餃子と木須肉 と 雁木の夏酒(2)
時ならぬギョーザ合戦は、店軍大将マーチンが敵戦力を読み違えたことにより予備戦力を払底させ、一旦は敵・客軍を退けることに成功するも継戦能力を失うことに。
以後の作戦行動に深刻な障害を抱えることになったが、まずは軍内部に起きた飢餓問題を解決すべく、オペレーション・ムースーロゥを発動させる。
「なに、それ?」
「? なんかあったか。」
「いや、渋い声が聞こえたような。気のせい? ……それよりさ、あれ見て。神様の胡蝶蘭。1本ずつとか、花1コだけとか盗まれて歯抜けになってるよ。油断も隙もないね。」
「ホンマや。一般客の民度低いな。しかし、俺はこれにどんな顔したらええんや。笑えばいいと思う?」
「知らないよ。ごはん!」
「わかってる。餃子はまだ焼けてないからちょっと待て。その間にもう一品用意してるから。」
*
やがて漂いはじめる暴力的な旨味の匂いとジャッ、ジャッ、カン、コンと鳴る中華鍋が料理を炒める音。じつに賑やかだ。
こうしていると、お刺身やおひたしは静かだね。カレーのグツグツいう音も、とんかつのジュワワと鳴る音も、それらの匂いも大好物だけど、チューカ?にはパワーがある。料理が出る前から鍋のリズムで気持ちが盛り上がって体が踊りだしそう。
じつは私は踊りが苦手じゃない。お母ちゃんは踊りの名手だったので、小さい子供の頃にはよく教えてもらって、一緒に踊ったんだ。私のほぼ唯一の、子供の頃の楽しい記憶。
なんで、急にあんな寒村のことを思い出したんだろう。格好つけない庶民ノリの料理のせいかな。お刺身とおひたしのほうが100倍シンプルな料理なのに、あちらはノーブルな雰囲気を身にまとってる。可笑しいね。笑ってもいいと思うよ。
「なんや、急に静かになったな。ほい、餃子一人前と木須肉、お待たせ。」
「あっ、来た。お腹へってちょっとボーっとしてちゃったよ。ギョーザちゃんと、…玉子焼き?」
「木須肉は、日本語名で〝キクラゲと豚肉と卵の炒め〟。名前ってより、ほとんどレシピやね。
料理人によってはタマネギとニンジンとかチンゲンサイとかも入るけど、今回は男らしくキクラゲ!豚肉!卵!それに中華あんかけ、以上!」
「おぉーっ……。キクラゲ、って、あのキノコ? 食べられるの? えー。」
「味はそんなにないけど歯ごたえが面白くて、良いアクセントよ。まずは食うてみ。
俺はなんでか、木須肉っていうと夏!ってイメージ。なんでやろね。初めて食べたのが夏やった、とかかな。ま、誰しもそういうのはあるよね。
そして、お酒は引き続き〝雁木〟の夏酒。もう1本確保しといて良かった。ほな、食べよう。」
「じゃ、ここは素直に、いただきます。」
「うん。いただきます。」
ギョーザちゃん。カリッとした面とプリッとした面と、両方あるのが気が利いてるよね。真っ平らの板皿に並べられて、宝石…ではないけど前衛芸術品のよう。タレは、お醤油、お酢、ラー油を好みでミックス? そんなこと言われても。いちばん普通でお願い。
「いや、餃子のタレにも戦争を起こしかねない魔性がある。ちなみに俺はお醤油とラー油だけでお酢は使わない派。でも公式の標準は〝醤油5:酢4:ラー油1〟の配合なんやって。俺は醤油6:ラー油4くらいかな。
人によっては酢と胡椒とか、味噌とかもタレにするらしい。」
「塩は?」
「素材の味・塩? 面白いこと考えるなぁ。やりたかったら止めへんけど。…ほら、公式配分のタレ作ってあげたからさっさとお食べ。どうせ1人前分しかないし。」
うん、きっとこれも冷めないほうがおいしいに違いない。つまみ食いした焼きたては熱すぎたけど、お客さんから貰ったのはだいぶ冷めてた。それにタレもつけなかったし。では、まるかじり!
ンん! パリッと皮が破れてニンニクなど香草の香りと肉汁があふれる。醤油の香り、酢のさっぱり感がそれらを包みこんでラー油がピリッと引き締める。これは、ヤバい!
