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転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
冷しゃぶサラダ と 裏篠峯

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(1)


 閉店後の店内は、ヨランタが撮ってきたイジメ失敗ぐだぐだ動画上映会からシームレスに反省会あるいは糾弾会に移行している。


「なんだって、あんな映像を撮ろうと。」


「普通の人が見たくても見れない場所の、滅多にないイベントの記録ですよ。貴重な映像だよ?」


「それはわかるけど。どうしてああなった。」


「んー。ファニーは味方ではないし、どっちかというと敵だけど。私もファニーもイボンヌが敵で、聖堂という組織に一泡吹かせたい思いは共通してるし。

 イボンヌが敵だといっても(スキ)を見せたら後ろから刺すくらい深刻な不倶戴天とかではなくて、認めるところは認めてあげるけれども仲間では絶対にありえない、くらいだし。

 で、結局おふざけになるよね。あ、マーチン。イボンヌの愛の告白を聞いてどうだった!?」



「照れるよりもひたすら困惑。キミの態度もいまいちわからん。俺はいまだに夢の中でキミが血まみれのズタボロにされた場面が出てきて跳ね起きることがある。」


「ホントに? やだ、すごい照れる。

 …でも、イボンヌみたいな要領が良いだけのバカは悪人が持ってるナイフみたいなものだからね、ヤツを恨むのは私の心底(しんそこ)(わだかま)る怨念を広げて薄めさせちゃう。よって、小バカにすることで私の中の怨敵レベルを下げてるの。本命の恨みに全集中で。呪術師の恨みは大事に育てるものですよ。」


「なるほど、わからん。誰をそこまで恨んでるんやら。……キミ、普段から俺のことも小バカにしてへんか?」

「してないよ? 私は、マーチンにはいつだって全力リスペクト・ラブ。」

「その態度が小バカにしていると。」



 頭をひとつ振って、呑み足りないマーチンが新しい酒を出してきた。ヨランタも喜々として、使っていたガラスの茶碗を差し出すが。


「これは、そういうのと(ちゃ)うの。ちゃんとした酒器でね。」


「そう、いわれても。それはどういうお酒?」

「俺も初めて飲む。甘酸っぱい系とは聞いてる。」

「ふぅん。」



 頼りない情報からヨランタが選んだ酒器は、脚が長く背が高い盃、馬上杯(バジョウハイ)。その形の素朴な陶器。ちょっとした絵付けもしてあって可愛らしい。


「おや、相変わらずそういうセンスは良い。それを選んだココロは。」


「ココロ!? あー、甘酸っぱい系のちょっと良いお酒なら、白ワインに近い感じ系かなーって思って。こういう杯もあるんだねぇ。」



「それは赤膚焼、奈良の土産物やけどいい趣味してるでしょ。馬上杯ってのは武将が馬上で盃を交わすための持ち手付きの器ね。言われてみれば、ワイングラスの小型版かも。

 お米の美酒、馬上杯、酔うて砂上に臥すとも君笑うことなかれ。…アレ、ちょっと違ったかな。ま、ええわ。」


 マーチンもそれを見て、萩焼の似たような馬上杯を探し出してきて、四合瓶から両方に酒を注ぐ。


「マネっコだー。」

「あかんか?」

「あ、いえ、別に。あー、なんだかお酒がもっとおいしそうに見えてきた。さすがマーチンだなー。」


「白々しいわ、じゃ、あらためて乾杯。」

「あ、これはすごい香り。ややや、乾杯。」



 2人して盃をコツンと合わせ、クイと傾ける。そして。

 マーチンは眉をしかめ、ヨランタは軽くケフンと(むせ)る。


「「酸っぱッ!」」


「なに、これ、大丈夫なヤツ? おいしくは、あるけど。」

「ンー、きっついなぁ。味が濃い。いや、おかしくは、ないはず。

 この酒は〝裏篠峯(うらしのみね)〟。奈良は葛城山の酒・篠峯は、何度か飲んだり盗み飲んだり、同じ蔵の〝櫛羅(くじら)〟も飲んだりして知ってるやろ。その、裏バージョン。」


 瓶のラベルには鏡文字で「篠峯」と裏返しに書かれている。いつもの文字なら神様翻訳で読めるのに、これは読めない!とヨランタは眉をしかめて変顔で向かい合う。



「んむー、これは、どんなアテに合うやろ?」


「おひたしとかお刺身とか、煮物とかはイメージしづらいなぁ。お醤油や酢じゃないよね。お肉!油!ソース!」


「やっぱ、そう思う? まぁ、なぁ。そうしよっかな。」



「あ、お酒で誤魔化されないよ! マーチン、あなたちょっとファニーちゃんに謝りなさい!」


「は? 誤魔化しとは人聞きの悪い。だいたい、俺があの女に謝られることは山程あっても、俺が謝らんならんことって、なんえ。」



「それ。マーチンってば、ファニーちゃんの求婚を〝冗談キッツイわぁ〟程度のノリで流したでしょ。彼女、ああ見えて深く傷ついてるよ?」


「知らんがな。俺がお婿さんになってあげたら良かったと?」


「さにあらず。そうじゃないけど! やっぱり断るにしても最低限、乙女心を大切にしてあげて、いい感じに。」

「例えば?」


「私に聞かれても困る。けどファニーのワガママは、彼女にとっての鎧だったり剣だったり、ああいう立場に生まれたら嫌われてようやく自分の人生を送れる★ってこともあるみたいよ。」


