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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
鱧料理 と ヨランタが選んだ酒

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(1)


 さて、朝になったが本日はお休み。

 働いてばかりでは辛いが、かといってテレビもなければネットも半端。異世界では休むこともひと苦労だ。

 街には酒場もあれば芸人もいる、芝居の劇場だってあるらしい。ただし治安は悪い。それを思えば遊びの用事は日本で過ごすことになるが、ただ令和日本の夏の暑さは長時間の屋外活動に命の保証がない。


 必然的に、休みの日は自分用の料理を労力的採算度外視で好きにつくる日。そういうことになる。で、今日はすでに作りたいものが決まっている。

 とりあえず、今日はマーチンの朝食当番なのでのっそりと起きだす。

 今日はもう昼酒の気分なので自分ひとりなら朝は抜くところだが、食パンにバターにママレードにコーヒーくらいでヤツも文句は言うまい。



 一方その頃、ヨランタは空調の効いた畳の広間でゴロゴロと、部屋の端から端まで転がったり、畳の目を数えたり、滑って摩擦熱を楽しんだりしている間に朝が訪れた。寝不足のぼんやり頭に何がこんなに楽しいのか自分で不分明だが、ニヤニヤ笑いが顔に張り付いて表情が動かない。


 畳!

 もちろん、いつもの物置部屋は畳などではないフローリング床。ようやく憧れの願いをひとつ、畳で寝ることを叶えた。思えば長かった。思ってたよりは硬いけど、これはこれでステキ。むふっ☆



 そうこうするうち、台所から物音がし始める。そして大きな舌打ちの音。なに!なに!私、悪い事した!? 慌てて、でも、ゴロゴロと畳を転がってふすまを薄く開けて様子をうかがう。

 たちまち、鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。花だ。


 昨日まで確かにユリの花だった神様の花籠。1本盗まれるごとにカノコユリだったスペースがノカンゾウという、オレンジ色の野性的なユリに差し替わっていった。と思ったら、そのノカンゾウをマーチンがおひたしにして食べちゃった。そのせいで、今回はちょっと差し替えが早かったんだろうか。

 今、飾られているのは鮮やかすぎるほどの黄色の、太陽のような大輪の花。茎は真っ直ぐで力強く、全体に大作りなせいか本数はちょっと控えめ。



「あ、ヨランタさん、起きた? ちょっと見てよこのヒマワリ。さすがにコレは合わなさすぎる。」

「キレイじゃん、ダメ? あ、おはよう。」


「これは、床の間に飾ることにする。本来的にはそうするモンやしな。」

「ホントに? あ、また、乙女の寝室にズカズカと!」

「何度でも言うが、キミの部屋ではないぞ。あと、おはよう。」



「ごはんも、畳の部屋がいいなぁ。」

「パンくずがこぼれたら嫌なんで、洋風のときにはテーブルで。コーヒー?紅茶?」


「コーヒー。砂糖と牛乳たっぷりで。」


「ブランデーも? あ、ラム酒にしようか。」

「どしたの、朝から豪勢に。…ラム酒をお願いします☆」


 聞く前から自分用のコーヒーは用意していたマーチンだが、多いめに用意してあるのでもう一杯分は問題ない。と、なると余裕ができて少し優雅な気持ちで香り付けも自分から提案。

 ふだん店で出さない洋酒も、趣味でひと通りの安酒は常備している。飲むだけでなくコーヒーや紅茶にちょい足ししたり、冷凍庫でトロトロになるまで冷やしたテキーラはアイスにかけたり。先日のマンゴーをジンに漬け込んで果実酒にしているのはヨランタには秘密。



「俺のはブラックにラム酒。冷房を効かせた休日の朝にホットで。極楽やね。

 ところでヨランタさんは休日って何してる? すっごいいまさらやけど。」


「休日? …闇ヒーラー時代は、仕事がない時は仕事を探して、働いたらお金をもらってご飯を食べて寝て、の繰り返しでお店の定休みたいな概念はなかったなぁ。今は……私、何をやってるんだろ。あ、そうだマーチン、働いたらお給料をください。」


「ちゃんと店員やるなら時間は束縛するし、ヘマしたら怒るよ。俺は怒るとしつこいよ。」


「マジで? それはそれで興味あるけど……冒険者連中も酒のターンと冒険のターンで生きてるし、聖堂の連中も似たようなもんだし。

 休日…って、なんだかオシャレだわね。」


「そういう文明段階か。ツライわぁ。ほんで神様がテコ入れに走ったんね。ま、しょうがない。…パンに、バターと、ジャム?チーズ?」

「両方。」

「はい、はい。」



「で、俺はこのあと(はも)を買いに行って昼からひとり鱧三昧をして明日までダラダラする。キミは、好きにしたらいい。」

「異議あり! ふたり(・・・)鱧三昧を要求します。ノーギャラでお手伝いするからさぁ。」


「はい、はい。ま、そりゃ、そうか。」





「そして、これが(はも)です。」

「凶悪な化け物じみた顔をしているよ。」


 鱧の外見は独特のもので、例えるならスリムで銀色のヘビとドラゴンと魚の間の子。顎が深く裂けて牙は収まりきらず露出し、特に上の歯は顎の外周じゃなく上顎の真ん中に縦1列で通って噛みつくことに特化してる。こんなことってある!?



