第四話 恋は終わった……はずだった
私の初恋が終わろうとも、嫁ぎ先の家の秘密が暴かれようとも、月一の定例茶会は容赦なくやってくる。
招待状をつまみ、机の上に顔を伏せる。
「行って、どんな顔して会えばいいのよ」
ダークブラウンの木目のテーブルの上には、返答のためのカードや筆が散らばっている。
ユリアース様に、私の恋心が知られていた。
その事実は、容赦なく私をたたきつぶす。
「……いえ、違う。私もユリアース様も同じなのかもしれないわね」
私が、舞踏会や記念式典でユリアース様の視線の先の人に気づいたように、ユリアース様も私の視線の意味に気づいていたのかもしれない。
だからこそ、彼は私に心を開かなかったのだろう。
私に、期待させないように。
「そう考えると、優しいのかしら?」
いつも変わらない平坦な声に貼り付けたような笑み。
あれは、ユリアース様なりの気遣いだったのだろうか?
聞いたところで、答えてはくれないだろう。
私は顔を上げ、ペンを持つ。
招待されたからには行かねばならない。
私たちは、パートナーなのだから。
* * *
今日も、エンフィールド公爵家に早くに着いてしまった。
ふと思いつき、またあの庭園に足を向けてみる。
先月うたた寝をしていた人物の姿はない。
なぜか会えるような気がしたのだが、そんな偶然は簡単には起こらないらしい。
つるバラの香りを楽しんでいると、名を呼ばれた気がした。
振り返ると、白シャツに水色のベストを着たユリアース様がこちらに向かってくる。
――いや、違う。
「ごきげんよう、メリュジーヌ」
この声は、ユリアース様のものではない。
彼は、もっと無機質だ。
「……ごきげんよう、ユリワース様」
ドレスの裾をつまみ、丁寧にカーテシーをする。
頭上で彼が、息を呑んだのがわかった。
「どうして、気づいた?」
驚きを隠さないユリワース様に私は顔をほころばせる。
「ユリアース様には、声に温度がありませんもの」
「温度……?」
「えぇ。ユリワース様が私の名を呼んでくださったときのような柔らかさがないのです。硬質で冷たい感じ。すぐにわかりますわ」
こちらは10年婚約者をやっていたのだ。
気づかないはずがない。
「そう、なんだ」
まただ。
この人は、私が視線を向けたり言葉をかけると嬉しそうに口元を緩める。
「メリュジーヌ嬢、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された手に手を重ね、私はユリワース様と歩き出す。
「今日は、ユリワース様がエスコートしてくださるのですね」
「茶会の相手もだよ。……ユリアースに頼んだんだ。こんなにすぐに気づかれるとは思わなかったけど」
ユリワース様が隣で目を細める。
正直、ユリアース様とユリワース様二人との茶会を想定していた私は驚いた。
まさか、ユリワース様と二人きりの茶会となるとは。
「君に聞きたいことや話したいことがたくさんあるんだ」
まるで子供が親に夢を語るように、彼の瞳が綺麗に揺れている。
一瞬、目を奪われてしまうほどに。
「私も、ユリワース様のお話に興味がありますわ」
禁忌とされている双子が、なぜ一緒にいられるのか。
なぜ、隠し通せているのか。
私は不思議で仕方ない。
昔、王家で生まれた双子の兄弟が血みどろの争いを行った経緯から、貴族間では忌避されているのだ。
夏も終わりに差し掛かり、陽光も幾分かやわらかくなった。
通り抜ける風も、少し乾いてきたようだ。
庭園からテラスまで、さほどの距離もない。
私はユリワース様に手を握られたまま、彼を見上げる。
「どうかした?」
「いえ、何も」
驚いてしまった。
反応が早い。
私の行動に気を配っているかのようで、私は思わず視線を背ける。
「今日もアイスティーを用意しているんだ。取引している商人が熱心に勧めてくるから試しに買ってみたんだけれど、なかなか口当たりが良くてね。気に入ってくれるといいな」
「……楽しみです」
こんな会話、ユリアース様としたことがない。
ささやかな気遣いがこんなに嬉しいものだなんて、今まで気づかなかった。
「良かった」
吐き出した吐息に混ざるように呟かれた声に、私は反応してしまう。
私の疑問が通じたのか、ユリワース様が頭をかく。
「君が笑ってくれたから。ユリアースとの茶会では、いつも二人とも淡々としていたでしょ」
「ユリアース様があぁいうお方ですので」
「まぁ、そうなんだけど。でも、普通の婚約者だったら怒ると思うよ?」
ユリワース様の言いたいこともわかる。
私も最初はショックを受けて、家に帰ってから泣いたものだ。
でも、その見方も今は変わった。
「ユリアース様は、ユリアース様なりに私に誠実だったと思います」
「あいつが?」
うたた寝が見つかったときみたいにびっくりした表情。
たった1か月前のことが、鮮明に思い起こされる。
「ユリアース様は、私に希望を持たせませんでしたから」
パートナーとしては、きっとうまくやれるだろう。
でも、それ以上は望めない。
そう、はっきりと彼は線引きしてくれた。
ぎゅっと、握られた手に力が入った。
今にも泣き出しそうに顔を歪めて。
それでもユリワース様は前を見ていた。
「着いたよ」
ティーテーブルの前で、手を離される。
熱が引いていく。
それが寂しい、なんて。
「メリュジーヌ様、ようこそおいでくださいました。どうぞお掛けください」
侍女に椅子を引かれ、座る。
目の前には、ユリワース様。
彫像のような笑みではなく、春の陽光のような笑み。
「二人きりのティーパーティーの始まりだよ、お姫様」
私は、照れたように笑うその顔から目が離せなかった。
【 お読みいただきありがとうございました 】
終わったはずの初恋の、そのすぐ隣で。
気づかぬうちに始まっていた、小さな温度の変化。
メリュジーヌが長い年月の中で諦め、
静かに閉じてきた心の部分に、
ユリワース様の言葉や仕草が、そっと触れていきます。
まだ恋とは呼べない、かすかな揺れ。
それがどのように形を持つのか――
よろしければ、この先も見届けていただければ嬉しく思います。




