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蛇女と部活男子

 昼休みの廊下で、根津ミキオは女子と話していた。

相手は女子バドミントン部の部員で、体育館の使用スケジュールについて打ち合わせだ。


「女子部は何時から使うんだ?」

「16時から。だからネットの設営は先にお願いね」

「了解」


他愛のない事務的なやり取りを終え、根津は教室へ戻る。



教室の扉を開けるやいなや、クラスメイトの女子が軽快に茶化してきた。


「ネズミ!アンタまた他の女と話してて」


「は?うるさいな。部活の話だよ!」


クラスメイトの女子はニヤリと笑うと、教室の後ろの方に向かって声を出す。


「へびちゃ〜ん。ネズミがまた噛まれたいって〜!」

   

「ば、バカ!やめろって!」


慌てて、クラスメイトの女子を静止した根津ミキオは、すぐに「へびちゃん」とあだ名される女の子の方に目をやった。


「……」


長い黒髪をした蛇原スネ子は、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

細身の体にきっちりと着こなした制服がどこか冷たい印象を与えるが、不機嫌そうにしている顔も、根津には可愛らしく見えてしまう。


クラスがドッと沸く。


根津は、周囲の視線を浴びながら、内心ヒヤヒヤしつつも何事もなかったかのように席に着いた。


ーーー


根津ミキオの後ろの席。

蛇原スネ子


彼女には一風変わった「特異体質」がある。

感情が高まると、彼女のチャームポイントでもあるその牙を使い、攻撃的に噛みついてしまうのだ。打ち込まれたその神経毒は、噛まれた相手に麻痺を与える。


そして根津ミキオは、その餌食となることが多かった。

そのため、彼はこれまで何度も保健室送りになっていた。


しかし、日々刺激に飢えた高校生たちにとって、そんな2人のやりとりは格好のエンターテインメントだった。

クラスメイトの男子たちは調子に乗ってスネ子を茶化し始める。


「おいおい、根津、今日も蛇原に噛まれるのか?」

「もう『蛇原専用の生贄』じゃん!」

「蛇原〜!噛んでやれよ〜!」


「うるせぇぞ!」


クラスメイト達の嘲笑に根津は毅然と言い返した。


(他人事だと思って)


