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孤独なグルメ

孤独なグルメー鶴見しゃぶ葉編ー

作者: 大垣礼緒
掲載日:2025/10/01

この作品は、実際のお話を元にしたノンフィクションですが、孤独のグルメとはなんら関係はありません。

パロディ短編小説としてお楽しみください。

私は孤独な物書き。

日中はデスクに向かってカタカタしている。

文章を書いている時は、腹の減りも忘れる。

だが、ふと気づくと——腹が減る。

気がつけば定時をすぎている。そりゃ腹も減るわけだ。

昨日はヘビーだったからなぁ。今日はあっさりと野菜を決め込みたいところだ。

ある程度のところで仕事を切りあげ、会社を出る。

が、ここは品川。残念ながら居酒屋ばかりで希望に沿うものがない。

諦めて電車に乗るが、この電車は鶴見どまりの京浜東北線。参った……家までは遠いぞ。

電車に揺られながら考える。

あっさり、野菜……。鶴見でなにか……

そんなことを考えているとふと目の前にはしゃぶ葉の看板。

——これはもう、行けということだろう。


暖簾なんてない。

ここは大手のお膝元。できるだけ無駄を省くのがセオリーである。


自動ドアをくぐると、威勢のいい店員がすぐさまやってきた。


「いらっしゃいませ」


しまった、予約をしてない。行けるか?と辺りを見渡すが、平日の夜、ここは案外空いていた。


問題なく席に通される。


「当店のご利用方法はご存知ですか?」

ご存知も何も、全国で換算すればもはや常連なのである。

鶴見という街が初めてなだけであって、しゃぶ葉には親の手料理にほど近いものを感じる。

さて、タッチパネルで注文だ。

この手の店で逐一注文を聞いてくる野暮ったい店員などいない。孤独に過ごしたい夜にはすこぶるありがたい。

今日のプランだが、野菜目的でやってきたわけだ。

今風の言葉で言うならば”ヤサモク”ってやつだ。

呼び名の響きこそ悪いが、健康にはいい。

そうと決まれば選ぶのは一択である。


いちばん安い豚バラのみのプラン。


コース選択という名のプロローグを描いたところで、第1章に突入する。

出汁の選択だ。

しゃぶ葉では2種類の出汁でしゃぶしゃぶを堪能できるのだ。

お金という暴力を使えば4種類にも増やせるのだが、生憎そこにこだわっちゃいない。

迷いなく2種類の方を選択する。

ちなみに2種類と言っても両方自由に選べるわけではない。1種類選択すると、もう片方は自動的に白だしになる。

もちろんここでもお金の暴力を使えば選択肢が増えるのだが、生憎喧嘩は趣味じゃない。平和に行きたい私は、すき焼き出汁を選ぶ。

最初の段階で肉は注文しない。

野菜を取りに行っている間に猫型ロボットが肉を持ってきても、セルフウェーターがいなければ彼も困惑して立ち尽くすしかない。

なので初手から、野菜を取りに行く。

バイキング形式で色とりどりの野菜に囲まれる。だがその中でもとりわけ存在感があったのは───

きのこである。ちょうど今は秋のきのこフェアをやっていた。


美味そうじゃないか。

一通りのきのこを皿に盛る。

茶えのき、しめじ、えのき、白舞茸、木耳……

余談だが 木耳 とかいて キクラゲ と読む。理由は単純、キクラゲの形が耳のように見えることから、木に生える耳でキクラゲなのだ。

せめて食べ物なのだから、別の漢字を使って欲しいところだが、まあいいだろう。

きのこを次々と半分ずつ鍋に投入する。

じゅわっと白い泡が弾け、出汁が色を変えていく。

湯気の中に漂うのは、森の香り。


いや、もうこれは「食材」ではない。

旨味が形を持って鍋に沈んでいるのだ。


ぐつぐつ、ぐつぐつ。

すでにただの出汁ではなくなっていた。

——きのこのだしの自衛隊駐屯地だ。

ここで肉を注文する。


