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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
かき揚げ と 田光

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(2)


「大主教猊下、イベント大成功のご感想をお願いします。」


 マーチンが少々恨みがましい目で、ファニーにカメラを向けている。その店舗スペースは、奥にはもう一室追加された形で広くなっている。



 マーチンの店はもともと京町家リフォームの建物。

 2階建てで南北の奥行きが長く、3部屋+庭が南北に連なる中の1階〝店の間〟〝居間〟の2部屋をつなげて店舗スペースとし、〝奥の間〟は開かずの謎スペースになっていた。2階が住居スペース。その1階 謎スペース・奥の間が解放され、大テーブル1ないし小テーブル2が設置できる床の間付き和室として新登場。


 これこそ、ユニーク500人達成記念・レベル6の特典として神に授かった隠し要素。マーチンとしては、せっかく席数を減らしたのに正直迷惑な話。

 しかも、神の言ったことは。


『1000人に達したときの特典は、2号店オープンとなる。今からでも任せられる料理人を探し、よろしく修行させるが良い…がよい…よい…い…』


 声も消えぬうちにマーチンがモニカに目を向けたので、若いモニカは卒倒してしまった。


「2号店は甘味処でもええかね。」

 というマーチンの素朴な問いには、

『望みのままにせよ…せよ…よ…』

 と、大雑把な返答。



 そして対話が終わった瞬間、店の全体が輝きを放ち、部屋の追加が完了した。という流れ。

 いきなり建物が光ったので、店外にたむろして神待ちをしていた客たちも、その客に教えられて野次馬でたむろしていた群衆も、その光に向かって地に膝をつき、大仰に礼拝する。

 その多くが興奮のあまり店内にも押し寄せようとするのはユリアンたちがかろうじて押し留めたが、さて明日以降、店の営業はどうなることやら。


 輝きはなかなか止まず、その間ファニーは神棚に向かって直立不動の異様な姿で立ち尽くし、輝きが終わった瞬間に床にうずくまって「ごめんなさい、もうしません」と号泣しながら床に額を叩きつけていた。おそらく、神様から個別に〝お小言〟をいただいていたのだろう。

 その後、「わらわの払いで、外の皆にも一杯ずつスムージーを振る舞う!」と言い出したのでイベントの終了は夜明け近くにまで及んでしまった。



「あー、使徒マーチン様には大変なご迷惑をおかけしてしまい。なにとぞ、わらわに手ずからこの首輪をはめて〝犬め〟とご叱責賜りたく…」


「勘弁して。こんな映像が使えるか、アホ。いままで通りで頼むわ、ホンマお願いやから。」

「いままでのご無礼、お許しいただけるので…?」


「あー、犬の首輪持ち歩くのは、もうやめようね。…で、神様から、何のお小言を?」

「世界の成り立ちと行く末を。そのなかでの店主殿の使命を。口外することは硬く禁じられましたが。」


「聞きたくないから、ええよ。調子狂うわ。」



 最後の客もなんとか追い散らして本日閉店の頃には空は白白(しらじら)と明るんでいた。



「とぉーう!」


 せっかく解放されたのに面倒だからと締め切っていた新エリア〝奥の間〟のふすまを開けると、早速にヨランタが靴を脱いで畳部屋にダイブ。続いてマーチンも靴を脱いで上がり、部屋をチェック。聖堂の3人と冒険者4人も、恐る恐る後に続く。

 十畳ほどの畳部屋、床の間の掛け軸には〝何事の おはしますをば知らねども (かたじけ)なさに 涙こぼるる〟と達筆の日本語で書いてある。〝神様が何をしてくれているのかはわからないが、とにかく神を感じるとありがたさに涙が出てくる〟という歌。「自分で言うかね、それを。」と毒づくマーチン。


 ここからさらに奥の、日本へもつながる坪庭はこの部屋からも見えるはずなので一瞬だけ緊張したが、障子戸がぴっちり閉まって見えないのでひとまず安心。

 そのまま違い棚や戸棚をチェック、特になにもないことを確認すると、ごく自然に上座にどっかり座って、


「あー、お疲れさん。キミら、もう帰る? なんか食べてく?」



「マーチン、働き詰めなのに異様に元気だね。」

「なんか、光を浴びてから。ヨランタさんもそう違う?」

「実は、そう。それがちょっと腹立たしい。」


「あぁ、大将がいいなら。もう、腹が減って、ジーパイ?の匂いで、体力は余ってるのに死にそうなんだ。俺にも食わせてくれ!」


「すまんなユリアンさん、ジーパイはみんな売れた。」


 途端に、冒険者たちは床に崩れ落ちる。

「あ、畳、いいなぁ。さすがヨランタは快適な場所を心得てる。」

 と、ズッコケながら畳の感触を楽しむのはレナータ。他メンバーも、似たようなもの。



「コラ、畳が汚れる。あ、座布団(おざぶ)があった。みんな、これにお座り。」


 部屋の隅に座布団が積んであったことを遅まきに気づいたマーチンが腰を浮かしかけると、モニカがシュバっと動いてマーチン、ファニーから順に配っていく。寝そべっていたヨランタには3枚渡したのは、先輩を立てる嗅覚的な行動だろうか。


