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透けるような萌黄色のむっちりした可愛らしい粒が、いつか見たお団子のように細い串に刺さって並んでる。焼いたり食べたりするのが惜しい、宝石のような、ギンナン。
「早う、食べ。」
「えぇー。せっかち。」
「乾いてまうがな。」
「それより、次のお酒とやらをどうぞ☆」
美しい銀杏を愛でる女性の姿は絵になるものだが、愛でながらも鮭とばを炙りつつ一欠片はそのまま齧りつつ、口からピロっとはみ出させている姿は親父だ。
まぁ、ここで何を言っても始まらない。目の前の女はこう見えて、3ヶ月荒くれたちを率いてきた荒くれの仲間。マーチンは一瞬だけ宙に目を逸らしたあと、新しい酒を丹波焼の片口に注ぐ。
「こちらはまた会津の酒。ロ万。それも薄にごり冷やおろしタイプの〝しもふりロ万〟。高価ではないが、フルーティできれいなタイプ。ええ酒やで。」
*
鮭とばを急いで飲み込んで、残った最後の呉春を飲み干す。さあ、おもむろにギンナンちゃんを七輪の網にセットして、新しい酒器は同じ丹波焼の、平たい盃。スタンバイOK。ばっちこい!
このギンナンは茹でて火を通しているので、ちょっと香ばしさをつけるだけでいいとのこと。
そこまでやってくれるならマーチンの方で全部やってくれても良さそうなものだけど、焼き上がったベストの瞬間を1秒でも逃させたくない、って感性は彼らしい。
ちりちりと、ふつふつと音がし始めてギンナンちゃんの皮が膨らんで網の上で揺れる。もうひっくり返す! 反対側でも同じようになってきたら、さっと引き上げて軽くお塩を振って、いただきます。
焼き目が薄くパチっとして、中はムニっと、もっちり。不思議な香り。熱と塩が引き立てる、わずかな甘み。
すごい味がするわけじゃないのに、これはごちそうだ。美しさを目で愛でたあとには、目は閉じて口と鼻腔の奥に集中して味わいを探るようにいただきたい。
そして、お酒だ。
薄にごりの甘さとスッキリ感と、雰囲気だけまったり感。何とも知れない果実の香り。もちもち小粒との相性もいい。これがロマン。あぁ、効くなぁ。
「いぃ……。」
「最高やろ。でも銀杏は食べ過ぎると毒になるしな、そうでなくてもモリモリ食べるもんじゃないから、もう2串ほどで次に行くで。」
「むふふ、マーチンの、タマ、たま…」
「何か言うたか?」
「いえ、何も。」
ちょっぴりしか食べられないなんて、なんとつれないこと。そりゃ、私だって丼鉢に一杯のギンナンを掻き込みたいとは思わないけど。
などと思いつつも残りのギンナンを大事にいただき終えた頃を見計らって、新しいお皿が登場。例のマツタケが、切られ裂かれて(うひゃっ!)食べやすいサイズで登場。
「旨そうやろ。」
「わわっ、マーチンの、マーチンが…」
「はァ?」
「なんでもないです…」
有無を言わせぬ圧力をかけてくるマーチンに「うひゃ、あひゃひゃ、あはぁ…」って愛想笑いでとりあえず場をつなぐけれども。
キノコはそもそもその存在がこちら領域よりは闇の領域に近しい。毒キノコとの見分けも付きづらく、食べ物を選べる身分の人がわざわざ好んで食べるものでもない。でも私には友達みたいなもの。
マーチンはマイタケやエノキタケほか、この辺のモノとは違ういろんなキノコの不自然なまでにキレイなヤツをいろんな料理に使ってくれるのでうれしい。あれらに比べるとマツタケは土感が強いな。香りというのは、わかるような、わからないような。
ならば、試させていただきましょう。
金網の上にキノコを並べる。裂かれた白い内側を上に向けて、さして間を置かずジュウジュウと焼けてくる音が聞こえてくるので、ひっくり返す。
たちまち、えも言われぬ芳香が広がる。食欲をそそるよりは、お香でも聞いているような玄妙な香り。
「ん、そろそろ食べ頃やね。お塩を振って、すだち絞ってどうぞ。」
「今日はタレ派じゃないんだ、マーチン。」
「そうね。しっかり味をつけたら永谷園の松茸の味をつけたエリンギでもあんまり変わらん、みたいになるし。
まずは本物中の本物を食べさせてやりたい、ってところ。優しいやろ、俺。…ちゅうてるのに、ーんぽこだのタマタマだの、土人の山賊のような…」
「ごめーんネ。冷める前にハイいただきます。…ふゎっ、すごい……
……なんか、ご飯というより芸術を愛でてるみたいな感じ。あぁ、お酒も。」
「文明社会へようこそおかえりやす。旨いか、それは良かった。」
*
美食、それは文化。征くべく文明の極北。
1日に2度か3度、おいしいものを食べることは権勢欲や愛欲を満たす以上に生きていく力になる。それなりに頑張って生きてきた私が思うのだから間違いない。