「倍ほど大きくなったらキミくらい喰われそうな。ニョロリと巻き付いてガブリと。」


「コワ~。…あ、私の方は準備できてるよ。ミョウガとダイコンを繊切りにしてキュウリは輪切りスライスに☆」


「おぉ、よくできとる。完璧。お給料出るのとチヤホヤされるの、どっちがいい?」

「チヤホヤして。」


「そこは、両方ちゃうんや。」

「給料出たらチヤホヤしないの?」


「そりゃ、金が出る仕事なら普通やもん。猊下とこのモニカちゃんならこの半分まで細く薄くできる。」

「呪うわぁ。」

「待て。専門家の修行してなくてこれはかなりスゴイ。えらい。カワイイ。いやぁヨランタさんは優秀やなぁ。」



 チヤ、ホヤ、チヤ、ホヤ、と口に出しながらマーチンは私の肩を揉んで「いやぁ姐さん、ひとつも凝ってませんなぁ」「日頃の苦労が偲ばれ……ないとは結構なことです」とか妙な口調でボソボソと口走ってる。

 でも、そうじゃないんだよ。なんだこれ。


「いいってば、チヤホヤはもっとさり気ない気遣いで! 肩なんて痛こそばゆいし。」

 まんざらでもない赤い顔しながら手をはね退けるヨランタ。それより、その魚がどう化けるのかが気になる。

 おいしいもの続きの毎日で、去年ほどの何もかもへの感動が薄れてきた。でも、今なら! マーチンがあれほど求める、ハモならば!

「おいしいんだろうなぁ。」


 おっと、よだれと一緒に口から漏れちゃったぞ。取り繕おうと慌ててるところに、


「ん、味は普通の白身魚と変わらへんよ。昔の京都で手に入るこの季節の海魚といえば(スズキ)か鱧、でもスズキは一般的なんでブランド化でけへん。ってわけでハモをブランド魚にしたわけ。証拠に、京料理文化圏以外では日本のみならず世界的にもハモをごちそうとしてる所は他に無い。

 だが、それがいい。普通だろうが旨いことは間違いないし、そういうブランディングの文化人類経済学に思いを馳せるのも味わい深い。

 そういうわけやから、見ておれ。うわぁ、鱧の骨切りからやるなんていつ以来やろ。」



 マーチンが言うには、日本に着いてまずお茶を飲もうとカバンを開いたところ、いつの間にか生のハモがビニール袋に入って氷の袋と一緒に鞄の中にあった、とのこと。催促か。ってマーチンは冗談めかすけど、この人、神様に愛されすぎているね。


 ボヤきながらも、持ち出した刃物はかわいらしいサイズ感のわりにエグい切れ味。あっという間に魚がきれいな一枚肉にされてしまう。そこから刃物をゴツメのものに持ち替えて、超薄切りに…じゃ、ないの?皮1枚残して、小骨を断ち切ってる? へぇ、面倒なのね。いや、でもサクサクと手早く済んじゃう。

 今の風景、動画に撮ったら良かったのに!…え、日本では誰でもやってていくらでも動画がある? でもマーチンが一番でしょ。そんなことない?うそぉ。



「まずはこの良いところ3分の1を湯引きして〝鱧の落とし〟にする。あとは照り焼きにして〝はもまき〟と、最後に天ぷらね。ずいぶん大きい鱧やったから下ごしらえが大変かと思ったけど、まあまあちゃんとできて良かったわ。」


 私があんまりかぶりつくように見ていたせいか、多少照れたようにしながらもマーチンが煮立ったお湯に切れてるお魚を投じていく。


「わ、花みたいに!お魚が咲いたよ!ふぁっふぁ、ふわっふわ!」

「そう、これが鱧。この世でマグロも豚も鳥もこんなことはやらない、鱧の魅力。(イカでは似たことをやるけど)」


 花開いた鱧は冷水で締めて、私が刻んだミョウガとダイコンを添えて一品完成。

 でも、まだ一品。鱧三昧はこれからだ☆




「尻尾側3分の1弱は照り焼きにしちゃいます。」

「はい☆ テリヤキとはなんですか、マーチン先生!」


「焼きながら醤油、みりん、砂糖、酒の日本味のタレをつけてさらに焼くことで照りをつけるお料理です。串焼きにするなら蒲焼、今日はフライパンで焼くから照り焼き。

 骨切りした溝にタレが絡むから味が濃くてウマいよ。」


「楽しみです先生!」

「誰が先生やねん。これはできたら刻んで、玉子焼きの芯にする。これは前回言ったとおり。

 …あ、せやったら先に皮を炙っておこう。」


「皮?」

「神様が別のパックで忍ばせてくれてたん。ふつう皮ごと食べる魚やからね、カマボコ用のすり身にするときだけ皮が余る、それを炙ってキュウリもみと和えて食べる、現代には珍品。

 …そうか、普通のスーパーじゃ入手でけへんから神様が用意してくれたんか。これは、信仰せんとあかんな。」


「軽いなぁ。いや、誰の何が軽いかは言わないけどね。」

「せやったら黙っとき。」



 そうして〝はもきゅう〟も完成。照り焼きには強いお酒かな、と思ったけど、〝落とし〟とコレにはスッキリ系が良さそう。そうだ、お酒を忘れちゃいけない。

 今まで飲んだなかでは何が合うだろう、思い出してみよう。気安い酒もいいけど、ちょっと上等めから選んでみたい。


 バランスがいいのは、田酒とか。ちょっとクラシックめを含んで春鹿、賀茂鶴とか。

 強めに振るなら、仙介とか十石もいいわね。

 優しめなら松の翠。村祐、あれっきり飲めてない。飲ーみたーいな―。あぁ、口の中が唾液の洪水で喋れない!



「じゃ、照り焼きを卵で巻くん、ヨランタさんやってみる?」

「ぴゃっ、」


 見ないで!急に驚かさないで! あふれたものが弾けちゃった。少量の体液だけど尊厳的にはちょっと致命的な場面だ。でも、やるよ、くじけない。


「にょ、ヨランタ、巻きますっ!」

「大丈夫か。ま、最初の1個の途中まで一緒にやろ。」





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