「よう気が利く子やね。あ、でも猊下ちゃんから引き抜くみたいになるのはいろいろマズいかな。」


 2号店の話を思い出したマーチンがとぼけるように探りを入れてみる。〝ヨランタ店長〟はあらゆる意味で不適切なので、寝そべりながら不満顔の1名を除いて話は進む。



「2号店が聖堂の近く、あ、いやいや、王都王宮支店で出来るものなら、わらわに異存はありませぬ。モニカ、よく学べよ。」

「はっ、ハイッ! 光栄です!」


「料理技術は、俺、大した事ないし たぶんモニカちゃんのほうが上手やけどな。ま、何年も先の話よ。のんびりして待ってて。

 …ほなヨランタさん、手伝え。」


「えっ、私でいいの!?」


「キミは客人ではないからな。」



「いまから作るのは、タイミング的に出鱈目(デタラメ)やけど、かき揚げ。」


「あっ、テンプラの。小物の寄せ集め揚げ。私、好きよ。でも、なぜ?」


「暦では、もう夏至やろ? 夏至やねん。日本で正月やってからもう半年、早いね。で、ほぼ忘れられつつある伝統やけど、日本では夏至の日にタコと冬瓜(とうがん)を食べることになってんの。

 そして、冬至過ぎの頃に正月をやったように、夏至過ぎにはハーフアニバーサリーで水無月祓(みなづきはらえ)という無病息災を祈る行事があるねん。で、ごく最近から、節分の恵方巻きに習って〝夏越(なごし)ごはん〟を食べよう!なんて風習が新たに作られつつある。いや、俺も初耳やったんやけど。


 乗るつもりは特にないけど、その夏越ごはんって〝かき揚げ丼〟のことらしくて、それ聞いてから急にかき揚げが食いたくなってた。ので、今からタコと冬瓜の皮のかき揚げをつくる。

 ま、他にも冷蔵庫のもんを適当にかき揚げにしよう。」



「説明が長ぁーい。何ひとつ覚えてないけど、要するにかき揚げね。私は、何をすれば?」


「うん、助かる。じゃあ、オクラを輪切りにしてもろて、あと冷凍枝豆を流水で解凍して剥いてもろたり。

 あと、コーン缶に冷凍ムキエビ、千切りの紅生姜、裂きイカ、ちくわ、ソーセージ類なんかも使える。冷凍フライドポテトなんかもラクで、さっさと作りたい時にええね。

 ほか、欲しいもんがあったら適当に刻んどいて。そこに隠れてるモニカちゃんも。」



「なんで隠れたの?」

「お2人の邪魔しちゃ悪いので。すみません。お料理には参加したくて出てきちゃいました。」


「あら、良い子じゃない。ねぇ、マーチン。」

「うむ。これでお酒に強かったら、お店の営業全部任せたい程やのにね。」

「私じゃダメなの?」

「キミに店を任せたら毎日人死にが出るわ。たぶん。」

「ひどくない?」

「ひどいのはキミの普段の態度。」



 大主教の料理人・モニカにとってマーチンは、ポッと出てきてあっという間に主の関心を奪ってしまった、敵。

 かつてその主・ファニーが重病人だった頃には医者の指示に従って病人食ばかり作らされ、癇癪持ちおの主には罵倒されるわ器ごと投げつけられるわ、身の危険を感じることさえ日常の出来事だった。

 しかし唐突にその病は治り、希望に沿ったメニューが出せるようになってからは評価も待遇もアップアップ、我が世の春の訪れかと思われたのに。その主が一番と定めていたのは、この男。


 ナイフの扱いは平凡、食材の見極めも普通、火の扱いは素人以下。珍奇な調味料を売り込んでくる料理人は珍しくもない。が、主の顔を立ててこの男の指示通りに料理してみたところ、その味わいは未知にして絶品。

 たった一度、それだけであっさり認めて懐いてしまうのは彼女の図々しいほどの人懐こさによるところが大きい。


 図々しいといえばヨランタはもちろん、ファニーもイザベッラも極めたレベルに図々しい。これはマーチンが対人でなにかと引き気味な性質なので、強く押してくる相手以外と人間関係を結びにくいということもあるが、世界的にはあつかましいくらいが普通の態度なのかもしれない。



 ともあれ、料理は進む。人を待たせているし、自分だって体力は回復してもらったとしてもそこまで働きたいわけじゃない。時短メニューだ。

 タコは下ごしらえからボイルまで済ませたものがこちらにあったし、他の素材も切るだけ・解凍するだけ・袋から出すだけ。それらをまとめて衣をまとわせ、さっきまでジーパイを揚げていた油に、ドボン。







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