この、皮がいい仕事をしているのね。とんかつの衣でも思ったけど、ただの肉団子でもポークソテーでもなくて、薄くても小麦のひと仕事、これが肉とタレを渾然一体に結びつけて無敵になる秘訣。いいなぁ、おいしいなぁ。
肉も、想像以上にしっかりみっちりしていてボリューミィ。マーチンによれば、ニホン風はひき肉をふんわりさせるけど、辺境域版では肉はこうであるらしい。お客さん用に仕込んでたのはニホン風で、私達用のはこっち風だとか。ニホン風もつまみ食いしたので、どっちも食べられた私は得した気分。
そしてお酒。これはもう天地の理、世界の法則。私の知らないところで勝手に信楽焼のポン子ちゃん(ツギハギ)にお酒が満たされているけど、いまは文句を言えるタイミングじゃない。ぐっと煽る。
清涼。脂とニンニクの強い風味をお腹へ洗い流して、清涼感で満たしてくれる。春の香り高さとも、秋の円熟味とも、冬の新しい息吹とも違う、夏のスカッとした、ミントでも浮かべたい気持ち。いい~、ねぇ。
「〝夏酒〟ってのは、それなりにごく最近の流行でね。秋の〝ひやおろし〟は遥か昔からあったけど、冬の生原酒だって冷蔵庫が広まってからやし、春も、昔からあったとしても今みたいに売り出すようになったんは夏と一緒にここ10年かそこらとちゃうかな。
で、〝雁木の夏酒〟もここ数年の流行に乗った後追い、とも言えるけど新作だけあってよく出来てる。正直、俺は夏酒というプロダクト自体に懐疑的やけど、気に入ってもらえたなら良かった。」
「な、なぁに、いまさらここに来てその言い草! ダメなの!?」
「だって。味薄いし。グイグイ飲むならビールでええし。俺はクーラーかけっぱヒッキーやから夏バテせえへんし。季節モノやから導入するけど、俺自身はいつものでええわ。んーなことより、木須肉もお食べな。」
*
ムースーロゥ。とかく男たちに野菜を食べさせたがるマーチンが「男らしく」とか言って野菜を抜いた料理。でも、肉、卵、キノコに香ばしいトロトロのタレ、おいしくないはずはない。食べますとも。ほらおいしい。
「おいしい以上に語ることがないよね。」
「その木耳、初めてとちゃうん。どう?」
「もうちょっと小分けに切ってくれてたほうが食べやすいかな。」
「それは、俺も思った。参考にした店のがこんなやってん。知らんけどこのサイズがええんかな思って。味は。」
「お肉と卵の味でおいしい。」
「〝おいしい〟いただきました。ありがとう。」
「テンション低くない?」
「キミもね。どうしたん。」
「いや、おいしいと思って飲んだお酒の評価が低くて戸惑ってる。気持ちでおいしさが変わるって本当だね。」
「悪かったよ。旨い酒なんは間違いないで。八百新酒造さんゴメン。」
「誰に謝ってるの、私に謝ってよ。そういえば、雁木も前にもらったよね。たしか……ナメローのときだ。オリガラミ?の。そろそろ、レパートリー1周した?」
「いや、そういうわけでもないけど……そうか、おりがらみ、それも渋いな。でもぜんぜん違うやろ? 別の酒やって。」
「ま、そうかもね…。」
*
「あー、まあまあよう食べたな。」
自分たちの食事も終えて、アテもなく酒を舐めながらくつろぎモードの2人。BGMも無く、絞られた明かりの下で疲労と満腹感に身を任せている。
「んー。もうひと口、甘いの…いや、それが腹肉に化ける。ごちそうさま!」
「はいごちそうさま。さて、明日はどうしよう。」
「そうねぇ。やっぱり、お客が多くてひとり一人の対応が雑になっちゃうのは詰まんないね。」
「俺はもともとそんなに対応してへんかったけどな。ヨランタさんがそう言うなら、客を減らす方向で考えようか。」
「私を言い訳にしないでよ。…それは、具体的には?」
「客席数を減らす。半分は永久予約席にしようか。」
「わお、シンプル。神様に叱られない?」
「叱られたら、その時はその時。また考えたらええやろ。」
「商売を舐めきってるね。」
「そういうキミこそどうすんの。ニホン探しの旅に出るんか、缶詰売りを続けてくれるんか、聖女になるんか。…聖女、断りきれるんかいな。」
「そうねぇ。今度は私、呪術ギルドを売って聖堂側に寝返ったなんて誤解されて呪術師たちに呪われてるし。消えてた間に諦めてもらえてたらいいんだけど。」
「ンモー。いつになったら平和になんねや、キミ。
…木須肉って食べ物やけどな、」
急に話題を変えつつ、ただの軽口からちょっと改まった感じで言葉を探しながら語るマーチン。
「日本と中国よりずっと遠い国のアメリカ風では|木須肉《Moo shu pork》の名前のまま、具は細かく刻んで、クレープ的な皮で包んで食べる料理になってるらしい。」
「へー。」
「つまりやな、餃子も本場風も鍋貼も日本風でも餃子やし、雁木も夏酒でも雁木やし。…ヨランタさんも、どうなってもヨランタさんなんやからいちばん派手に思い切ってみるのもええんと違う?」
「そっ……」
「そ?」
「それは、私が何をやってもマーチンは私のことが大好きだと?」
「よくもまぁ最大限都合のいい聞きかたするわ。あ、キミ、消える前に寝床部屋 無茶苦茶キモく改造してたやろ。戻しときや。」
「あれは、呪術返しの結界なので無くなると私が死ぬよりひどい目にあいます。もうちょっと待ってて、ケリをつけるから☆」
「つけんでよろし。怖いわ、俺まで巻き込まんでくれよ。」
「そりゃもう! やる気出てきた、ヤツらに明後日の月は拝ませないよ!」




