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結局、イザベッラならすでに朝のお祈りを済ませているような時間になった。が、彼らには今から深夜勤明けの飲み会が始まる。
「酒は〝田光〟。聖地揃いの伊勢のなかではイマイチ何も無い三重郡の、田光川のほとりで作られてるお酒。上品でニュートラル、ちょっと疲れた体には気持ちよく沁みるタイプのお酒やね。
酒に弱いモニカちゃんには度数1度の日本酒サングリアを用意してある。マンゴーはもう見たくもないかも知らんが、浸かりも薄ーいから水みたいなもんや。」
サングリア、は本来イマイチな赤ワインに果物を漬け込んでおいしく飲めるようにした、贅沢なのか慎ましいのか判断に困る発明だ。ワインの代わりに日本酒や水でも、サングリアと呼べば気合次第でサングリア。
なぜ今回は〝日本酒カクテル〟ではないのかといえば、マーチンが若い娘さん向け用語を使ってみたかっただけ感があからさまだ。しかしこの場のメンツにその心を理解してあげる者はいない。
「はーい、こちらがマーチン氏のお郷の縁起物、カキ…アゲ?」
「という名の混沌。急ぎやったのはしょうがないけど、もうちょっと美的にどうにかならんかったもんかな。」
「美…そうだ、ファニーちゃん猊下! マーチン氏のお皿コレクション、すごいですよ!宝物庫ですよ、王侯ですよ!」
「コラ、そいつにそういうことを言ってはいかん。」
ギラリと光るファニーの目を見たくもないマーチンは目を逸らしながら、料理を運んできたモニカが皿を並べ終えたのを確認して脳天にチョップ。
今回は青磁の大皿に敷き紙を敷いて、本日のメインとなるタコと冬瓜皮のかき揚げとその他、ヨランタとモニカのひらめきによるゴッタかき揚げを山と積んでいる。味の保証はないが、おかしなことになるような素材は含んでいないはずなので大丈夫だろう。
あと、冬瓜の実の方はおひたしにして箸休めに。
天つゆの鉢は大皿と揃いの青磁、酒器は適当な瀬戸物で。
「このあいだの伊万里ほど上等の皿やないけど、割りなや。では、いただこうか。」
*
タコは多幸であり、末広がりの八の足が地面を捉えるように農作物が根を張ることを祈る縁起物。冬瓜には体を冷やす効果があって旬である夏に食べたい食材。
「タコって、切り身を見ても元の姿が想像できなかったけどプリプリしてておいしいね。んー、ワームの類?」
料理風景を見ていたヨランタが無邪気に感想を漏らし、他の人々の手がピタリと止まる。
「イモムシやないぜ。口で姿を説明するのは難しいけど、海の底の生き物でな。見た目が良くなくても情が細やかな女性の例えにもされてるほどウマイ。キミとは合わへんかな。」
「私は、見た目も良いし情も太いからね。」
情の細やかさとは太い細いの問題じゃない、とは突っ込みたいが正確さを期す意味もないのでそのまま流す。
それより「むほほ」と上機嫌にザクザク景気の良い音を立ててかき揚げを平らげ、酒をグッと飲んで「ひゃぁー」と大きく息を吐くヨランタに触発され、皆も食事を再開。
「この黄色い実と緑の豆のかき揚げは、ウマいな!」「コーンと枝豆ね。」
「なにかの干物と生姜?うーん、悪くないが不思議な味だな。」「ソフトさきイカ。うまいやろ?」
「イモとチーズにベーコン、こりゃあいいや。レギュラーメニューにしてくれ。」
「それは、モニカちゃんが作ったやつだね。私のはコレ、3種のソーセージ揚げ!」
「え、なんや。ギョニソとスパムと、ちくわ。ちくわはソーセージではないよ。いや、まぁ、味はちくわの食感がアクセントになってる揚げソーセージやから悪くない。」
「これは何ですかの?」
「エビとあさりとオクラ。定番の海産物やで。」
「うむ、良い。」
「あ、猊下ぁ、モニカめの作ったコレもー! アンズ、とイチジクれす!」
「おおっ、熱くてトロリとしたのも良いではないか。」
「うへぇ」
「マーチン氏もどうーぞー!」
「勘弁してくれ。ってか、キミはアレでも酔うのか。」
*
皆がバリバリモリモリ食べてグビグビ飲んでる。
お酒〝田光〟はバランスよく癖のない綺麗なお酒。食べ物と主張が喧嘩せず、スイスイとあるだけ飲める感じ。
周りを見ても、みんなちょっとトロンとしながらも飲食の手が止まらない。
この料理を作るのに、私も参加したんだ。心地よい疲労と酔いが回る頭に、誇らしい気持ちが沸き起こる。私が作った料理をおいしいおいしいと食べる人たちの笑顔。私が施してあげて、彼らが喜ぶ優越感。
これが、料理人の気持ちなのね。いままでにも何度か手伝ってたけど、なぜだか今日は特に沁みる。いいじゃないの、料理人。酒場のお姉ちゃん。ねぇ、マーチン。
目配せして、ニコリと笑いかけてみた。不思議そうなマーチンの顔。うーん、以心伝心感はイマイチだなぁ。さて、どうしよう。
