(3)
「ただいマーチン!」
「お、遅かったの。でも晩飯に間に合うたのは偉い。」
「…どころではないぞ、マーチン殿。無茶苦茶だ。さすがの私も死ぬかと思った!」
「何やったん。」
「無茶を、させました☆」
昼から夕刻にわたって数度、森の上空に低く垂れ込めた雲が下からの光に明るく照らされた現象は宿所の領主館や農場からも観測された。
マーチンは無邪気に「あれ、魔法バトルやってんの?」と隣のファニー大主教に聞いてみていたが、彼女もバトルの現場などマーチン以上に知らない。
なにやら気に入らぬものを見る目付きで砂糖たっぷりのミルクティーをすすっていたに過ぎない。
「我ら、不死兵団!」と、遠くで気勢を上げる若い声が上がっている。
説明を求める視線を受けて、ヨランタも差し出された茶を受け取りながら語りだす。
*
この日の朝、早くから叩き起こされて寝床から連れ出されたヨランタ。
イザベッラは先日誘いに来た後にすぐに現地へ向かい、情勢の把握に努めていた状況だったらしく、ヨランタがのこのこ現れたことを知らされて寝ずの警戒から直で連れ出しに来たという。
身支度だけ急かされながら済ませ、治療院にしていた寄合所に放り込まれる。「トマシュ、魔都の回復術師が来てくれたぞ。腕は確かだから指示してやってくれ」とイザベッラからヨランタを引き渡された先任の回復術師は、最初、援軍が来たと明るい顔をし、その娘の服装が妙に立派なことに顔を引き攣らせ、命が危なかった患者をホイホイと直してしまうのを見てなぜか絶望的な表情になってしまう。
「トマシュくんは好青年だけどザコなのが玉に瑕だね。」
「ヤツはあれでも上澄みだと言ってるだろう。貴様こそ能力のアピールに余念がないではないか。聖女とやら、本気でやるつもりか?」
「うッ !?」
「よく言ったヨラ犬! さあ、この首輪を!」
「回復魔法はちゃんとやるし、手早く済ましたいし、特別アピってるとかじゃないよ。私のお仕事の普通。聖女うんぬんは別。
マーチン、ファニーのヤツには一度キツいお仕置きが必要だと思う。」
「俺もそう思うけど、話の続きは?」
*
そうそう。それで、治療所の患者は眠って体力の回復を待つだけになったから、イボンヌのところに向かって。長期戦の構えになってたから、それはちょっとイヤだったので突撃してもらいました。
「長引くのは、俺もかなんな。よくやってくれた。でも、突撃、って。」
「敵はゴブリンだったからね。ヤツらは、人の首を一撃で刎ねられないでしょ? だから、私なら兵隊さんが喉を裂かれても腸を引きずり出されても、その場で回復させながら戦ってもらえるわけなのよ。スゴいでしょう。これは、褒めて。」
「えぇ……あ、それで彼らは〝不死兵団〟ね。お疲れ様。彼らにも後で差し入れしてあげよう。」
「私のスゴ味が伝わってない? じゃあ、続き!」
で、モンスターどものボスは、あれ、何ていうの? ゴブリン20匹くらいを人型にこねくり混ぜたみたいな…。その相手は若い兵隊さんだと殺されそうなので、イボンヌに全部お任せしました。
「ああいうのを我々はゴブリンロードとか巨人ゴブリンと呼んでいる。言っておくが、あれと一対一で戦える人間こそ限られているからな、他人を巻き込むなよ。」
「ふーん。そりゃ、重ねてご苦労さま。で、イザベッラさんの活躍で世界は救われた!ってことか。じゃ、メシにしよう。」
「終わってないけどね。残ったゴブリンの掃討はノコノコ歩いてきてる援軍さんに任せちゃえばいいでしょ。ごはん!ごはん!」
終始マイペースのマーチン、浮かれ気味のヨランタ、暴れられて上手くいってストレスが吹き飛んだイザベッラたちはニコニコと食堂に向かう。少し遅れて、いまいち納得がいっていない顔のファニーも続く。
*
「凝ったものや日本のものは用意でけへんかったけど、現地アイテムでどうにかなった、フルーツ チーズフォンデュ。フルーツ用は練乳で甘くしたチーズ鍋、肉用は普通のチーズ鍋でどうぞ。
チーズはご当地物。フォンデュは寒い地方で体を温めるための料理やけど、今でも夜にはちょっと冷えこむからええやろ。
フルーツはベリー系、硬いメロン、イチジク、アンズにマンゴー。そのまま食べてもらってもオッケー。
肉の方はベーコン、サイコロステーキ、ひと口カツ、サラミ、根菜類。ソーセージは肉を氷水で冷やせへんから今は作れへん。保存食のドライ系やね。旨いかは、俺もわからへん。ちゅうわけで、どうぞ。」
まずは、井戸水でよく冷やした阿櫻りんごちゃんで乾杯。あれ、もうこれしか無いの? いつの間にか減ってる?勘弁してよね。
…うーん、仕事を成功裡に終わらせて飲むお酒のなんとおいしいこと! お酒自体の味わいも完璧だけど、爽やかなリンゴの甘酸っぱ味に脳髄が弾けそう!
