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『幸運』の魔法使いと、無口な戦士

作者: 森野
掲載日:2026/01/21

 今日のクエストは魔物退治だった。

 10人の魔法使いが参加しているクエストで、私もそのひとりだった。

 物理攻撃が通じにくい大型の水棲の魔物が相手で、炎魔法で表面のぶよぶよした殻を焼くことで、やっと戦士隊の攻撃が通じるようになる。事前のミーティング通りの相手だった。


 周囲の魔法使いの略唱魔法が相手をとどめていてくれたので、詠唱が完成した。

 私の炎魔法が大きく魔物を包む。体表面は焼け、一部が炭化していた。

「かかれ!」

 号令がかかり、戦士隊10人が攻勢に出た。

 魔物が殻を再生する時間はなかった。



「かんぱーい!」

 仕事のあと、ギルドの食堂スペースでささやかな祝勝会が行われた。口々にねぎらいの言葉をかけながら、今日のクエストを振り返っていた。

「いやあ、でも運が良かったよ! あそこででかい魔法がきてくれて」

 戦士隊の男性が言った。

「たしかに。あそこで焼けてくれなかったらしばらくかかったよな」

「みなさんが時間を稼いでくれたおかげです」

 私が言うと、リーダー役の男性がにこやかに私を見た。

「そうだね、魔法使いの人たちががんばってくれたよね。運が良かった」

「運、というか、あれは私の魔法ですよ」

 私の言葉に、一瞬静かになった。


 それからひそやかな笑いが漏れる。周囲から私に対して、気の毒そうな、からかうような視線が向けられていると感じた。

「そうだね、君の魔法かもしれないね」

 リーダー役の男性がさとすように言った。


「でも、魔法というのは手数だから。たまたま大きな魔法が出ることもあるのが魔法だからね。君は、言ったら悪いが、ずいぶんゆっくり魔法を唱えていたよね」

「魔導書の通りです」

「そう。それじゃあ、せいぜい一回しか唱えられなかったんじゃないかな?」

「略唱では、ほとんど精霊とつながることはできません。全唱でないと」

 私は言った。

 日々、全唱を続けることで精霊との信頼関係を得て、大気の魔力を貸してもらうことができるようになる。全唱は、その魔力を集める時間でもある。


「いつの時代だよ」

 声がして、それに同調するような冷笑が起きた。

 それでやっと、彼らと私の間には深い溝があったことに気づいた。

 私は自分の立場を理解した。


「君は、マリイさんだっけ? 初めてのクエストだったよね」

「はい」

「魔法の勉強を熱心にしていて、大変結構だけどね。冒険者の仕事って、そんなにのんびりやってちゃだめなんだよ。それとね。あんまり、手柄をひけらかすようなことは、言わないほうがいいなあ」

「はい」

「立ち入ったことだけど、仕事がなくなって、冒険者を始めたんだっけ? 気をつけたほうがいいよ」

「ありがとうございます」

 その場にいた9人の魔法使いの誰も、私の立場を支持してくれる人はいなかった。

 私はタイミングを見てリーダー役の男性に声をかけ、そっと帰宅した。



   2



 私は半年前まで魔導書の整理をする仕事をしていたが、施設が閉鎖になり、収入源を失った。

 いざ再就職先を探してみると、どこにもそんなものはなかった。低賃金で働いていたので蓄えはほとんどなく、生活のため、冒険者というものになるしかなかった。


 様々な仕事を請け負う冒険者ギルドという組織に所属することで、仕事の検索や紹介を受けることができるようになる。ランクもあり、上がっていけば行う仕事の幅も広がっていく。

 さいわい、魔法を使うことができるというだけで仕事を選ぶ立場になれたので、できるだけ身の安全が確保できそうな仕事をしていった。

 二十代後半の新人という年齢も、魔法使いならそれほど目立たずすんだ。


 今回の仕事は、そうして得た仕事のひとつだった。

 他の魔法使いと比較されるような仕事をしたのは初めてだったが、略唱を使っている人が多いのは感じていた。しかしこんなにも全唱が軽視されているとは知らなかった。

 

 それからも何度か仕事をした。

 私は相変わらず全唱を繰り返した。噂が広がったのか、融通の効かない女だという目で見られることが増えたような気がした。仕事をサボる問題児のような視線を受けることもあった。

 空き時間に魔導書を読みながら、私も略唱をしなければならないのかと悩んだ。

 しかし魔法というのは略唱ではない。あくまで魔導書に従った全唱である。私は、仕事がなくなったら考えることにした。


 仕事を何度もするうち、私の評価がすこし変わってきた。

 かならず大きな魔法が発動するからだ。


 私から見れば正規の手続きをして精霊に力を借りているだけだが、彼らからすると、本来は運よく発動するだけの威力の高い魔法が、非常に高い確率で強い魔法が発動する女、であるようだった。

