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今日が二度目なら

「根津君、そのLINE相手、女だよね?」


突如、背後から冷たい声が降ってきた。

根津ミキオはスマホを握りしめたまま、硬直する。

後ろを振り返れば、そこには蛇原スネ子──彼の天敵がいた。


「え?」


何のことかと聞き返すと、スネ子はじっと彼のスマホを睨んでいる。


「その相手のアイコン。可愛らしい花のアイコン」


やっと会話の内容を理解し、根津は自分のスマホに目をやった。

確かに、今の自分のLINE相手は可愛らしい花のアイコンだった。


「それ、女の子だよね」


蛇原スネ子は、冷たく言い放った。


根津とのLINE。

クラスのグループLINEで、スネ子は根津とは繋がっていたものの、恥ずかしさから個別メッセージは送れていなかった。

根津へのメッセージを書いては消して、書いては消して。

それが蛇原スエ子の日課になっていた。


そんな自分の苦労も知らずに他の女と楽しく呑気にLINEしている根津ミキオを、彼女は恨めしく見つめ上てた。


彼女の瞳がじわじわと見開かれ、黒目がちだった瞳に鈍い光が宿る。


「(あ、やばい!)」


何度も彼女の毒牙に刺されていた根津ミキオは、本能的に警戒の態勢に入った


まるで蛇が獲物を狙うように、彼女の細い指が彼のスマホへと伸びてくる。


「違うんだって!」


反射的に根津は、慌ててスマホをポケットにしまったが、スネ子の疑念は晴れない。


じりじりと距離を詰めてくる彼女に、彼の背筋が凍る。


「そうなんだ。隠すんだ…」


自分の行動が逆効果だった様だ事に気付き、根津の背筋は凍り付いた。


ねっとりとした声と共に、彼女の指が地を這う蛇の様に根津の右腕に絡み付く。


彼のスマホを覗き込む蛇原スネ子の髪の毛は、彼の鼻先をくすぐる距離だった。

彼女の髪の毛から、シャンプーの匂いがした。


「おい、近い!近い!」


思春期の高校生男子の悲しさか。根津は自分の身の危険よりも、近距離の女子への恥ずかしさを優先していた。


「やっぱり。LINEの相手は女の子だ」


スマホ画面から、相手を特定した蛇原スネ子は、すでに攻撃体制に入っていた。


「蛇原!やめ──」


ガブリッ!


「ぎゃああああ!!」


彼女の特異体質。

興奮した時の彼女の牙からは、蛇によく似た神経毒が出る。


今日も朝から、根津ミキオはその被害者となった。

彼はそのまま椅子ごと後ろに倒れた。


授業開始から、地面にひれ伏した根津を見て、クラスメイトが騒ぎ立てた。


「またやってる」

と男子


「先生ー!根津君がまた倒れましたー!」

と女子


「蛇原、噛みすぎ〜」

と男子


「でも、根津君も浮気しすぎだよね」

と女子


クラスメイトたちは呆れたように笑う。


根津は、無様に地面に這いつくばり必死に弁明を試みた。


「ち、違う…」


──意識が遠のいていく。


これで何回目だろうか。


ーー


「……あれ?」


根津ミキオが目を覚ますと、そこはいつもの保健室だった。

横を見ると、そこには蛇原スネ子が座っていた。


彼女は倒れた根津を気遣い、休み時間に保健室に来ていた。


「え? 従兄妹?」


スネ子がきょとんとした顔をする。


「そうだよ!LINEしてたのは、れっきとした俺の親戚だよ!」


「なーんだ。そうなんだ。ごめんね♩」


スネ子は表情を和らげ、申し訳なさそうに微笑んだ。

その顔があまりに可愛らしくて、根津は思わず赤面する。


「ば、バカ!可愛く言ってもダメだからな!お前のせいで、、。この前も授業に出られず数学の新しい公式が覚えられなかったんだから!」


根津は頭の良いタイプでも無かったし、家の家計を気にして塾にも通ってなかった。

彼女を恨んでいる訳では無かった。

しかし、自分の恥じらいを打ち消すために、必死に口から出したその言葉には、少し彼女への抗議の気持ちが入っていた。


蛇原スエ子は、顔を赤らめた。


「そんな、可愛いだなんて」

(モジモジ)


予想外の反応に、根津も顔が赤くなる。


「あ、いや、俺が言いたいのは、ソッチじゃなくて…」


いまさら「可愛い」の部分を訂正する事もできないので根津は歯切れが悪くモゴモゴ言った。


赤面した彼女の顔を前にして、彼女への抗議の気持ちはどこかに消えていた。



「根津君。それについては、本当ごめんね!」


スネ子は真っ直ぐに彼の顔を見て素直に謝った。

彼女が謝ると、なぜか何でも許してしまいそうになる。


「もういいよ。勉強は帰って自力で頑張るから」


3時間目の前、梅雨が明けたの爽やかな午前の光が、保健室にすっと入っていた。


彼女との2人っきりの保健室の空間は正直名残惜しかったが、うかうかしてはいられなかった。

早く戻り、遅れた授業を取り戻さねばならない。

彼は肘を立て、気怠い自分の体をベットから起こそうとする。


「……あ、でも」


一緒に戻ろうとした蛇原スエ子は、椅子に座ったまま思い付いた様に呟いた。


「ん?」


スネ子の声が少し低くなった。


「従兄妹って……結婚できるよね?」


しーん。


──空気が変わった。


さっきまで柔らかかった彼女の表情が、一瞬にしてに熱く厳しいとのへと変わる。


メラメラと心の奥底から黒い感情が溢れ出す。

恐怖のせいか、彼女の黒くて長い髪が、まるで波打ったように根津には見えた。


優しかった彼女の瞳は鋭く細まり、うつむいた彼女の顔は、まるで獲物を狩る蛇そのものだった。


「ば、ばか!止めろ!今日2度目だぞ!」


今まで何度も彼女に噛まれていたが、1日に2度は初めてだった。


根津は後ずさるが、ベッドの上では逃げ場がない。


「蛇原、ただの従兄妹なんだ!」


しかし、スネ子の耳には届かない。


ベッドに横たわる彼に、スネ子は静かに、ゆっくりと覆い被さる様に身を近づける。


恐怖の中、保健室のベットで身を寄せ合う様に、根津は興奮を覚えていた。

それが恐怖によるものなのか、欲情によるものなのか、確かめている時間は彼には無かった。


「そんなに……その子とLINEするのが楽しいのね?」


「ち、違っ──」


根津の抗議も虚しく、スネ子の口元がゆっくりと持ち上がる。


可愛らしい八重歯が、彼の視界に入る。


そんな彼女に、一瞬見惚れてしまう。

そして、反論がその分遅れた。


「ま、待て!蛇原!!」


ガブリッ!!


「ぎゃああああ!!!」


──その日、根津ミキオは二度目の保健室での寝込みとなった。


恍惚から我に帰るまでの数分間、蛇原スネ子はベットに横たわる根津ミキオをうっとり眺めていた。

自分だけものになった彼を見つめ、歪なその独占欲を満たしていた。



「え?あの2人って付き合ってないの?えー?ウソ〜」


「ね〜、なんでなんだろ」


そんな教室でのクラスメイトの噂を他所に、まだ興奮が残る彼女の目は横たわる根津ミキオを見つ続けていた。


幸い、この時間保健室への来訪者はおらず、彼女の甘美な時間を邪魔する者は居なかった。


(つづく)

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