「このお酒、味わい的に春酒の系統よね。」
「ああ、そうなんよ。出荷時期もその頃やしね、春酒で間違いない。実は夏用には〝青りんごちゃん〟というバージョンもあるらしいけど、まだちょっと早いし、大人気らしくて店に並ばへん。」
「おいしければ何でもいいけどね。」
「そう、それ。」
みんな、ごちそうに目をギラつかせながらもとびきりの笑顔で、言葉少なに串を食材に刺してはチーズ鍋に突っ込んで、忙しなく口にしていく。私も、各種フルーツの冷たい甘みをチーズの熱いまろやかさで包んだ未知の味わいに言葉を無くさざるを得ない。唾液で溺れそうだ。
チーズがいい。さすが、産地で大主教おすすめブランドのチーズだ、安物とは味と香りの深みが違う。チーズを伸ばすのに使ってるワインも、もったいないような上物を使っているに違いない。肉用のは赤ワインを使ってるんだって、色もすごいし味もどっしり、肉との相性も強い。
他のメンバーはといえば、意外にもファニーが肉系を中心に、イザベッラがフルーツ中心に味わってる。
「わらわは、朝昼と果物づくしであったゆえな。肉の塩気がたまりませぬわ。」
「マーチン殿、このフルーツチーズの甘みは、砂糖だけではないだろう。何か特別な仕掛けが?」
「お、わかるか。この練乳がな」
「アっ !!」
「えっ、なに?……ん?」
*
マーチンが上機嫌で特大の缶詰をペンと叩いてみせた瞬間、イボンヌが鋭い叫び声を上げた。なに、なに? 2人とも、気まずい表情で固まっている。特にイボンヌの表情が昔レベルの深刻さを取り戻している。
急に冷え込んだ空気に、ファニーちゃんまでも息をひそめて事態を見守っているもよう。
「………これは、あの時……聖堂が襲撃されて、せっかく捕まえたヨランタを奪われた事件で。魔法防御結界を突き破る火の破裂(この国の言葉ではまだ火薬爆発の概念がない)があった跡地で、これによく似た金属片が見つかっていたんだ。
関係、あるんだろう? マーチン殿。無いはずがない。それはそうだ、当たり前だ!は、は、は…アハハハハハ!」
私☆救出作戦のときにユリアンたちがマーチンにも協力を仰いだことは聞いてた。でも、どういう協力をしてもらったかは余裕がなくて聞けてなかった。
おいしいご飯を出してあげたとかだと思ってたんだ。ニホンの兵器で武器供与だなんて、想像できるはずない。しかも、こんな缶カンでバレちゃう? マーチンは特別に苦い顔でそっぽを向いてる。やったんだね? ヤバい!
イボンヌは、笑ってる。泣きながら笑ってる。そりゃ、笑うしかないだろう。彼女の失脚の原因はその私のアレで、主犯がマーチンだったわけだ。いまさら犯人逮捕できたところで失地回復もできやしない。
でもね、私たちが裏切ったわけじゃない。最初から敵だったし。態度が軟化したあとでも、余計なことを言わなかっただけだし。騙してはいない、はず。
マーチンの迂闊さには後でお説教してあげよう。お説教♪ お説教☆ …でも、レンニュー缶で何をしたら聖堂を崩すレベルの攻撃になるのかしら。
ファニーちゃんが状況をいまいち飲み込めてない顔でフォローに入ってくれる。
「狂狼よ、その問題に関しては、わらわも自分の命をつなぐために承知の上だ(知らぬけど)。政治の駆け引きというもの、覚えがあろう。彼には彼の立場があるし、たとえ騙されていたとしても自分が悪い。そうだろ?」
「は、猊下。仰せのとおりです。ハハハハ。マーチン殿の背後には神がおられる。神のご意思を遂行したに過ぎませぬ。比べて、私が如何に神の御心から遠ざかっていたことか。ハハハ。この愚かしさには笑うしかないでしょう。ハハ……」
「イボンヌ、死んだらだめだよ、マーチンは繊細だからね。」
「わかっているさ。いい気味だろう、ヨランタ。笑わなくていいのか。」
「人をなんだと思ってんの、面白くもない。だからマーチンはおすすめしないよって言ったんだよ。まぁ、私にはそこが良いんだけど☆」
「そうだな……。」
*
イボンヌは、らしくない感じで肩を落として去った。マーチンはだんまりを貫いている。男らしくはないけど、いいわけもできないだろうし仕方ないか。
残ってる私も、最高に美味しいはずの夕食なのになぜだか唾液が足りなくなってむちゃむちゃして食べにくい。お酒も、りんごちゃんが終わって御当地のリンゴ酒を飲んでるけど、空気が重くて味がわからない。
「…リンゴ酒飲み比べは、りんごちゃんが勝ちだね。」
「せやな。」
「はー!? 待ちやれヨラ犬、今は空気が悪い! 再戦を求む!」
あぁ、馬鹿の相手するのは落ち着く。やっぱり、こうでなくちゃね。
「あー、ヨランタさんはいつもどおりで落ち着くね。やっぱ、こうやないとね。」
「ちょっと、マーチン、それどういう意味!?」




