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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
屋台料理 と よこやま

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(2)


 宴会で、明るくノリの良い曲をかけてジャンクな食べ物と酒を振る舞っている。


 であるのに、皆マジメな表情で声を潜めて語り合う、異様な空間。以前からの常連顔をしている楽士ルドウィクだけは、蘊蓄(ウンチク)を語りたがっては「初見の邪魔をするな」とひとり跳ね()けられて、酒を片手にヨランタに(クダ)を巻く。


「私はお仕事なんだから邪魔しないのっ!」

「アイツラは放っとかれたがってんだから放っときゃあいいんだよ。…それなら、酒、おかわり。」


「はーい、マーチン、お酒一丁!」

「まとめて聞いてこい。」



 音楽に前半生を捧げて音楽漬けの人生を勝ち取った楽聖たちにも、しょうがない酒好きは少なくないらしい。

 流れる曲が3曲、4曲と重なるうち、飲み干した酒の味も気になって仕方なくなるし、それほどでなくても話に興が乗れば喉も渇く。


「酒をもう一杯! お嬢ちゃん、親父さんのお手伝いかい? 偉いねぇ、飴ちゃんをあげよう。」

「私は、妻! そこまで若くないし! チップなら貰うよ。」


「こっちはビールをおくれ。あの店長さん、若い子好きか。やるなぁ。」

「いや、マーチンは熟女好み。苦労してんのよ。」

「マジか。」



 私は なしくずし強引に見習い店員になったけど、客商売自体は普通にこなしていたし、愛嬌を振りまいて客の相手をすることだって苦手なわけじゃない。少なくともマーチンよりは、よほど大人の対応で仕事ができるんだ。


 ご注文はお酒4つにビール6つ、あとお茶を5つ! ほらファニーちゃんもぼんやりしてないで。


「せやで、ファニーちゃんもキビキビ働きやぁ。」


「マーチンもね。今はなにを…ヤキソバだね? いい~よねぇ、ヤキソバ。私の分はさっきのチキンをトッピング版でよろしくね!」



「おー、おー、わらわをのけ者にして、楽しそうに。働けというて、わらわはなにをすればよいのですか。」

「あ、悪い。もうちょっとかかるからジュースでも飲んで待ってて。…急に仕事の意識が高ァくなる人ってイヤやねぇ。」

「イヤですわねぇ。キモーイ。」


「ちょっと、2人とも! なんて言い草! ルドウィク、今の聞いた!? どう思う!?」

「オレに振らないでくれよ、不真面目側なんだから。いやいや、毎日お酒をつくってくださる方たちには感謝してます、お陰様でおいしいお酒が呑めます。」


「なにを言ってるんだルドウィク、貴様は音楽以外もちゃんとやれ。」「新年祭で今まで忙しかったのはだいたいお前のせいだぞ。」「今日はアンタのオゴリだからね!」


 ふとしたことから意外な方向に飛び火して、仲間たちから一斉になじられるルドウィク。人望がないお調子者の末路たるや、()くのごとし。

 私は助けてあげる義理もないのでこっそり逃げ出して、ひっそりドリンクを配って、ルドウィクのぶんのお酒は隅に隠れて自分で飲んじゃう。



〝よこやま〟は綺麗な酒だ。澄み渡っていると言ってもいい。それでいて、強い。キリッとしながら、キリリリっと押し寄せてくるものがある。なるほど、このお酒なら繊細じゃない食べ物に合わせられるし、繊細なお料理にも合わせられるバランス感がある。

 あっ、このお酒、まだこの一杯しか飲んでないけど、もう無くなるんじゃない? それはいけない!


「おーいヨランタさん、出てきて手伝ってぇ。」

「あ、ヤキソバ!ヤキソバ!」



 いつの間にか音楽はオールディーズのチャンネルに切り替わってる。流れているのはキューの歌だ。私の趣味ではないけど、一時代を築いた個性だと聞くとうなずけるところはある。

 楽人たちには〝最新〟とやらの歌よりも親しみやすく、でも、そのために余計に好みが分かれているらしい。討論が盛り上がってドリンクの消費が増してる。


 日本酒は、マーチンはよこやまの酒をもう1瓶〝よこやま(セブン)〟を確保してくれていた。なので1814の残りは私用に確保してもらってる。

 ヤツらなんどにはパックの酒で十分だ、という私の抗議は「初心の人には、それなりの全力で良いものを出さなきゃならん。」なんていうマーチンのこだわりで却下された。わからなくもないけど、もったいない。

