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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
水無月 と KIDで みぞれ酒

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89/105

(1)


『……ご感想をお願いします。』

『…あー、使徒マーチン様には大変なご迷惑をおかけしてしまい…~…』



「ひゃぁー☆けっけっけ、むくくくくふひひっ、きゃへっ! みょっかい!も、もう1回!」


『……お願いします。』

『…あー、使徒マーチン様には~…』


「きゃヒーっッヒッヒッひ☆」



「このビデオ何回見てんねん。そろそろ消すぞ。」

「だーってぇ、こんなの面白すぎる。まだまだ半年は笑えるね。」


 イベントによるレベルアップから数日。店は通常営業に戻っている。客の入りも静かなものでマーチンもひと安心、落ち着いたものだ。そのなか、動画の音声とヨランタの奇声もとい哄笑が高らかに響いている。


 神様おんみずから奇瑞(キズイ)を垂れ給い、目撃者も200名以上居ることは居るまさにその現場なわけだが、あまりにも前例のない、非常に個人的で有り難みの薄い(テレビ・ビデオカメラ授与と店舗拡張)奇跡。聖堂の組織が(おおやけ)にどういう形で認め、対処するか。上の方で意見が別れ、議論が重ねられているのだ。

 かつて、イザベッラがヨランタ捜査に訪れて200人記念に巻き込まれた時もその調子で、結局〝今後の動向を注視する〟を結論として放置されていた。

 そして今、ファニーの聖女計画の巻き込みで寝た子を起こす状況になってしまい、面倒なことになったと聖堂上層部の多くが頭を抱えることになった。が、意外なことにその後のファニーがすっかり大人しくなっている。ので、〝結論を急がない〟を合言葉に放置続行の構えが維持されている。



「いくら、どういう相手でも弱った顔を指差して笑うのは感心せんな。しかも、もう何日も前の動画やで。…ハイ消した、もう見れません。」


「ちぇー。マーチンってば善人。仕方ない、その、カメラ?貸して。私が何か撮ってくる。」


「んー、俺はその辺のキレイな自然の風景とか仔猫や仔犬の映像とかでええかな思うてたんやけど。」


「誰がそんなもの見るのよぅ。お坊さんでも耐えられないわ。エンターテインメント!酒!女!暴力!

 お酒はここにあるんだから、のこり2本柱をガッツリ()めましょう☆」


「そこまで手を広げてなるものか。…ちなみに、何を撮るつもりやった?」


「夜の踊り子さんのセクシーダンス。」

「キミはここをどういう店にするつもりや。不可。でも個人的には興味あるから撮ってきてもええよ。」


「やっぱりヤメ。マーチンは私で我慢して。…じゃあ、衝撃!ユリアンの暴漢鎮圧映像24時。」



 聖堂ではこの店を傍観する構えだが、店が噂にのぼることまでは止められない。ただ、土地柄が悪いので普通の人は店先でウロウロできない。が、普通でない人が店先で怪しい動きをすることが増えた。

 この状況への警戒として、ファニー猊下に頼んでユリアンたちを警備に当たらせてもらっていた。それで日に2,3件、ちょっとした騒ぎの音が店内に漏れ聞こえる程度で、(おおむ)ね平和に日々を送れている。


「あんまり血が出ない程度で頼む。」

「わっがままだなぁ。」


「キミほどのワガママ人間が、そんな。」

「私なんて、あらゆるものに気を使って遠慮しながら生きてるのに。なぜだかみんながそう言う。

 でも、考えてみたら私だって暴力映像なんて見たいわけじゃなかった。やっぱりヤメ。

 んぅー、どうしよう。とりあえず練習がてらいろいろ撮ってみて、それから本格的に考えようかな。」


「もう遅いから、明日からね。」

「はーい。」




 翌日、朝食を済ませてそれぞれに外出し、しかしヨランタが帰ってきたのは深夜、もうマーチンは店を閉めかけていた頃だった。


「おや、遅かったね。ええのん撮れた?」


「むっふ。大きい画面で見ようよ。あ、晩ご飯は食べてきちゃったけど、ちょっとした軽いものとお酒が欲しいです。」



「軽い? …おやつの和菓子がキミのぶん残ってるけど、それでええかな。水無月(みなづき)。」

「何か知らないけど、いいと思います。」


「厚い信頼をありがとう。〝水無月〟とは、米粉の蒸しケーキ〝ういろう〟をベースに甘い小豆の寒天寄せを乗せた京都の伝統菓子でな。夏至過ぎの水無月祓(みなづきはらえ)のお祭りで山奥の氷室(ひむろ)の土の中に残しておいた氷を宮中へ献上する風習から形をなぞらえたもの、らしい。

 俺は好きやけど、外人さんウケは良くないとか。ま、キミなら大丈夫やろ。」


「大丈夫大丈夫! ……おぅ、タコの切り身にも似てるね。」


「そんなこと言うヤツおらんわ。

 で、お酒は氷つながりで〝みぞれ酒〟にしてる紀土(KID)がある。夜食には充分やろ。」



 暗赤色をした塗り(漆器)の皿にボテリと乗せられた水無月は、うっすら透き通るような白い肌に小豆のツブツブが平らに盛られた質朴ながら上品な姿。視覚的にもねっちりムッチリ感が強い、洋菓子にはなかなか無いビジュアル。ヨランタは思わずパチパチと目を(しばたた)かせた。