 私は幸運の魔法使いと呼ばれるようになっていった。



  3



「やあマリイ」

「グリーズさん」

 私は魔導書から顔を上げた。

 日中は、ギルドのテーブル席は三割も席が埋まっていることはない。向かいの席にグリーズさんが座った。


「今日も勉強かい?」

 グリーズさんは笑みを浮かべた。白い歯が輝いている。

「はい」

「熱心だね」

「いえ。私にはこれしかできないので」

「そういうところが好きだな」

 彼の言葉に、私は顔が熱くなった。実は炎魔法の使い手なのかもしれない。


 何度か一緒にクエストをするようになり、親しくなっていった。お付き合いを申し込まれ、私のような女にそんなことがあるのかと呆然としながら受けた。

 まだ、言葉での触れ合いしかない。だからお酒が出るお店で食事をするときなどは、過度な接触をする男女を見かけて緊張した。私もああいうふうになれるだろうか。

 素直に身を任せられるようになれたらと思うが、抵抗がある。彼は待ってくれるだろうか。


「今夜、クエストが終わったら食事でもどうかな?」

 彼は言った。

「え? ええ」

 私は頭の中を振り払って言った。

「大事な話があるんだ。あっ」

 彼の上着の内ポケットから箱が落ちた。内ポケットに入れておくにはすこし大きな箱で、不安定だったのだろう。

 

 箱が転がって開くと、中から指輪がこぼれた。

 彼はしまった、と後悔するような顔をしてから微笑んだ。

 私も微笑んだ。天にものぼる気持ちだった。



 今日のクエストは4人だった。

 私たちと、男女ともにひとりずつだ。彼らは面識がないようだった。

「シン」

 男性は名前しか言わなかった。

「あたしラック、よろー」

 女性はポーズを決めた。


「協力してがんばりましょう」

 グリーズさんは言う。

「グリリとマリリとシンシンね、よろー」

 私は彼女に、グリーズさんと似た略称で呼ばれていることを、ひそかに喜んだ。


 見ていると、ラックさんは、かならずなんらかのポーズを取りながら発言する人だった。自分で発光しているのではないか、というくらい明るい人だ。

 逆にシンさんは、植物に偽装しているかのように言葉を発さず、無駄に動くこともなかった。


「ねー、マリリって幸運の魔法使いなんでしょー」

「え、ええ、そんなふうに呼ばれることもありますけれども……」

「あたしもラッキースキル持ってんの、ねえ、いまこのパーティーめっちゃラッキーじゃない?」

「ラッキースキル?」

「そう。もう、生きてるだけで超、運が良くなんの。最高じゃない?」

「運が? どんなスキルなんです?」

 グリーズさんが言った。


「えっとね……。そのまんまー」

 ラックさんが笑うと、彼も笑った。

 白い歯を輝かせ、私に対して向けるものとそっくりだった。


「あ、ほら」

 ラックさんは落ちていた100ゴールド硬貨を拾った。それをギルドの受付に持っていく。

「もらわないんですね」

「ああいうのは、ちゃんと届けたほうが、運が良くなんのよー」

「へえ。勉強になります」

「グリリ勉強すんのかい!」


 ラックさんが豪快に笑った。飾らない、気持ちの良くなる声だった。けれど、輝く笑顔を彼女に向けるグリーズさんを見ていると、私はお腹の奥の奥に氷をねじ込まれたような、中心から体が冷えていくような感覚が広がっていた。



  4


 

 出発し、歩きはじめると自然と前後にわかれていた。

「人生って、やっぱり運だと思うんですよ」

「なんで?」

「努力はもちろんしますし、やるべきことはします。でも最終的なことって、運の要素が大きいと思うんですよね」

 二人が会話を続けていたので、彼とラックさん、私とシンさん、という形になっていた。


「だから、運がいい人って僕、惹かれちゃうんですよ」

「え、なに? あたしに言ってる? ねえ、めっちゃぐいぐい来んじゃんうける」

「どう思います?」

「えー?」

 ラックさんはまんざらでもなさそうで、彼はうれしそうだった。


 私は途中から気づいた。

 彼はラックさんに話しかけているようであって、私に言っているのだ。

 幸運、がほしかっただけだと言っているのだ。

 そしてより優れた幸運の持ち主を見つけたと言っているのだ。

 目の前がチカチカとした。

 胸が苦しい。


「ゆっくり呼吸したほうがいい」

 ぼそりと声がした。シンさんの声だった。私は小さく頭を下げ、それに従った。


 道を歩いているだけでもラックさんの幸運はいくつか見ることができた。町を出るときの手続きをする係員の、いつも嫌味を言う人が休みだったり、大きな川をわたる舟の順番待ちがゼロだったり。