旅も、いいものだ。人が生きていくとどうしても絡まってくる、普段のしがらみから一時的に離れて見知らぬ土地をさまよう。これは自分と、自分を取り巻く環境を一旦断ち切って捉え直す、瞑想にも似た行為。
でも今回のは連れが多い、ややこしい仕事の旅だったので優雅なものではなかった。
メンバーの選定に際して、私がリーダーになるということで、あんまり男臭い山賊まがいの商人や、副業が山賊でありそうな冒険者は除いたけど。そもそも品が良い商人は外に出ないし、品が良い冒険者などいない。ユリアンたちで上澄み。
最終的には商人と護衛込みで、母虎グループのコダイソウという東国渡りの女侠客?の一党を頼むことになった。
コダイソウ本人がマーチン好みのボリューム感たっぷり美女だったので審査が緩かったのだが、こいつらがまたガラが悪いのなんの。
街の中では妖艶な人間グループを気取っていたものが、外に出るとオークとトロルの仮装軍団(要するに汚い裸)に様変わり。外見そのままに人里を襲わないように統制するのにさんざん骨を折ったものだ。
もちろん、私ひとり綺麗なままで荒くれに言うことを聞かすなんて、金貨をいくら積んでも出来ることじゃない。荒くれに混じっていく必要がある。
わかってるのかマーチン。いや、わかってない顔だ。
旅の長い私でも、ここまで大所帯でアレコレしたのは初めて。後で苦労話には付き合ってもらうよ。
でも、今はマツタケ様に向き合う時間。あの記憶は一時封印。
次なるマツタケに小さな美しい柑橘の汁を絞りかける。柑橘も、この辺では産しない。
ユメさんの国ではもう少し南の方で甘くて大きいものが採れるらしい、が季節違いだった。干しオレンジなら魔都でも高価だが手に入る。ぜいたく品だ。
そういうわけで、未熟な青い果実を絞って香り付けのために消費するというのは、背徳的だけど爽やかでとても気持ちいい。
マツタケの豊かな秋の土の香りは、〝豊かな土〟に馴染みの少ないこの国の大地に育つ我々にはちょこっと得体が知れないものだ。なので果実の酸味が混じったほうが受け入れやすい。
でも私には、タイタンと一緒に暮らしていた時のあの不思議な匂いに似ていて、郷愁。心がさまよい出そう。クニクニの食感と焼けた香ばしさが、私を今いるここに結びつけてる。
おいしいものを咀嚼している時間は豊かで満たされている。でも、本能は容赦なく口の中のものを飲み込んでしまう。名残惜しいが、このときこそ最高のお酒を飲むべき瞬間。くぴっ。ぷはぁ。最高。
*
「…ところで、他のお客さん来ないね。…あ、マーチン、さては私がいないのをいいことに勝手に休みまくったり、人を試すようなメニューを続けたりしてたでしょ! それでお客が離れたんだ!」
「せやかて。猊下ちゃんから金貨200枚もお小遣いもらったりしたし。そんなキリキリ働いてられへんわ。あ、そうそう、その猊下ちゃんは……」
〝猊下ちゃん〟ことシュテファニエ大主教、愛称は〝ファニーちゃん〟、40代独身。国際的宗教勢力〝聖堂〟と この国の間の政治により、魔都の聖堂支部の主になった王家のお姫様。かつて死病に罹患した際、ヨランタの回復魔法に命を救われたことがあった。
そのヨランタのスーパー回復魔法の実力が遠く王都に知れ渡ったことで、国王からファニーを通してヨランタを王都へ召喚せよとの命令が発されようとした時。
「面倒事に巻き込むなら治療を無かったことにして病気にかかり直してもらう」というヨランタからの言語道断の脅迫により、ファニー関係者が頭を抱えている隙に、ヨランタは長期お使いに出て姿をくらましていたわけであるのだが。
「その猊下ちゃんは、ちょいちょい来はるし悪巧みもしてるみたいやけど、内実は漏らさへんな。世間話、しないからね。
ユリアンたちは護衛任務いらなさそうってなって、時々は来るけど毎日は来ない。イザベッラさんはキミと一緒に出たやろ、実家周りとの調整で。まだ帰ってきたとは聞かへんな。他の連中も、まぁぼちぼち。
ま、みんなぶんの大きい松茸とか用意してへんし、あとは刻んで土瓶蒸しやな。
…ほら、言うてる間に誰か来はるで。キミは客モードで通すかね、見習い店員モードになる?」
「んー? 数年も旅してたならともかく、ユリアンやレナータでも久闊を叙する、ってほどでもないよ。今日はマツタケ様の余韻を大切にしてゆっくりしてる。…あ、誰だろ。なんだ、ルドウィクか、どうでもいいや。」
今日のお客がカラリと戸を開いたちょうどそのタイミングで「どうでもいい」と言い放った女と、「ご挨拶だね。おや、マスター、音楽が鳴ってないじゃないか、じゃあ、今日はちょっと嫌な感じの曲を頼むよ」と無遠慮に入ってくる楽士の男。
要は、少々間が空いたところで何も変わらない、いつもの酒場の一日であった。