 その目が、ググッとほかに寄せられる。ヨランタの右手側にガラスの抹茶碗がコトリと置かれたのだ。器自体も冷やされてひやりと冷気を放つ、厚ぼったくて飾り気のない透明の器。そこに、マーチンがいつもの一升瓶ではない小分けにした容器からたぱたぱと勢いよく酒をそそぐ。

 それは、いったい?と首を傾げるヨランタの目の前で、流れる酒がみぞれ雪のように、シャーベット状に凍りついていく。


「えーっ、えーっ!スゴイ!」

「フハハハ。過冷却のみぞれ酒、成功。失敗したとき用にかっちり凍らした版も用意したんやけどな、良かった。それ、みるみる溶けるから急いで飲んでね。お匙(スプーン)で。」



「冷た!シャリシャリしてる。でも、お酒。今の季節には大ごちそうだね。世の中には、こんなものまであるのか。」


「お燗とは違うて大きく味わいが変わるわけではないし、面白がりの一発芸の飲み方ではある。急いで飲まんならんから、あんまりええお酒を使うのももったいないし。せやからお酒自体はノーマルの紀土(KID)

 でも、面白くて楽しいやろ。」


「あ、なるほど、たしかに味はいつものお酒だ。」



 マーチンは解説をしながら、別の容器にスプーンを直に突っ込んでみぞれ酒を食べている。その表情も実に愉快そうで、一緒に飲み食いしているヨランタまで嬉しい気持ちになる。

 今の話の限りでは紀土(KID)の評価が低いように感じられるが、そうではない。彼は特別感のない普段使いの酒としての紀土・純米を日本一と評価している。ただ、スペシャルなごちそうに気持ちを盛り上げたいときには(おの)ずと別の選択肢がある、ということ。

 ヨランタもその気持ちはじゅうぶん学んでいる。あれは〝気負わず楽しもう〟というマーチン語だ。ならばそうしよう。添えられていた菓子切り楊枝(ようじ)を装備して、水無月に向き合う。


 ひと口ぶん、ムニムニっと刃が通り、ムチっと切り離されたひと欠片に突き刺して、口に運ぶ。モチュっとしたういろうの歯ごたえに、小豆の異物感は一瞬で馴染んで一体になる。生地部分の生地らしい穏やかな甘味と、小豆の明瞭な甘みをもっちゅもっちゅと咀嚼して、飲み込んで6割方液体に戻りつつあるみぞれ酒をひと飲み。

 キンと冷えたアルコールの刺激が柔らかな感触を引き締めて、初夏の涼風の心地よいイメージに心が包まれる。

 氷を模したお菓子と、氷のお酒。なんとも軽やかな雰囲気で、良いものだ。



「んー。安らぐ。なんだかしみじみ落ち着いてて、私の徳の無さに当てつけてるみたいな。」


「君の(たっか)い自己評価を陰らすとは、そこまでのものか水無月。あ、何かヘマしてきたな。そうやろ。」


「な、なにも? 失敗なんかしてませんとも、うん。さ、さぁ、再生!」



 壁にかけた大きなテレビ画面に映像が映る。薄暗く無闇に広く天井も高い、石と黄金の装飾に満たされた豪壮な部屋がぐるりと写され、ぐるっとカメラが回って(パンして)ヨランタの顔が大写しになり、手を振ってみせる。部屋の豪壮さに負けないほどに着飾った聖女モードだ。


『ハーイ、動画をご覧の皆様、こんばんはー。今日はね、わたくしヨランタちゃんが聖堂☆生バトルを生々(なーまーなーまー)しくお届けしちゃいたい、と。そんな感じでお送りしちゃいますぅー↓。はぁー→い。』



 なんだコイツ。マーチンはギョッとして思わずのけぞる。

 日本のテレビとかチューバー動画とか見せた覚えはないぞ。練習するほどの時間もなかったはずだ。なんでテンプレからスタートできるんだ、まさか野生の配信者、天才か…? それとも…


 逡巡の間にも、動画は止まらない。


『ヨラぃ…ンタ、よ。準備は良いぞよ。』


 まだカメラがばっとパンして、次に映されたのはファニーだ。馬子にも衣装、の言葉があるが、ヨランタのそれに倍する豪華絢爛な、どこが本人でどこからが衣装でどこまでが主教座(カテドラ)の椅子なのかもわからない、さっきぐるりと部屋を眺めたときには人だと気づかなかったほどの姿だ。これなら、さしも(・・・)のファニーも超人的な神聖さを演出できるというもの。

 見ているマーチンには不安な感情しか無いが、画面の中のファニーは精一杯重々しく宣告する。


『告発されぇ~し者ぉイーザッベッラ~。ここなぁ神の最も懐~深き~~奥の奥なる審問室にぃ~~~神のみ導きを以ってぇ召還されるべし。召還されるべし。召還されるべし。』

『『『召還されるべし!』』』


 不思議な節回しで歌うように発せられた言葉に応えて、ファニー以外に誰もいないかと思われた部屋の四方から叫びが沸き起こり、一糸乱れぬ足踏みの音がたった1度、響く。

 ここでカメラはキメキメの大主教から扉に向けられ、何かの台に置かれたように静止する。

 ヨランタお前、何を撮ってきたというんだ。





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