 おばちゃんはそう言ったあと、大きな声で笑った。


「ここのお店は長いんですか」

 志度はそう質問した。私はトーストの最後の一切れを口に放り込んだ。


「ここはね。もう30年くらいだね。うちのお父さんが脱サラして店作ったの」

「そうなんですか。旦那さんは今日はお休みですか?」

「ううん、旦那は5年前に亡くなったの。だから、ゆっくり私一人でやってるの。私も歳だし、やめようかと思ったけど、毎日来てくれるお客さんもいるしさ、まだ続けることにして、今の今までやってるってことさ」

 おばちゃんはそう言ったあと、カウンターに置いてあった水を一口飲んだ。


「美味しいです」と私はおばちゃんにそう言った。

「ありがとう。あんたかわいいわ。今どきさ、そうやって素直に美味しいっていう子いないしょ。みんななんも言わないで食べて、それでお金払って終わり。出ていく時もさ、ごちそうさまくらい言ってくれたらいいのにさ。なんも言わないもんね。そういう子ってだいたいめんこくないんだわ」

 おばちゃんがそう言ったあとまた大きな声で笑った。私と志度も一緒に笑った。


「あなたがた、すごく似合ってる感じする。いやぁ。傍から見てだけどさ、なんか仲良さそうなんだもん。いいなあ。おばちゃんもそういう時あったけどさ、今じゃこんなんよ」

 おばちゃんはそう言ってけたたましく笑った。一体どこがおかしいのかわからないけど、おばちゃんのパーマが笑うのと合わせて派手に揺れていた。きっとこの髪型は何十年も変わっていないのだろう。変わらなくてい良いものもあるのかもしれないとふと思った。


「まだ、付き合い、そんなに長くないんですけどね」と志度はおばちゃんにそう返した。

「坊っちゃん、お似合いかどうかは、付き合いの長さじゃないよ。こういうフィーリングが大事なんだよ。どんなに長く付き合っても合わないもんは合わないんだから。おばちゃんね、長続きする人達、当てるの得意なの。だから、信じてちょうだい。あなた達、結婚するわ。ちょっと、おばちゃん、奥行って洗い物してきてもいいかい?」

「はい、大丈夫です」

 私はそう言った。おばちゃんはそれを聞いたあとすぐに奥の調理場へ下がっていった。


「結婚するって」と志度はそう言った。

「照れるね」

「かわいいって言われたときから、顔赤かったよ」

「そりゃあ、そうなるでしょ」

 私がそう言っている間に志度はトーストとサラダを食べ終え、クリームソーダをストローで吸っていた。 

「なあ、永遠に一緒に居れたらいいなってたまに思うんだ」

「たまにしか思ってくれないの?」

「いや、たまにじゃない常に思ってる」

「本当に?」

「ホントだって。だからさ、今日みたいにさ、こうやって日奈子と二人でのんびり出来るのが最高だと思ってるよ」

「本当にずっと居れたらいいね」

「ずっと居よう」

 志度はそう言ったあと、右手の小指を私の方に差し出した。私は右手の小指で志度の指を握り、指切りした。




 そうやって、約束したのに、志度は死んだ。

 私はため息を吐いた。ひとりきりのベンチは寂しく感じる。サッポロファクトリーのアトリウムは今日も開放的で気持ちがよかった。天井のガラスからはオレンジ色の夏の夕日が射し込んでいる。


 死んだら、意味ないんだよ。

 ――死んでしまったら。




 

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