と、ひと思案しかけたところで立ち上がる影が。
「これ、全然足りないですねー。モニカ、追加で何か作ってきますー!」
「待てモニカちゃん、気遣いはありがたいけど酔っ払いが何するかわからん。俺も行く。」
「じゃあ、私も☆」
「いや、ヨランタさんは客の見張り、じゃなくて、接待をお願い。特にあの、猊下ちゃんのツレの、ひと言もしゃべってない彼とか。」
あ、ズルいぞ小デブ…モニカ! と叫びかけた声を飲み込んで、マーチンの頼みは普通に納得できるので、指先を怪しい動きで酒器に這わせているファニーちゃんに警告1。
あと、その隣の男の人、何しに来てたんだっけ? …えーっと、もう一度自己紹介からお願いします。
*
「……あー、僕のことだね。僕はペーター。で、もしかして君が、ファニーの貴族病を癒した回復術の達人? だとしたら、ぜひとも聖国に招聘しようと…」
「もちろんダメダメの論外ですよヨラ犬。聖帝国なんぞ寝ても覚めても戦のことばかり、戦のし過ぎで魔物が国を作っても人同士の戦のために取引相手に認めるくらいの荒れ野原。ノコノコついて行ったらなにをさせられるか、どうせロクなものじゃない。」
「ウーンガン国の民は魔物じゃない、人間の異民族だよ。相変わらず口が悪い。聖女…さん、このお姉さんの言葉を信じちゃいけないからね! 優秀な回復術師を切望してるのは確かなことだけど。」
なんだ、けっこう喋るな、この人。さっきまでずっと黙ってキョロキョロしてたのに。ひょっとして、私をスカウトしに来たのかな?外国の身分ある人が。フフフ、私ってば国際的重要人物?
ほらほらファニーちゃん、私の値付け、もっと上げなきゃ横から盗られちゃうよ?
まぁ、私はしばらくはマーチンがいないところに行く気はないから、ラブコールにお応えはできないけどね。
「まーっ、ヨラ犬、なんたるドヤ顔。そなたは調子に乗らすとどこまでもつけあがりますの。」
「むっふっふ、易易と買い叩かれはしないよ。使命感も正義も、私には縁がないものだし?」
「情けないことを偉そうに。」
「マーチンに言わせれば〝国民国家の段階じゃない国なんやからそんなもんやで〟らしいよ。意味は知らないけど。」
「神と王に忠誠心を持たないなんて獣同然ですわっ!」
「まあ、まあ。聖女さん、このファニーばばぁ王国も、魔都に遷都論が出てるほどゴタゴタしててね、全体的にピリピリしてるのさ。わざわざ喧嘩は売らないほうがいい。」
「なにっ! わらわ、遷都など聞いたこともない!」
「私もー。(ファニーばばぁ王国?)」
「(聖帝国ではこの国をそう呼んでる。)この国の王都は古くてね、モンスターの害が起こる山や森から遠い広大な平野に構えられてる。が、伝説の〝神代〟や、神と人が親しく交わった〝上つ世〟なら知らず。この人間が主役の我らの〝中つ世〟では、だだっ広い平野の都は他国の人間の軍勢を防ぎようがない、まさに時代遅れなんだ。
聖帝国では、そんな危なっかしい国から回復術の生ける秘宝を救い出すべく、まずは挨拶に来たわけさ。もっとも、ガチで神に守られてるなら、前提が崩れちゃってるわけで。」
「私は、守られてないどころか嫌われてるけどね。」
「そう! ヨラ犬よ、バカなことを考えてはいけませんよ。そなたは使徒…店主殿が、この滅びゆく世界でなるべくなるべく自発的に、人々の心を闇から遠ざける希望を提供してくれるように、彼の心を繋ぎ止めていてもらわねばなりませぬ。」
「ん?」
「おい、ばばぁ。いまの〝滅び…〟って神から口外を止められてた話では?」
「あっ!」
*
「さようなら……あのときの私みたいに消されちゃっても、ファニーちゃんのことは忘れないよ…」
気まずい空気が漂う。冒険者たちは耳をふさいでそっぽを向いて、何も聞かなかったフリ。ペーターも居心地悪そうにソワソワしている。当のファニーは青い顔をして、言葉もなくへたりこんで震えるばかり。
そんななか、
「料理の追加できたでー。おや、どうしたの?」
「お、お待たせしましたっ、マーチン氏から〝体に良い料理〟を聞いてきましたよ、猊下!…猊下?」
のんきな調子で大皿を抱えて料理人2人が再登場。
「あのね、これは…」とヨランタがマーチンに耳打ちしたところ、
「あぁー、ほぅ。」
ヨランタの肩をポンと叩いて下がらせ、ファニーの前にしゃがみ込んでひと言。
「キミに秘密を打ち明けて、よそに漏らしたからって怒るヤツがいたら、それは逆ギレというもんです。人には向き不向きがあるんで、神様に人を見る目があるんなら多少漏れるんは計算のうちでしょ。普通にしてたらよろし。」
「あぁっ、使徒さまっ。お許しいただけますかっ★」
「俺は知らんけど、アンチ神様のヨランタさんが無事なうちは大丈夫やろ。ほら、酒を飲もう。」
「あのっ、使徒マーチンさま。わらわのお婿さんになってはもらえませんか!」
「えっ、なんで? それだけは勘弁。」




