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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
季節の果実 と 阿櫻もぎたて♥りんごちゃん

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(2)


 馬車の旅は片道1泊2日。魔都は山上の都市だが、道はよく整備されていて旅もスムーズ。手慣れた様子でほとんど自動的に進んでいく。日暮れ前に宿場に到着、明朝再出発、午後到着の手筈。


 そんな馬車から降りてきたのは、蒸溜酒をほとんど割らずに馬車にシェイクされながら半日飲み続けて正体不明になった3人組。リバースだけはヨランタの魔法で(おさ)めたものの、揃って足腰も立たず、馬車から這い出て機嫌よく道端に転がって周囲をドン引きさせながら大笑い。

 眉をひそめるお付きや護衛の皆さんに明日用の蒸溜酒(シュナップス)の調達をお願いして、よろよろふらふらとなんとか宿に転がり込んで1泊。


 翌日はさすがに酒は控えめにして、そのかわりに車体の装甲の一部を取り外し、外の風景が見えるように換装されている。

「なんや、出来るんかいな」とマーチンが抗議に近い声を上げるが、魔都近くでは襲撃を受ける危険があったらしい。ここまで来ればほぼ安心だ、と豪語するファニー大主教を乗せ、馬車はモンスター災害の渦中であるはずの町へ急ぐ。呑気なものだ。


 泊まった宿場は魔都山脈の登り口、魔都が発生する前から王家の直轄地だった小さな保養地。だったらしいが観光を楽しむ余裕もあらばこそ、アルコールに打ちのめされた内臓には新鮮な野山の空気が何よりのグルメだ。

 なお、ここに至っても水は硬水で、微妙に引っかかるお味。長居は無用だ。



 引き続いての馬車の旅は、急ぐと大主教猊下から「揺らすな」とクレームが付くために(はかど)らず、到着は夜にずれ込んだ。とはいえ、こちらグループは喫緊の用事ではないため大きな問題ではない。



 そも、〝モンスター災害〟とは何か。マーチンは馬車の中でファニー・ヨランタの両方から簡潔にレクチャーされた。

 この国には魔都のダンジョンだけでなく、深い森や山に野生のモンスターが生息している。野獣との違いは、モンスターは悪魔の手先として生息地を〝闇の領域〟に変えようとするところにある。この辺はマーチンには分かりづらいが、放っておくとなかなか大変なことになるらしい。で、そうなってしまった、もしくはなりかけ状態のことを〝モンスター災害が発生している〟と呼ぶことになっている。


 これに対して、国際的な組織である聖堂が主導し、現場各国の軍民と協力してモンスター退治をしている、とのこと。


 平野部の森にはだいたいありふれた小鬼や猪鬼、苔鬼の類ばかりだが、これらが闇の領域化を進めると食屍鬼やら半魚人、魔女や吸血鬼といった面倒なものも現れはじめ、キマイラやデーモンが湧いてしまえば相当な大事(おおごと)に発展するという。


 今、このヤウォンカ荘園には小鬼や猪鬼の群れがちらほら確認されたばかりで、まだ小さな問題だ。が、そのぶん駆り出された兵隊も弱い部隊なので、負傷者が想定以上に出ている。

 ここでファニー大主教の悪巧み。〝子飼いの聖女・ヨシコ〟をデビューさせて図抜けた治癒魔法能力をアピールし、その後ろ盾に自分がいることもアッピルし、己の政治力アップにつなげようというのだ。

 このところ(ガラ)にもなく忙しげにしていたのは、そのために他の主教や騎士などに根回しめいたことをしていたかららしい。

 で、マーチンまで呼ばれたのはそんなに働いてかわいそうなファニーちゃんの自分へのご褒美に珍しいスイーツを作らせるため。完全に私用だ。権限の私物化だ。職権濫用だ。

 あと、ヨランタをひきずり出す口実でもあったが、どこまで計算なのかは不明。



 呼ばれた側には不満も言いたいこともあるが、来てしまったからには ここで反旗を翻しても馬鹿みたいだ。ただ、支払いは高くつくぞ。あと、皿の弁償を早くしろ。あ、まさか、先に言ってた〝お願い〟ってそれをチャラにしろというわけではあるまいな。


 などと賑々(にぎにぎ)しく喋りつつ、夜中、真っ暗な荘園にポツンと明るい荘園領主邸から領主一家を追い出して、ここを皆の宿泊地とする。



「うぅー、おはよう。宿は上等やけど落ち着かんな。おっ、これが御当地フルーツか。」


「店主殿。そなたも遅い朝でありますな。ヨラ犬は何時間も前に狂狼が紐につないで仕事に連れて行ったらしいですよ。

 わらわも、いま起きたところ。さ、朝餉の用意を! ご(しゅ)も!」


 白磁のお皿をフォークでチーンと鳴らして朝からテンション高く命令する猊下ちゃん。対してマーチンはあくびを噛み殺しながら、


「準備の時間もなく出張サービスでは、俺もできることは相当に限られてるって。

 ええやん、果物で。自然な素材の風味。かねがね思ってたけど、フルーツのそれならでは(・・・・)な自然の風味を活かしたケーキとかが良い物なのなら、普通にフルーツ食うてればええねん。」


「そこをなんとか、ひと工夫を。」


「ま、そう思うてひとつギリギリ準備が間に合ったものがある。適当なサイズがなくて業務用一斗缶で持ってきた、練乳。これもこっちにはまだ無いヤツやろ。」



 なにせ、ここは中世風の世界。肉は焼いて食えばいいし、焼き菓子もシンプルながら頑張っている。しかし乳製品は、クリームらしきものはあっても冷蔵庫がないので、カチコチでないタイプのチーズなども冬の味覚に限定される。