「そんなん、社会と親に守られてる前提で安全に反抗期やってる思春期少年を無限に続けてるだけやん。そりゃ誰からも嫌われるよ。」



「クールだねぇ。っていうか、冷たい。正論を述べるだけじゃ誰も救われないよ?」


「そりゃもう、俺はハートフルなヒューマンドラマの熱血漢ではないもの。そこまで言うなら、いっぺんキミの台本に乗って言う通りに動いてみてやろうか。」


「えッ!!?」


「待て、ウソ。せぇへん、いや、絶対しないぞ。しないからな。」



 最優先でカメラを確保するヨランタのキラキラの瞳を全力で拒絶する失言男・マーチン。


 ファニーの宿命的な不自由さがマーチンにもわからないわけではない。大概の厄介事を微笑ましく見過ごしてやっているのも、不憫に思ってやっているという部分もあったりする。

 ただ〝店と客〟のラインを外す気はない。それこそヨランタの二の舞いだ。問題児を何人も抱えてどうする。


 急に静かになったヨランタは、なにやら思案顔。断ってるからな、聞いてやらんぞ。マーチンが目で語りかけるのは届いたか、どうか。




 翌朝。寝起きでぼんやりにしても言葉が少ないヨランタが朝食当番で、加賀太きゅうりの味噌汁を作っている。具はマーチンの指定で、下準備も済ませてあったのでお湯を沸かせて投入し、間もなく味噌を溶き入れるだけ。

 マーチンはその間、神棚の手入れをして花入れの水を替えるなどの軽作業。箙の花入れには梔子(クチナシ)の花。いつもより多めに飾って、甘い香りが強く漂っている。もっとも、料理が始まればかき消されてしまう程度ではある。


 しかし今日はその手を一旦止めて、ヨランタに問いかける。



「な、ヨランタさん。今日、日本で酒を買い込むのに荷物持ちでついて来ぉへん?」


「…へッ!? なぜ?大丈夫になったの?」


「いや、知らんけど。なんかキミ、最近電気()けたり消したりするみたいに神様に消されたり蘇ったりしてるから、消されるっつっても今更やろ。案外どうにでもなるんと違う?」


『それ見よヨランタ、ヨランタのせいでマーチンまでもが神を敬わなくなってしまった、なんということだ…とだ…だ…』


「あ、神様おはよう。」

「おはよー☆」


(おの)が神を拝するに、隣人のように挨拶する者が居るか。正対し、礼を以って拝せよ…せよ…よ…』



 ごく自然な会話のように神の声が割って入ってきた。が、姿は見えない。

 ヨランタはビクッと反応して、少々わざとらしくあざとく、火を止めてから小走りにマーチンに近づいて服の裾に取りすがる。が、マーチンの反応は鈍い。


「あー、どうしたらええんかな。ナムナムって手を合わせたらいい? 真宗のお焼香は念じたりせずにぺっぺっと振るだけやしなぁ。」


『敬意を持って、所作にも表す意識さえあれば型は問わぬ。わぬ…ぬ…』


「しかしそういうのを期待すんねやったら、キリストかイスラムの人か、せめてお寺さんか神社関係の人を呼んでこればよかったものを。ユメさんとかエルフの旦那さんとか、一般日本人ばっかり呼んでも祝詞(のっと)のひとつもよう言われへん。」


『მე როგორც ღმერთი が召喚したのはマーチンひとりである。余の者は別の手段で別の者が呼んだ者たちだ。日本人が呼ばれるのは、面倒なアブラハムの神の領域を避けて比較的行儀の良い者を選ぶと自然にそうなりやすいことによる。日本の神は底知れぬが曖昧だからな。

 とにかく、ヨランタに門をくぐらせたくば、約定どおり入店者千人の達成の後だ。これは譲れぬ…れぬ…ぬ…』



 声の響きを残して、圧倒的な気配は唐突な登場と同じように去った。


「あーあ。怒られちゃったね、マーチン。」


「怒られちゃったねー☆で済んでたらラクラクやね。パッパカパーンの神様がなにを偉そうに。」


「もう、年上のお友達って感じよね。生殺与奪をアレのほしいままにされてるってのがひたすら気に食わないけど。…どうする?」


「朝飯は奥座敷の方に運んで食べよう。」

「あ、そっち? はいはい。もう正座も慣れたものですよ。」





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