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「落ち着いた? あなたのためにも続けるね」
おばさんは私にそう言った。私は頷いた。そして、鼻をすすった。涙が止まる気配は一向になかった。
「まず、今までの人生観が17歳のときに変わってしまっているの。180度ね。これから先の運勢見ても、その影響は一生続くと思うよ。だから、これってもう、受け入れるしかなさそうなの」
「――受け入れること、まだ時間かかりますか」
「わからない。それはあなた次第よ。だけど、受け入れていくとこの先、運気が好転していくことは確かだと思う。今、タロット引くからちょっとまってね」
そう言って、おばさんはテーブルに置いてあったタロットカードを取り出し、カードをテーブルに広げ、カードを混ぜた。そのあと広がったカードを集め、慣れた手付きでカードを切り始めた。そして、カードを5枚並べたあと、カードをじっくり見ていた。
「これね、あなたがどうすれば受け入れられるかを出してみたの。このカード見てほしいんだけど、このカード、世界って言ってね、何事もうまくいくって意味があるの」
おばさんはそう言ったあと、裸の女が浮遊している絵柄のカードを私に見せた。私は一体、なにが上手くいくのかよくわからなかった。
「すごい、いいカードなの。このカード出た時は本当に上手くいくよ。ただね、ここに運命の輪ってカードがあるんだけど、これの絵柄が逆を向いているでしょ?気持ちの整理がつかないと、チャンスを逃したりするよって忠告されてるね。他の3枚も忠告の意味といい意味でうまくいくようになるって励ましてくれているね」
おばさんがそう言ったあと、また沈黙が流れた。私はいまいち、うまくいく実感がわかなかった。
「天体配置図でもこれから先、あなたの未来は悪くはないみたい。恋愛も新しい出会いが30歳くらいでありそうなんだよね。仕事も今は忙しいけど、来年の6月頃には一旦落ち着くか、環境の変化がありそうなんだよね。今、お仕事はなにされてるの?」
「本屋で働いてます」
「そうなんだ。たぶん、あなたってセンスとか、感覚が敏感だと思うんだよね。そういう星の配置しているから。だから、今の仕事、辛いなって思うときって、単純作業とか、センスを活かせる状況じゃないときだと思うの」
「今の仕事は医学書とか専門書扱ってる担当なので、結構キツいです。本当は向いてないのかもしれない」
「いや、本屋は向いているとは思う。ただ、環境だと思うの。例えば今、すごく忙しすぎるのかもしれない」
「かなり忙しいです」
「そうでしょ。あなたの場合、忙しい場所にいると一時的に自分自身の向き合わなくちゃいけないことから逃げるんだと思うんだよね。忙しいとそれを口実にできるから。そういった意味で言うと、今の環境は合ってるんだと思う。だけど、ふとひとりの時間ができるとポッカリと心に穴が空いたような感覚が襲うんだと思う。そうしていると、健康面でマイナスになりそうなんだよね。だから、このままだったら、あと5年くらい先で大きな病気するかもしれない」
「やっぱり、暗いんですね。未来」
やっぱりどうせ私の人生なんて上手くいかないんだと思った。占いをやったところで、私の人生は普通の日々に忙殺されてやがて終わっていくんだ。
――きっと。
「いや、そんなことないよ。今の環境がそれだけあなたにとってマイナスであるってだけだから。これが過去のこと受け入れていたら、仕事と恋愛、両方とも集中して、好転してたかもしれないし。要は今のあなたは心の準備がまだ出来ていないから、ゆっくりしたほうがいいってこと」
おばさんは穏やかな表情をしてそう言った。私だってわかっている。過去を受け入れてさえすれば、志度が死んだことをしっかりと受け入れさえすれば、人生、上手くいくことなんて――。
だけど、私は志度のことが忘れられない。
「ゆっくりできないです。受け入れられないんです。私。彼が死んだこと」
「厳しいこと言うかもしれないけど、今を生きるには過去に折り合いつけないといけないと思う」
「そんなのわかってます」
私は思わずムキになってそう言った。
「そうよね。きっとそうだと思う」
おばさんはそう言って、静かに頷いた。
「――私、全然、折り合いつきません。彼のこと、忘れられないんです」
「そうだよね。だからあなたは今、ものすごく困ってるんだろうね」
おばさんはそう言ったあと、しばらくの間、沈黙が流れた。
「私、自分でも、どうしてこんなに折り合いがつかないのかわからないんです。もう10年前の話ですよ。だけど、彼のことばっかり思い出しちゃうんです。――しかも、今付き合ってる彼からプロポーズされて、幸せのはずなのに」
「そう。幸せなことじゃないの。プロポーズされるなんて。それなのに、なにか、しっくり来ないんだ。今の彼に」
「はい――。悪い人じゃないんですけど、死んだ彼のほうが私を見てくれていたような気がするし、本当は死んだ彼と結婚したかったのかもしれません」
「そう」
「だから――。私、今死んでも全然後悔しないと思います」
私がそう言うと、しばらくの間、沈黙が流れた。おばさんは私の気持ちを包み込んでくれているように優しく、真剣な顔のままだった。
「ねえ。お嬢ちゃん。本当に後悔しないの?」
「はい、だって、私にはもうなにもないんです。10年前で時が止まったままなんです。だから、今の彼とも向き合えない。せっかくプロポーズしてくれたのに――。私もきっと10年前に寿命で今は余生を生きているような気がするんです。ずっと」
「そう。――余生ね。忘れられないんだ。死んだ彼のこと」
「はい。今は本当に辛いし、何のために生きて、何のために働いているのか全くわかりません。だから、今、死んでも別にいいんです」
「――もしかして、近いうちに死ぬ気だった?」
「――はい。……もう、嫌なんです」
私はそう言ったあと、また涙が溢れた。息は自然に荒くなり、鼻の奥は痛かった。もう、すべてがどうでもよく感じた。どうでもいいから何がなんだかわからないし、おばさんの前でこんなに号泣してしまっている自分を慰める気にもならなかった。
「――ちょっと変わったことできるんだけどやってみない?」
私はそうおばさんから聞かれ、よく意味を理解できなかった。
「過去に折り合いをつけることができるかもしれない体験なんだけど」
「――体験?」
「うん。死んだ彼と会うことができる体験」
「――どういうことですか」
え、もしかして、今、バカにされた――?
「なんて言えばいいんだろう。人間ってその気になれば、タイムスリップできるんだよね」
私は奇妙なことを言われて、よくわからなくなった。どう言葉を返せばいいのか、数秒考えてみたけど、結局、よくわからず黙ることにした。
「それもそんなに難しくない。うちには補助装置があるの」
「――どういうことですか」
「2日間くらい過去に戻れるってことだよ。実際に何十人もタイムスリップすることができてるの。タイムスリップして、2日目に帰ってくるようになっているの。催眠術の一種みたいな感じかな。イメージとしては」
「そうなんですね」
私はそう言ったけど、実際のところ、全くイメージできていなかった。2日間タイムスリップしてどうなるんだろう。志度とたった2日会っただけで何が変わるんだろう。だけど、本当だったら、志度に会いたいと私は思った。
「死ぬ前に彼ともう一度会ってみない?」とおばさんはそう言った。
「どう? 一回5万円なんだけど」
おばさんはさらに続けてそう言った。私はバッグから財布を取り出し、中身を確認した。3万円足りなかった。
「あとでまた来てもいいですか」
私がそう尋ねるといつでもいいよとおばさんは答えた。




