第五話 初恋の正体
「何から話そうか? 気になること、色々あるでしょ」
ポットから注がれた紅茶のカップに手を触れたところで、ユリワース様が話しかけてきた。
確かに聞きたいことは色々あるが、何から聞いていいものか私は判断しかねていた。
――いや、聞くのが怖かった。
「なぜ、今日はユリワース様が私のお相手をしてくださることになったのでしょう?」
結局、無難な質問しかできない。
「君にもあいつにも、笑っていてほしかったから」
「私と、ユリアース様にですか?」
「そう、二人に」
恋の橋渡しでもしようとしているのだろうか?
もう、私の気持ちに区切りは付いたのだけれど。
「私のことは気にしていただかなくても結構です。私は、次期エンフィールド公爵夫人としての立場を弁えているつもりです」
カップに口づけて紅茶をいただく。
すーっと鼻を抜ける爽やかな香りにあっさりとした飲み口。
先月いただいたお茶より、私の好みだ。
「そういう意味じゃないんだけどな。……うーん……」
眉間にわずかに皺を寄せ口元に手を当てる彼は、本当に表情豊かな人だった。
双子でもこんなに性格が違うものなのか。
「アースはね、今は王宮に行っているんだ。あそこも早く何とかなってほしいんだけど」
「ユリアース様が、王宮に?」
「そう。理由は言わなくても分かると思うけど」
王女に会いに行ったのだろう。
ユリアース様がたびたび王宮に顔を出していることは、私も知っている。
あの二人は相思相愛だ。
その二人を私という存在が阻んでいる。
「双子は今は禁忌だって言われてるけど、その前は幸福の証とも言われていた時代もあってね。結局、迷信なのにいい迷惑だよ」
「幸福の証ですか?」
「そう。一人産むのだって大変なのに、一度に二人も生まれるなんて幸福の証だって。そういう時代もあったんだよ」
知らなかった。
価値観は時代と共に変わる。
勉強していたつもりだったが、この話は初めて聞いた。
「だからさ。君がうちとの婚約に乗り気じゃないなら、解消してもいいんだ。迷信にとらわれる貴族達の方がおかしいんだから」
眉間の皺も柔和な笑みも消えていた。
彼は、真剣な表情で真っ直ぐに私を見ている。
「もちろん、君が今まで努力してくれたことは知ってる。でも、その努力は、うちだけでしか役に立たないわけじゃない。僕はそう思ってる」
そんなこと、考えたこともなかった。
婚約は、家と家との決めごとだ。
特に公爵家と侯爵家。
王家の承諾もあるものを簡単に覆せるものではない。
「瑕疵は間違いなくエンフィールド公爵家にある。だから、君には瑕疵がつかないようにする」
「どうして、そこまで私のことを考えてくださるのですか?」
「言ったでしょ? 君に笑っていてほしいんだって」
暖かな声が。
優しい言葉が。
視界に入る笑みをたたえた口元が。
じわじわと私の心を覆っていく。
覆い尽くして染みこんでいく。
「ユリワース様にとって、私は単なる兄の婚約者では?」
「違うよ。君は、僕に幸せを見せ続けてくれた人だよ」
全く、身に覚えのない言葉。
私の何が、彼にここまで言わせるのか見当がつかない。
私はただ、彼を見つめ返すことしかできない。
「幸せになっていいんだよ、君は」
何かが、引っかかる。
どこかで聞いた響きに似ている。
一体、どこで――
一つの可能性に思い当たり、私は知らず扇を開いた。
表情を見られたくなかった。
この柔らかい声、口ぶり。
金色の髪に青い瞳。
私はもしかして、とんでもない思い違いをしていたのではないだろうか?
「……ユリワース様は、10年前、王女様が初めて主催されたお茶会にご参加なさっていました?」
「いや、あれには参加していない。僕たちは、彼女とはもう顔見知りだったから」
――僕たち?
それは、複数名を指す言葉だ。
「でも、あの日王宮にはいらしたのでは?」
「そうだね。小さなレディをエスコートしたことはあったかな」
王女との親交を得られる程度には王宮に慣れていて。
だからこそ、あの迷路のような庭園でも迷子になることはなかった?
「あのときの君は偉かったね。ちゃんとしたレディだったよ」
呼吸を忘れてしまった。
目を見開いてしまった自覚もある。
だって、そんな、私は――
「王子、様……」
「それはさすがに照れるな」
頬を染めてカップに口づける彼の顔から目が離せない。
目を伏せ気味にして、私の視線から逃れようとしている。
「あれは、ユリワース様だったのですね」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいよ」
やはり、目を合わせようとはしない。
あなたの目が、見たいのに。
「何をやっているのだ、お前は」
どこか呆れたような、それでも硬質なこの声は顔を見なくてもわかる。
「ユリアース様」
ちらりと横目で伺うと、表情のない端正な顔が映る。
「アース? もう帰ってきたの?」
「用事は終わったからな。メリュジーヌに顔を見せようと思ったのだが……なぜ、彼女から顔を背ける?」
「背けてなんてない! ただ……恥ずかしいからさ……」
顔を赤らめたユリワース様。
相変わらず彫像のようなユリアース様。
面白いほど対照的だ。
「お前が言わぬなら、私から伝えておくが?」
「いや、それはやめて! お前の言い方だと僕が耐えられないから!」
「ならば早くしろ。10年待たせているのだからな」
え? 何、10年って。
ユリワース様のそんな言葉を無視してユリアース様はテラスを出てしまった。
清々しいまでに有言実行。
本当に顔だけ見せて行ってしまった。
私は告げる言葉もなく、静かに紅茶を飲む。
ティースタンドに乗っている菓子に手を伸ばす気力もない。
気持ちの整理が、つかない。
「ねぇ、メリュジーヌ」
そっと呼びかけられ、私は顔を上げる。
ユリワース様の青い瞳と目が合う。
それだけで、体が熱くなった。
吐息が、熱を持った。
「僕はね、君が好きなんだ。小さくて我慢強かったレディの頃から、今の淑女の君まで全部が好きなんだ」
だから、幸せになってほしいのだと。
羽毛のようなふわっとした柔らかな言葉で、願いと想いを私に届けてくれる。
「ならば、ユリワース様が私を幸せにしてくださればよろしいのでは?」
「……え? 僕?」
間の抜けた顔が、なんとも彼らしい。
気負いのないその姿が、眩しくて仕方ない。
熱よ、引け。
声よ、震えるな。
視線は揺らすな。
私も私の声で、言葉で想いを伝えたい。
「考えてみてくださいませ。私の年齢で、エンフィールド公爵家以外にこれから良い婚約先が見つかるとお思いで?」
私は、今が結婚適齢期。
この年齢で今から優良物件など見つかるはずもない。
探す気もない。
「ですから、ユリワース様。私のことを想ってくださるのなら、責任を持って幸せにしてくださいませ」
誤解させられた10年は、簡単に許すには長すぎる。
「もちろん! 君が僕で良いと言ってくれるなら、必ず!」
「あなた様しかおりませんわ」
――10年前から、ずっと。
私は、まだドキドキとうるさい心臓の鼓動を感じながら、考える。
そう遠くない未来の旦那様。
いつ、ネタばらしをしましょうか。
【 最後までお読みいただき、ありがとうございました 】
10年越しのすれ違いと、二人の兄弟が抱えてきた想い。
メリュジーヌがようやく辿り着いた“本物の彼”との結末で、
この物語はひとまず幕を閉じます。
短い恋の物語でしたが、
少しでも胸に残る瞬間がありましたら嬉しいです。
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