 魔都は不思議なことにも高山のてっぺんのくせに冬でも平地同様に穏やかな気候なので、氷室に氷や雪を貯めるようなことができない。マーチンの知る乳製品スイーツのレシピには氷水や冷蔵庫が不可欠。なので、彼としてはここで頑張るつもりは最初からない。


「氷雪の魔法というのはありますぞよ?」

「マジか、あるんか。いや、モンスター退治に使えよ。今日は出番なし! …うまいな、マンゴー!アプリコットも、なんていうか味が濃い?…うーむ、これを凍らせてスムージーにしてな、生クリームを乗せて粗々に刻んだマンゴーにアイスを添えて、クリームチーズのソースなんかをさっとかけて……ええやんけ。」


「それをお出しなさい!」

「設備がないから、店まで帰ってからね。ジャムとかは…あるの?さすが砂糖の主。じゃ、お昼にはチーズパンケーキとフルーツバターの城を作ってあげるから、今はフルーツ盛りの練乳がけで我慢しなさいよ。」



 旅も料理もいろいろ面倒ではあるし、若く見えても四十女のワガママはそれに倍して殺意を抱きかねないレベルで面倒だが、まだ大丈夫。面倒を楽しめている。この隣でヨランタまでピーピー吠えていたら、マーチンでもちょっとはキレたかもしれない。


 ファニー大主教は不満たらたらの顔で、所作だけは非の打ち所もなくフルーツに練乳をかけて優雅にひと口。「ふぁッ!?」と叫びかけて口もとを押さえ、その後はニッコニコの表情で1.5倍速に食事を終える。


「店主殿、相変わらず見事。レンニュー、ありったけ持って来るがいい。」

「やめとけ。命を大事に。急がんでも、一生分あるから。」



 かくして朝食が終わればすぐに昼食の用意、そして夕食の準備。

 元来、王族の姫にして聖堂の大主教が山から降りてきたとなると周辺の有力者がこぞって挨拶に押しかけてきて連日の晩餐会ともなるべきところだが、彼女の驚異的な人望の無さはある意味での武器でもあるのか。平和にのんびりスイーツライフを贅沢に楽しめているのは大したものだ。


 しかしその影で、命をかけて戦って汗と泥と血、涙と尿その他にまみれている兵士たちがいるわけで。




「ヨランタ、お前は後方で治療にあたっていればいいんだ、と言ったはずだが?」


「後方に溜まってた怪我人は治した。もともと居たザコヒーラー氏にも余裕ができたし、任せていいでしょ。私はこっちで出来立てホヤホヤの怪我人を治す。その方が効率いいし? このままじゃ、仕事終われないよ? で、イボンヌは何をやってんの。」



 最前線の森の(きわ)、比較的開けた場所を逆茂木で囲んだ応急の指揮所。

 もともと派遣されていた30人からなる近隣の若兵部隊はたちまちに14名の負傷者を出し、壊滅状態になった部隊にまずイザベッラが代理指揮官として派遣され、現在は魔都からの援軍を待ちながら16名の心が折れた兵士たちをとりまとめて被害の拡大を防いでいるところだ。


「トマシュ…彼はザコではないぞ、若手の有望株だ。しかし荷が重かったな。負傷者の3名ほどは致命傷に見えたが、ヨランタには簡単に癒やせたか。口惜しいが、礼をいう。

 …この森は予想以上に闇の領域が広がっていて、危険だ。私の部隊が居れば話は別だったが、様子を見ながら後退して援軍を待つ。」


「敵は?」


「ゴブリンが多数。全体で千匹は余裕で超すだろう、指揮官級もいる。なんでこんなになるまで放置されてたんだ、許されんことだ。援軍の追加も要請せねば。」


「まだるっこしい、いつまでかかるのよソレ。じゃ、今から私とイボンヌで突撃してボスをやっつけよう。」

「正気か。私はともかく、お前を守れると思うなよ。」


「大丈夫だって。神様部屋に行ってから、なんか冴えてるんだ。神聖領域結界の確保もバッチリだよ。」



 ヨランタの提案は策というより世迷言とか寝言に属するもので、指揮官としては一蹴するべきものだった。が、それをそうと思わせないのが神がかりのオーラ(ぢから)。不思議なことに、熟練の戦士であるイザベッラも雰囲気に乗せられてうなずいてしまう。


 周囲の若い兵たちはヨランタを知らない。が、この昼なお暗い森に、輝くばかりの白い衣装・夏服バージョンを軽やかにまとって現れた、か弱い少女っぽい人物が彼らの目にどう写ったか。

 この際、ヨランタ個人の顔貌(かおかたち)や細かい欠点など問題にはならない。数年にわたる男たちだけの共同生活で濁った目に、肌が透けるような薄物の白衣――その裾や袖は仲間の治療に携わった際の血や泥に点々と染められている――の小柄な体は、天使以外の形容を許さない。

 この心をヨランタが知れば「狂狼だって女でしょうに」とか要らんことを言ったに違いないが、それも関係ない。


「我等、最後の一兵まで乙女を(まも)(たてまつ)らん!」


「あら、そう? ありがとう。」

「貴様ら……おいヨランタ、こいつらの面倒は頼むぞ。」





* 今回は(3)まで続きます。明日も更新です






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