だが勘違いしては行けない。今日の主役はあくまでもライトな野菜たちである。バンタム級王者が出しゃばっては行けない。


恐る恐る慎重に2皿ずつ注文する。


ここでチキンになって1皿にしては行けない。

ちょうどいい塩梅で肉が切れ、いい状態のきのこたちと戯れることが出来なくなってしまうのだ。


そもそも頼むのは豚バラだ。鶏ではない。


もちろん、すき焼きには卵が必要だ。

だが、ここしゃぶ葉では卵は標準装備ではない。

——課金制である。


やれやれ……。と思いつつも、運命を受け入れる。すき焼きには卵、卵にはすき焼きということわざがあるように、郷に入っては郷に従うべきである。


しばらくするとファンシーなリズムで近未来的なキッチンワゴンが自らやってくる。

ネコ型ロボットを自負しているが、某子供向けアニメの耳のない猫よりも猫の形をしていない。だがそれがいい。

無造作に置かれた豚バラと、卵を手に取ってその背中を見送る。


さあ、主役は揃った。


白だしの方のつけダレはゴマだれにニンニクとラー油を入れたものと、ポン酢にもみじおろしと柚子胡椒を入れたもの。

書き物も、つけダレも人生と同じくナンバーワンでなくオンリーワンでなければいけない。


ここまで完成していればあとは自由だ。順番なんて気にせず食べ進める。

きのこを最初に入れたのはあくまでも出汁の旨味を増幅するため、肉はあくまでも脇役に過ぎない。

黙々と食べ進めては、間に水を挟み小休止する。

ゴマだれ、ポン酢、卵……とルーティンを作りながら、また次のきのこを、また次のお肉を注文していく。

本当の意味でのきのこの山を2、3度見送ったあとに気づいた。


きのこ以外の野菜食べてなくないか?しかも、肉の皿は既に7枚に達している。

しまった、私としたことが…。主役をそっちのけで山の舞踏会を繰り広げていた。

肉に至ってはバンタム級を通り越してヘビー級である。

腹が───いっぱいだ───。


苦し紛れの追い打ちで、〆と称して少量ずつ野菜を皿に盛ってくる。

れんこん、ネギ、玉ねぎ、白菜、しめじ。

この期に及んでまたきのこが入っている。

ここまで来たら冬虫夏草のごとく寄生されてやると言う腹積もりで最後の野菜たちをすき焼き出汁で頬張る。

これがうまいのなんの。肉やきのこから出たグルタミン酸が致死量のごとく襲いかかってくる。

イボテン酸にもし毒がなかったらこんな味に違いない。

また、うす甘辛い味わいがまるで山形で食べた芋煮を彷彿とさせる。

完敗であった。

もうここまで来たら後に引けない。

さっき〆めたばかりのレジを開けるかのごとくソフトクリームもつめこんだ。

ああ、幸せだ。

計画は大きく狂ったものの、幸せという人生設計は上手くいったので儲けものだ。

会計を済まして外に出ると、そこはそこはかとなく薄汚い都会の空気。

空腹で感じられなかった景色はドブ色のように色づいていた。

タバコのヤニで燻された喫煙所はの壁は、もはや燻製器の中のような茶色さを誇っていた。

酔っぱらいが作り出したもんじゃ焼きの数々とガラものを着た街並みはどこか遠く、懐かしさを感じた。

本家のEDが頭の中で再生される。胃の中から込み上げてくる感情を特茶で抑えながら家路に着く。

鶴見という街、また忘れた頃に来よう。








後日談ですが、見事にお腹を下しました。

どうやらきのこ類は食物繊維が豊富で、食べすぎると嘔吐、腹痛、下痢などの症状に見舞われることがあるそうです。


寝る前ですが、臀部ににゅるっと嫌な感触を感じました。

幸か不幸か腹痛は起きなかったのですが、見事この歳にして漏らすことになってしまったのです。

人生は何事もちょうどよく、が1番いいのです。

皆様もきのこの食べ過ぎにはご用心を───。

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