彼女のあだ名は「蛇女」
蛇原スミ子は、高校2年生。
苗字に“蛇”が入っているせいか、幼い頃から「スネ子」というあだ名を付けられてきた。
しかし、蛇みたいだと言われるのは、それだけが理由ではない。
休み時間
根津ミキオ──通称「ネズミ」。
(あだ名の由来は苗字が「根津み」だから)
別に小さいわけではなく体格は普通の高校生男子だ。
そんな彼が、別のクラスの女子と、にこやかに話しているのを、蛇原スネ子見てしまった。
女:「それでね〜、こないだのテスト、私めっちゃヤバかったんだよ〜」
根津:「俺もやばかった!やっぱ範囲広すぎだよな〜!」
──
チャイムが鳴り、例の女子は「じゃあねー」と手を振って教室を去る。
根津は自分の席に戻り座った。
…その瞬間。
彼の背後に蛇原スネ子がいた。
「(え?いつの間に?)」
「根津くん」
耳元で囁くように声をかける。
根津はビクリと肩を揺らし、振り向いた。
振り向いた根津に、蛇原スネ子はさらに顔を寄せる。
冷酷そうな目つき、じっと見すえるような鋭い目つきは、いつものおっとりとした彼女のそれとは違っていた。
黒目がちだった瞳に鈍い光が宿る。
冷気が瞼の裏に充満し、瞳孔は縦に細長く絞られていた。
「休み時間……楽しそうだったね」
彼女の口角がゆっくりと持ち上がるが、それは微笑みとは違う。
獲物を見据えた捕食者の歪んだ笑みだった。
彼女の白く綺麗な八重歯が、チラリと見えた。
クラスの女子に微笑みかけられたら、嬉しいものかもしれない。
しかし、何度かこの「異様な微笑み」を経験した根津は、全身の毛穴が恐怖で広がっていた。
「おい蛇原……な、なんだ?どうしたんだよ……」
彼は明らかに怯えていた。
震える声に呼応するかの様に、教室内には彼女の冷たい声がこだました。
恐怖に震える根津。しかし、彼の心の中には「恐怖」と共に感じる相反する感情があった。
男:「か、顔近くない?」
(ドキドキ)
根津は、恥ずかしくて彼女を直視できない。
「さっきの女、誰?」
根津の秘めた恥ずかしさには目もくれず、静かに蛇原スネ子は言い放つ。
彼女は自分の肌がじりじりとそばだつのを感じていた。
喉から漏れる彼女の冷たい呼吸は、根津の頬をなぞるほど近い。
「だ、誰って?!ほら、去年のクラスメイトだよ」
恐怖と恥ずかしさが入り混じった気持ちで、根津は言い返す。
やはり恥ずかしさから、彼女の顔を見る事はできない。
「ふーん」
蛇原スネ子は冷たく言い放った。
「ほら、3組の!上野、上野カナ!」
根津は絞る様な声で叫んだ。
「そう、ただの去年のクラスメイト!」
根津はなだめすかす様に懇願する様に、必死で蛇原スネ子に言い聞かす
しーん…
1秒にも満たない無言の間を、根津は恐怖から長い沈黙だと感じていた。
そして彼女の次の言葉に、根津は凍り付いた。
「根津君は…あぁいう子が好きなんだね!」
蛇原スネ子の目は、完全な攻撃体制に入っていた。
そう、捕食者のそれに。
「ち、違っ!」
根津は恐怖は頂点に達した。
圧倒され、椅子ごと後ろにのけぞった。
──蛇原スネ子は、決して逃さない──
ガシッ──
スネ子は両の手で、彼の手首を掴む。
彼女の指先は恐ろしい程乾いていた。
鱗で覆われた蛇の長い体に、自分の腕を何重にも巻き付かれたかの様な感覚!
根津の腕から恐怖と興奮の熱が、手汗になって滲み出る。
根津の喉がゴクリと鳴る。
ガブリ。
蛇原スネ子の可愛らしい口が横一文字に開くと、彼女の尖った歯が、根津の左腕に鋭く深く沈み込んだ。
男:「ぎゃああああ!!」
悲鳴!根津の身体が震える。
彼の体に自分の牙を深く埋める満足感。
彼を自分だけのものにした様な、独占欲を満たす強烈で恍惚な感覚。
蛇原スネ子の胸のざわめきは、ようやく静まっていく──。
その直後、根津ミキオは椅子からドサリと倒れ、動かなくなった。
先生:「授業始めるぞ〜。…って、おい根津。また気絶か?」
クラスメイト女子「先生〜。根津君が、また浮気してたので〜。蛇原さんに噛まれました!」
クラス一同「あははは!またかよ〜!」
この異様な光景も、2年2組のクラスメイトにとっては日常であった。
ーーー
保健室。
保健の先生:「起きた?」
男:「……あれ、保健室?」
俺、根津ミキオは、蛇原スミ子に噛まれて保健室送りにされるのはこれで3回目だ。
蛇原スミ子──アイツは特殊体質らしい。興奮すると、歯の尖りから蛇と同じ神経毒が飛び出す。
噛まれた人間(俺)は、神経毒が回り、2〜3時間気絶することになる。
蛇原曰く、「先祖にも同じような体質の人がいたらしい」し、検査のために子どもの頃から定期的に大学病院に通っているらしい。
昔はもっと噛み癖が酷かったみたいで、小学校では「男子を噛んで問題になった」こともあったとか。
そんな彼女は、普段はとてもおとなしい。
むしろ、「人に意見を合わせすぎるタイプ」なくらいで、トラブルを起こすこともない。
──なのに、なぜか俺はよく噛み付かれる。
保健の先生:「もう大丈夫そう? なら教室戻りなさいね。色男♩」
男:「先生……(あきれ)」
保健室の入江先生は美人だ。冗談も皮肉に富んでてクラスの男子にも人気がある。
すると、保健室のドアがガラリと開いた。
担任:「おい、根津。もう大丈夫か?」
保健の先生:「あ、最上先生」
担任:「どうも入江先生。いつもすみません。これ、お詫びと言ってはなんですが……クッキーです」
保健の先生:「あら、いつも申し訳ありません」
──ちなみに、担任の入江先生は保健の最上先生に気がある。
だから、俺が保健室送りにされるのをむしろ喜んでる節がある。
なんて先生だ。
(まぁ、美人の入江先生に、軽くあしらわれてる感じもするが)
俺は、保健室のベットからまだ気怠い体を起こすと、2年2組の教室に向けて歩き出した。
蛇原スネ子の居る、あのクラスへ
(つづく)