 あぁ、そんなガブガブ飲むモノじゃないんだから。まぁ、でも、あて(・・)がお菓子にチキンにヤキソバじゃ、お上品にはならないかも。このチグハグはマーチンが悪い。



 そんなことを考えながらドリンクの注文を取って配り歩いていると、

「嬢ちゃん、一杯奢るよ。飲んでいかないかい?」

「嬢ちゃん、音楽会の桟敷席チケットをあげよう。」

「お嬢さん、音楽は何が好き?楽器はできる?」

 なんて声をかけられて、行く先々で一杯ごちそうになってなかなか良い気持ち。


「どうしようマーチン、ナンパされちゃった。私けっこうモテモテだよ、どうする?」


「そんなモノ欲しそうな顔してるからや。…ちょっと、こっち()ぃ。」


「あれっ、私、怒られる?」

「何を、いまさら。じゃなくて。今はキミの働きに助けられてるので、思うところはあるが、ご褒美がわりに〆の品の試食を頼む。」



 そう言いながらマーチンが出してきたのは、丸くて分厚いパンケーキ。予告されていた〝今川焼〟であるらしい。


「俺としては回転焼き、とか大判焼き、のほうが馴染みある名前やけど、まぁそれはええわ。温めるだけの冷凍食品の商品名が今川焼やからな。

 それはそうと、アンコは外人さんに受けが悪いとも聞くさかい、試しにキミらで半分ずつ食べてみてくれ。もう1つは、安全策のクリーム味。それも中身が半分凍ったままトースターで2,3分焼いて、表面は熱々パリッとして中身は冷たいカスタードアイスクリームな食べ物。

 どっちも甘い具入りパンケーキまんじゅうと思って、どうぞ。」



 そう言って、小ぶりなゴールデンブラウンの、甘い香りを放つお菓子を半分にしたもの2つを差し出された。もう半分ずつはファニーが持っている。面白くない。ちょっと嫉妬。でも食べる。

 熱ッ!

 これは、すごい甘さの黒いペーストだ。ほふっ、ほふっ! 水っ…お酒。ふぅ。横目でちらっとファニーの方を見てみる。すごく幸せそうだ。彼女が満足するほどの甘さ。私だって嫌いじゃないけど、ちょっと素直になりにくいな。判断を保留して、次の半分へ。


 冷た!

 表面は熱くてパリッと、その下はふんわりと、さらに中は冷え冷えでしっとり、まったりトロリ、クリーミィ卵味にプラスして不思議な甘い香り。こちらのモノでいえば香莢豆の没薬の香りに似てるかな。なんでも料理に使えるものだね。


「私は、クリームが好きかな。素朴に見えて手が込んでる。朝食とか、忙しいときはコレでよくない?」

「いや、食事はちゃんとしたもの食べよ?」 


「わらわはアンコ好きですよ。気に入りました。毎日3つ聖堂まで届けなさい、ヨラ犬。」

「うちの料理は持ち出せへんから。それは神様にお祈りしといて。


 ほな、楽士さんたちには無難にクリーム味を出しとくか。いまは おでん食べさせてるから、もっと後でね。おでんといえば、エルフのアキベさんは来なんだね。」


「たくさん情報代の生活費を払っちゃったからね。って言っても、人の1日と同じ時間を生きてるのかもわからない人たちだから、なんとも言えないかな。まだ、昨日帰ってから2,3時間のつもりかもしれないよ。」


「さすがに、それは。わからんね。」

「なんぞや。何の話か、わらわに言ってみるとよいですよ?」

「面倒事は避けたい。ステイ。」




 音楽はその後も続いて、楽士たちには実りある(うたげ)になったようだ。

 料理たちも〆のデザートも好評を博し、支払いの段になってルドウィクが顔を青くしていたがファニーちゃんが金貨1枚を握らせ、なにやら大きく面目を施したらしい。


 かくして、マーチンの店での初の貸切宴会は大過なく完了。多少、ドリンクまわりの会計が不明朗だったが気にする者もいない。



「お疲れさん。ファニー…猊下ちゃんも、よう働いてくれた……の、かな?」


「なにか疑問に思うことがありましたか、あぁ、疲れた。」

「そんなに草臥(くたび)れ果てるような労働はさせてへんわ。人聞きの悪い。」


「慣れない仕事は疲れるのよ。それは私だって。マーチン、褒めて☆」


「あのな……いや、今日はええか。期待の3倍は働いてくれた、ありがとう。今から片付けもあるからよろしく。」


「わ、わらわはもう働けませぬよ★」


「片付けって、紙皿とかプラカップ? なんかは、外に放り出せばいいのよ、消えるんだから。」


「そうは、言っても、なぁ……」


「迷うこと、ある? やっちゃうよ、えーい☆」



 ヨランタが、開け放している表の戸から外へ、勢いよくゴミを投げ捨てる。と、それらは今まで持ち出したものの例に漏れず、音も立てず、煙ひとつ上げるでもなしにフッと消えてしまう。

 ゴミ捨ての面倒さ問題、解決! 得意げなヨランタの満面の笑み。

 しかし、その瞬間。


『不遜、不敬、瀆神! 神罰!』


 いつかも聞いた、不思議な声がどこからともなく鳴り響く。同時に、強い風がごうっと吹き抜けた。たまらず、誰もが目をつぶる。

 そして静かになったとき、恐る恐る目を開いたマーチンとファニーの目に、ヨランタの姿はどこにも映らなかった。







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