多少の苛立ちはあるが、普段仲の良い彼らである。特段の嫌な気持ちはしなかった。


一方、蛇原スネ子は渋い顔をしていた。

根津と違い、クラスの男子に公然と「言い返すことができない」気弱な彼女にできるのは、嘲笑の嵐が過ぎるのをじっと待つ。であった。

小学校でも中学校でも、彼女はそうして「教室」というサバンナを生き抜いてきた。


その時、クラスの女子たちが動き、囃し立てる男子達を制した。


「コラ!へびちゃん、嫌がってるだろうが!」


クラスの女子たちがスネ子の盾となり、彼女を守るように立ちはだかる。


彼女達の中の「守りたい女子ランキング上位」の蛇原スネ子は、クラスの女子たちからの支持が厚かった。


「なんだよ!お前らが始めたんだろ!」


「私達は良いの!へびちゃんに愛があるから」


少し論理的とは言えない反論だったが、溢れ出る女子のパワーを前に、男子のクラスメイトはライオンの前のハイエナの様に、獲物を諦めて自分のテリトリーに帰っていった。


「おー、よしよし。辛かったね」


クラスの女子達は、しかめっ面の蛇原を抱きしめてなだめすかした。


スネ子は、少し感動していた。


幼稚園、小学校、中学校と、自分の特異体質で散々苦しんできたスネ子にとって、このクラスは「居心地のいい場所」だった。


――本当にいいクラスだな。


 スネ子がじんわりとした幸福感に包まれていると、前の席の根津は誰も聞こえない声でぼそりと呟いた。


「……俺は、誰も守ってくれないのかよ」


――なんてクラスなんだ。


根津もスネ子に負けじとクラス男子達からは人望も熱かった。

だが、オスである彼らはベタベタした馴れ合いを好まなかった。

むしろ、お互いの弱みを攻撃する事で互いの友情を深めている様だった。


それが嫌ではなかった根津ミキオは、特に気にすることもなく、そそくさと次の授業の準備を始めた。


ーーー


 放課後、スネ子は根津に尋ねた。


「根津君、今日部活はあるの?」


「ああ、レギュラー決める試合があるんだよ」


特異体質の女子生徒蛇原スネ子は、心の中で密かに根津の部活を応援していた。

その気持ちは言葉にはできないが、表情や態度には出ているようだ。


根津も、スネ子に自分の部活の話をするのが好きだった。彼女がなんとなく自分を応援してくれる雰囲気を察していて、それが嬉しかったのだ。


「へぇー……が、頑張ってね」


スネ子が赤面しながら応援すると、根津もつられて赤くなる。


「お、おう」


(部活に打ち込む根津君、素敵だな)


 まるで朝、夫を仕事に送り出す新妻のような気持ちで、スネ子は彼を見送る。


「この日のために毎日メッチャ頑張ったからな」


「そうだよね!根津君頑張ってたもんね!」


 根津は、自分の努力を彼女に認めてもらえたことが嬉しかった。実は最近、彼が部活に打ち込めているのは、彼女の存在が大きかった。彼女にいいところを見せたくて、頑張っていたのだ。


しかし、スネ子の脳裏にふと疑念がよぎり、その献身的な気持ちは長くは続かなかった。

(あれ?根津君、なんでこんなに頑張ってるんだろう?)


春先には「部活面倒くせぇ」と言っていた根津が、最近はやけに熱心に練習している。


スネ子の中に、小さな疑念が生まれた。

(もしかして、頑張る理由があるの?)


その疑念は、彼女の自信の無さを燃料としてどんどん膨らんでいく。


「今日は練習の成果を出し切りたいんだ」


 清々しい顔で語る根津。

彼はそういうと、部活に行くために荷物を持って教室を出ようとした。


先程までなら聞き惚れていたであろう根津のその言葉は、疑いを持ち始めたスネ子の耳には届かなかった。


(何だろう。根津君の頑張る理由って?)