 ささやかだと考える人もいるかもしれない。

 しかし日々のストレスが軽減し、自分の取り組み方が正しく反映されるとしたら、それは素晴らしい人生と言えるのかもしれない。


 私は吐き気をこらえながら仕事をこなした。


 クエストが終わってから、グリーズさんに、今日はラックさんと食事に行くことにしたと言われた。

 私は、あなたとはもう会うつもりはない、と伝えて帰った。

 激しい感情は起きなかった。ただ指先と足先が冷たく感じて、凍えるようだった。


 三日休んだ。



  5



 朝、ギルドに出かけると、グリーズさんとラックさんが楽しげに話をしていた。

 私はしばらく散歩をして、時間をつぶしてから入り直した。彼らの姿は消えていた。

 受付に向かった。

「仕事はありますか?」

「ん、ああ! マリイさんを指名してる人がいたけど」

「指名?」

「おはよう」

 男性がやってきた。見覚えがある。

 三日前に一緒にクエストをした、たしか、シンさんだ。


「仕事をしたい」

 彼は言った。

 私は仕事中のシンさんを思い出していた。剣と盾を持って、体にも防具をつけて戦っていた。攻撃というよりも防御に重点をおき、状況を維持する仕事をするタイプの人だった。

「私とですか?」

「はい」


 クエストの内容というのはこうだった。

「橋の除去?」

 古くなって壊れてしまった木造の橋を取り除くという。

 通常ならたくさんの人手が必要だ。ただ木材の再利用は考えておらず、すべて破壊してもかまわないという。


「魔法で焼いてほしい」

 シンさんは言った。

「でも、きちんと発動するかどうかわかりませんが」

 私が言うと、シンさんは首をかしげた。


「いえ、運、なので……」

「全唱だろう?」

 シンさんは言った。

 私は彼を信用することにした。



 現場は町の東の森の中にあった。以前、街道として利用していた道の橋だ。現在は橋の老朽化もあって、橋はかけなおされ、利用者は近所の人間だけになっていたようだ。

 最近になって老朽化が進み、いつ落ちてもおかしくない状況になったが、岩場にかかっていて苔むしている上、見晴らしも悪い。強くはないが、人が使わなくなったら魔物が利用するようになり、地元住民がお金を出し合って依頼したという。

 私はシンさんに手を借りて、大きな岩の上に登った。そこからなら橋も見下ろせるし、魔物もすぐには届かない。

「俺が見ている。やってくれ」

「はい」


 私は詠唱を始めた。

 頭の中に刻まれたページをめくり、該当する文章を読み始める。

 発音も気をつける。同じ音でも口を閉じたまま発音したり、舌の位置なども気をつけなければならない。不安定な部分があると精霊が気づかなかったり、認めてくれなかったりするのだ。


 茂みから音がした。

 魔物だ。猿のような姿だったが、筋肉が大きくどっしりとしていた。

 シンさんより頭ひとつ身長が高く、体重でいえば倍くらいありそうだ。


 シンさんが剣と盾を構えた。

「気にしなくていい」

 シンさんは言った。


 私は詠唱を続けた。


 魔物が急に迫ってきて、シンさんに体当たりをした。

 私だったら石ころのように転がっていってしまっただろうが、シンさんは根が生えているように受け止めた。

「気にしなくていい」

 シンさんは言った。


 魔物は拳でシンさんを殴り始めた。

 シンさんは抵抗をせず、されるままにしていた。正確には、反撃をしないが、そのぶん盾や防具を使って直撃を受けないことに専念しているようだ。

 私がそちらに魔法を向けるべきか考えていると、シンさんはこちらをちらりと見た。

 もうシンさんを見ないことにした。


 詠唱が終わり、炎魔法が発動した。橋が燃え上がり、一瞬、私の頭の上よりもはるかに高く炎の先が上がった。


 妙な声がしてそちらを見ると、走って逃げていく魔物の背中があった。



 地元住民に確認してもらい、確認証をもらってギルドにもどった。

 報酬を受け取ると、シンさんは八割ほどを私にわたした。

「えっ」

 私は首を振った。


「君がいなければ成立しない仕事だった」

「私だけでも無理です」

「本来ならもっと人数が多くなる。俺の取り分はもっとすくなかったはずだが、君に頼んだから結果的に増えている。気にしなくていい」

 としつこいシンさんに、私は半分をわたした。


「どうぞ」

「……しかし」

「その分、次の仕事でもしっかり私を守ってください」

 私は思わぬことを言っていた。


「君なら、俺と組むよりもっといい仕事ができるはずだ」

「嫌ですか?」

「そんなことはない」

「それではお願いします」

「わかった」

 

 私はギルドを出た。

 天気が良い。

 久しぶりに空を見たと気づいた。

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