表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二話 静かに終わる初恋。静かに始まる“本物の恋”

 

『私には双子の弟がいる。それだけさ』


 私は、脳裏でユリアース様の言葉を何度も反芻する。


 何が『それだけ』なのだろう?

 なぜ、あなただけがいつも通りでいられるのだろう?


 ――私は、それほどあなたにとってどうでも良い存在だったのだろうか?


 私には、わからない。

 彼の気持ちがわからない。


「ユリアース! 言い方というものがあるだろう。メリュジーヌ、すまなかった。息子が無配慮で」

「そうよ、ユリアース。あなたはもっとメリュジーヌに寄り添うべきだわ」


 エンフィールド公爵夫妻にとって、ユリアース様の姿は冷たく映ったのだろう。

 だが、彼はいつもこうだった。

 温度のない言葉で、事実を淡々と話すだけ。

 それが役目だと言わんばかりに。


「無配慮で寄り添っていないのは、父上と母上の方では? 私から見れば、メリュジーヌは被害者ですよ」


 初めてだった。

 彼の言葉に、わずかな怒りを感じた。

 ユリアース様は、ずっと私に興味が無いのだと思っていた。

 けれども、今は私のために怒ってくれている。そう感じられた。

 私がこの場で告げられる言葉はない。

 ただ、黙って扇を膝の上で握りしめている。


「カナル。ワースをここに。……本来、ここにいるべきは私ではない。彼だ」


 ユリアース様が側で待機していた執事に声を掛ける。

 執事はエンフィールド公爵へ目を向け、指示を待っている。

 公爵はこめかみを押さえて告げた。


「ユリアースの言うとおりに」


 その言葉と同時に、ユリアース様が席を立つ。

 私は彼を見上げることしかできない。


「君を騙していたこと、深く謝罪する。ワースとのことは、君の好きにするといい。私は、君をパートナーとして頼もしく思っているよ」


 言いたいことだけ言って、背を向ける彼。

 陽光を受けて遠ざかる背中すら様になっている。


 私はどうやらユリアース様かその弟を選ぶことができるらしい。

 だが、エンフィールド公爵家との婚約は解消できないらしい。

 今の私に理解できるのはそれだけ。


 気づけば、カナルと呼ばれた執事は姿を消していた。

 ユリワース様を呼びに行ったようだ。


「お茶がぬるくなってしまったわね。アネット、淹れ直してちょうだい」


 エンフィールド公爵夫人の命で、側仕えの侍女が私たちのカップを取り替えてくれた。

 私はカップに手をつけ、紅茶を喉に流し込む。

 ミントの清々しい香り。

 冷たい紅茶の心地よさ。

 そのどれもが、今の私には必要だった。



 *  *  *



 彼を見た第一印象は



 ――かくれんぼで鬼に見つかった子供



 だった。


「初めまして……では、なかったよね。改めまして……かな? ユリワース・エンフィールドです」


 私から微妙に目線を逸らして俯きがちに喋る姿は、確かにユリアース様とは大きく違う。

 同じ金色のサラサラした髪に、青い瞳。

 整った容貌は、黙っていればユリアース様と見間違ってしまうのも仕方ない。

 けれど、見つけられてしまったとの後ろめたさ。

 見つけてもらえたという安堵。

 そんな相反する感情が仕草や言葉から浮き上がっていた。


「もしかして、先ほど庭園でお会いしました?」

「そう。それが僕」


 困ったように頬をかいて、困ったように笑う。

 とても、自然に。


 どうりで、ユリアース様の着席が早かったわけだと私は合点する。


「では、私も改めまして。アレン侯爵家長女、メリュジーヌ・アレンと申します」

「うん、知ってる。ずっと見てたから」


 カーテシーを終え顔を上げると、ユリワース様と目が合った。

 ユリアース様と同じ瞳なのに、どこかあたたかく感じる。


「ワース、席に座りなさい」


 エンフィールド公爵の言葉に従い、ユリアース様が座っていた場所に座るユリワース様。

 私を見ては、口元を緩ませる。

 たったそれだけで、私の中の何かが揺れる。

 揺れたものの正体がわからなくてもどかしくなる。


「社交と外交は君の婚約者でもあるユリアースがこなし、ユリワースには領地経営などの実務的なものをさせている」


 なるほど。

 それで私の婚約者はユリアース様なのか。

 社交は貴族の情報交換の場であり、立場を明確にさせる場でもある。

 こんなに気の抜けたように笑うユリワース様では務まるまい。

 公爵の言葉に深く納得する。


「この子、事務や経営についてはユリアースより優れていてね。いい子なのよ。だから、ユリアースは政略が絡んだ婚約になってしまったけれど、ユリワースには好きに恋愛していいのよって伝えているの。お相手は下級貴族か富裕な商人かに限られてしまうけれども」


 その方が、あなたも安心でしょう?と。

 微笑む公爵夫人に対し、笑顔を作るだけで精一杯だった。


 彼女は知らないのか。

 それとも、知らないフリをしているだけなのか。

 先ほどのユリアース様の去り際の言葉からも分かるとおり、私と彼は完全に政略的な婚約だ。

 私たちの間に恋は芽生えなかった。

 だから、私はパートナーの地位に甘んじることになったのだ。


「エンフィールド公爵家は安泰ですね」


 私の言葉に、公爵夫妻は嬉しそうに笑い返す。

 なぜ、禁忌とされる双子を育てることができたのか。

 なぜ、私にはユリアース様とユリワース様の二人の間の選択肢がなかったのか。


 そんなことを口に出す勇気が、私にはなかった。



 *  *  *



「馬車まで送るよ」


 そう言って手を取ってくれた彼の手の温度を私は忘れないだろう。

 慣れていないエスコート。

 力の加減が分かっていない手つき。

 そのどれもが新鮮だった。


「今日はごめん。僕たち家族は君をずっと騙していた。アレン侯爵には伝えてあったんだけど、君の耳には届いていなかったんだね」

「公爵がおっしゃっていました。ユリワース様のことを知ると、私はユリアース様との婚約解消はできぬことになると」

「あぁ。それで侯爵は黙っていたんだ。……良いお父上だね」


 馬車までの短い道のり。

 その間、私の歩幅に合わせようと懸命に調整してくれているのも伝わってくる。


「そうなのかもしれません。私が、何も知らなかっただけで」

「何も知らないのは、うちの両親だ。アースのことも、僕のことも君のことも知らないで、勝手に都合を押しつける」


 柔らかな人だと思っていた。

 だから、両親への非難が彼の口から飛び出るのは意外だった。


「ユリワース様?」


 私は思わず立ち止まる。

 振り返り、陽光を背にした彼の表情が影になる。


「だって、そうだろう? 君はアースが好きだったのに、アースは別の女性を想っている」


 私はただ、ユリワース様を見つめるしかなかった。

 握られた手に、わずかに力がこもる。


「知ってたよ、君がアースを好きだったこと。諦めたこと。アースも、僕も」


 口元がきつく引き結ばれているのが分かった。

 目元は見づらいが、恐らく伏せられている。


「本当は言わない方が誠実だったのかもしれない。でも、僕はこれ以上君に隠し事をしたくなかった」


 伏せられた目が開き、私を射貫く。

 そうか、ユリアース様にもユリワース様にも知られていたのか。


 ――私の、淡い初恋の始まりと終わりを。




【 お読みいただきありがとうございました 】


二人の“真実”が明らかになったことで、

メリュジーヌの中で静かに何かが動き始めました。


淡々とした日々のはずが、少しずつ色を変えていく――

そんな揺れの始まりを、もしよろしければ

この先も見届けていただけると嬉しく思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