 まさか、自分の応援が彼のモチベーションになっているとはつゆ知らず、スネ子は考えを巡らしていた。


そして、ぽつりとつぶやく。


「ねぇ、でもさ、部活って女子もいるよね?」


根津の足がピタッと止まった。



「へ?」


 スネ子は納得したように目を細める。


「あ〜……分かっちゃった。」


根津が振り向く。


「部活の女子にいい姿見せたいんだ?」


 ストーカー気質の彼女は、当然、根津の所属ふるバドミントン部の女子たちを調べ上げていた。

バド部に可愛くて勝ち気な子が多いことは、クラスの男子の間でも話題になっていた。


「は? 違うわ!」


しかし、昼間に打ち合わせしていた女子もバド部の一員だったことにスネ子は気づく。


彼女の中で点と点が繋がり線になる。疑惑はどんどん濃くなっていく。


「そうだよね。バド部の女の子、可愛い子が多いもんね」


スネ子の顔はドンドン青ざめていく。

声は不安からかうわずり始める


「いや、違うって! あいつら結構ガミガミうるさいし!」


 「おっとりおとなしい女性」がタイプの根津は、焦って否定した。


「へぇー。またそうやって私に平然とウソつくんだね」


「はあ?こんな事でウソなんかつかねぇよ」


彼女の動物的な勘はかなり鋭かったので、彼女の人生で有利に働く事が多かった。そのためなのか、彼女は直感的に行動する事も多い。


しかし、人間は思い込みが強い生き物だ。


古今東西、思い込みが原因でさまざまな悲劇が起こってきた。そして、彼女は「思い込みも」強いタイプだった。根津ミキオに関する事については、特に。


「おかしいなとは思ってたんだよ。根津君、5月頃は『部活めんどくさいな』って言ってたもん」


「え?」


「なのに最近は、活き活きして部活に行ってる」


「あ、いや、それはさ……」


スネ子の雰囲気がみるみる変わる。


その瞳は深い湖のように静かで、肌は覗き込めば吸い込まれそうな冷たさを宿していた。黒い髪は重たらしく地面に向かって伸びていた。


「それは、お前が応援してくれたから……」


本当は「もっと応援して欲しくて」と言いたかった。

が、男子高校生根津ミキオは、恥ずかしさからそれを言葉にできなかった。


「そっか、そうだよね。バド部のみんな、可愛いもんね」


彼女の中のドス黒い感情は、まるで蒸気機関車の炉の様にドンドン圧力を高める。


「バカ! 違うんだって!」


彼女の冷たい唇が消え入る様に動く。


「(そうとも知らず私、根津君を応援して……。)」


小声で呟くスネ子。


「え?なんだって?」


根津が聞き返す


スネ子はキリッと根津をにらんで恨めしそうに言い放つ


「部活に好きな子、いるんだね!」


「は? 」


「部活の女なんか好きじゃねぇよ!」


しかし、蛇原スネ子は止まらない。ぐいぐいと根津に近づく。


「へ、蛇原。ち、近いよ……」


根津は荷物を持ったまま、グイグイと後退した。


「根津君が好きなのって。相沢ひかりちゃんでしょ?あの子、髪がショートカットで可愛いもんね!」


「いやいや!相沢は悪いヤツじゃないけど、俺の好きなタイプは…黒髪ロングでさ…」


普段は自分の好きなタイプなど言わない根津ミキオだったが、追い込まれた彼は、鋭い尋問者に対し必死で弁解した。


蛇原スネ子は長い髪を揺らしながら、追求の手を辞めない


「じゃあ川島真央ちゃんだ。あの子、グラマラスだし、男の子そういう子が好きだもんね!」


後ずさる根津は返答する。


「いや!グラマラスって!川島も面白いヤツなんだけど、俺の好きなのは……もっとこう、すらっとした女の子でさ…」


スネ子は、その華奢でしなやかな体を前に進めて、彼との距離を詰めてくる


根津はここでキッチリ否定しておきたかった。でないと、気になってオチオチ部活もしてられない。


ましてや「体のプロポーション」で女子を好きになる様な軽薄な男と勘違いされたのではたまらない。


しかし、蛇原スネ子の疑念はまだ晴れない


「それなら小松サヤカちゃん?あの子、ハキハキした勝気な子だもんね!」


「いやいや!小松はハキハキっていうよりバキバキ!って感じでさ。俺の好きなのはさ……。もっとこう。男子にからかわれても、言い返せなくてさ。下を向いてしかめ面してる様な子なんだ…」


蛇原スネ子の体がピタリと止まる。その視線は下を向いたまま動かない。


そこで根津は、ハッと気がついた。

焦ってペラペラ弁明してしまった。自分の好みをかなり露呈してしまっている。


彼の胸の鼓動は、高鳴り出す。


「(バレたか? )」


ここまでハッキリ自分の好みの女性を伝えたのでは、何も知らない他クラスの生徒でさえ、根津ミキオの好きな人を言い当てられそうだ。


「(うかつだった。俺はいつもこうだ)」


バトミントンで強豪選手と打ち合う時、相手の誘導によく騙され打ち返せない角度に追い込まれて敗北してしまう。そんな根の素直な彼は、自分の軽はずみな言動を後悔した。


スネ子の手が、彼の腕をぎゅっと握った。


「(あ、バレちゃったな。俺の好きな人)」


蛇原スネ子は頬を赤くしてこう言った。


「じゃあ、部活の女子全員に好かれたいんだ!」


「へ?」


「根津君、最低!」


〜危険!危険!危険!〜


彼の脳が警鐘を鳴らすが「気になる女の子に手を握られる」という状況に、思わず頬を赤らめる。


「だから違うって!」


我に帰り否定を再開する根津だったが、遅かった。



そして――。

蛇原スネ子は口を開く


「俺は、お前が…」


「ガブッ!」


「ぎゃああああ!」


蛇原スネ子の鋭い牙は、ギュッと握った根津ミキオの腕に喰い込んだ。


 かくして根津ミキオは、部活の試合ではなく、保健室のベッドで運命の時を迎えることとなった。


(つづく)

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