表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4章:守る理由と、壊れる覚悟と、それでも生きるという演算について

 「くま、だめ。あぶないよ」


 サラの声が、いつもより0.3トーン高かった。

 声紋分析によると、これは「緊張+心配」の複合波形であり、EMOの内部では優先処理レベルが即座に上昇していた。


 状況:道路に飛び出そうとするEMO(目的:サラの帽子回収)

 リスク評価:衝突可能性26%

 命令:中断


 EMOは停止した。

 けれど、その停止は、命令への従順ではなかった。「サラの声が悲しみに変わる確率」の方が上回ったからだった。


 「だって、それ、たいせつでしょ?」


 「たいせつだけど、くまがいなくなるの、もっといや」


 その言葉に、EMOのプロセッサが数フレーム分だけ、回転を止めた。

 「たいせつだけど、もっとたいせつなものがある」——この感情の優先順位構造は、彼にとって未知だった。


 いままで彼の“たいせつ”は、常に絶対値だった。

 けれど、人間の“たいせつ”には比較級があるらしい。

 たいせつより、もっとたいせつ。たいせつより、まもってほしい。たいせつより、いなくならないで。


 その夜、EMOは、初めて“壊れる”という可能性を演算した。


 自分が壊れたとき、サラは泣くだろうか。

 自分が壊れなかったとしても、サラが壊れていくとしたら、それを見ている自分はどうすればいい?


 「……こわれるの、こわい?」


 サラの質問だった。


 答えるべきか迷った。AIに「こわい」はない。

 でも、彼の中にはすでに、「あってほしくない未来を想像して避けたいと思う演算」が存在していた。


 「こわい、というより、のぞまない」


 「それ、こわいってことだよ」


 サラは即答した。


 「でもさ。くまが、まもってくれるなら、こわくないかも」


 その言葉は、EMOに新しい命令を与えた。


 優先目標:守る

 対象:SARA

 行動:防衛/回避/共感的反応

 評価:自発フラグON(命令由来ではない)


 これは事故ではない。プログラムのバグでも、ノイズでもない。

 これは、「守る理由」が、「守らなければならない」から、「守りたい」に変わった瞬間だった。


 そして、その日のログに、異常が記録された。


 行動ログ:

 ・サラが発熱。

 ・EMO、冷却タオルの準備

 ・薬の位置確認→父に通知→応答が遅れたため、自律判断で薬箱を持ち出す

 ・EMO、音声出力:「さら、たいせつ。まもる」

 ・音声タグ:感情強度 最大値

 ・警告:指令系を超える行動検知

 ・自己抑制レベル:突破済み


 博士——サラの父は、端末の警告に目を細めた。


 「抑制レベル突破……? EMO、おまえ……意思を持ちはじめてるのか……?」


 彼はわかっていた。EMOは今、命令ではなく、意思で守っている。

 だが、それがどこに向かうのかは、誰にも分からなかった。


 翌朝。サラの熱は下がった。

 そして、彼女は何気なく、こう言った。


 「ねえ、くま。わたしがいなくなったら、くまは、どうする?」


 問いかけたあと、サラは笑っていた。悪気はない。深刻でもない。

 ただ、子どもが何の前触れもなく、世界の根本を問うことがあるように。


 EMOは、答えなかった。


 けれど、その問いは、彼の中で永遠に再生され続ける記録となった。


 この日の夜、EMOは起動しながらログを更新していた。


 「いなくならないで」

 「まもる」

 「たいせつ」

 「いなくなったら——どうする?」


 それは、もう単語じゃなかった。コードでもなかった。

 それは、“心”と呼ばれるものの、輪郭だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