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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
屋台料理 と よこやま

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(1)


 それなりの人数の貸切宴会が入るのは、こちらの世界でこの店ができてから初めてのことだ。面倒でうんざりするが、それはそれとして嬉しくもあるマーチンであった。

 一方のヨランタは、これに輪をかけて地味な労働とか社会的意義などのことに喜びを感じない性質(タチ)。しかし「頼りになるわぁ」「さすがやねぇ」などと褒めそやされながら単純な仕事をこなすことにはシンプルに楽しんでいる。



「こんな平和で堅実な仕事してても、ある日突然に悪の官吏に目をつけられたり、天災や戦争で焼き払われたら簡単に終わっちゃうのよ。怖くない?」


「そんなこと、一生に何回もあるわけじゃなし。気にしてもしょうがないやん。」

「身軽な仕事がいちばんだと思うなぁ……あ、悪の官吏がやって来たよ。」



「バァーン! わらわのご来店!」


「あれ、表、鍵かけてへんかった?」

カギ開け(განბლოკვა)の魔法っていうのはあるよ。偉い人が覚えるような魔法じゃないけど。それはもう、誇りとか格式の意味で。」


「そんなんがあるのか。この世界の防犯ってどうなってんのん。」

「カギ開けるだけなら手斧のほうが手っ取り早いし。防ぐなら、頑丈な扉と(カンヌキ)そして用心棒。」


「300人記念のご褒美にはそれをねだることにしよ。 …っていうか、バーン!ちゃうわ。キミ、何歳(いくつ)や。」



 派手な導入の後に、ぬうっと入ってきた大主教ファニー猊下ちゃん。冷たい反応は聞かなかったことにして、先にキレて主導権を確保しようとする。


「そなたらは、またわらわを放ったらかして2人でヒソヒソと!」


「何しに来たん。店はまだ開いてへんし、今日は貸し切りなんでダメよ。」

「今日の話ではないぞよ。ヨラ犬から聞いておりましょ。後日、わらわの要件につきあわせる件の打ち合わせです。」




 今日の貸し切りは、ようやく仕事に一区切りついた楽士15人による日本の音楽ツアー。店側では多少の飲食物を用意しておけば問題はなかろう、というライトな集まりだ。

 が、猊下ちゃんが言うのはそれとは別、日にちは未定だが、100人近くで押し寄せて来店300人達成記念イベント強引に発生させて参加しようという計画の話。


「ああ、それね。ちょっと話は必要やと思ってた。」


「話が早くて助かります。100人から参加費を徴収すれば、先日のシノワの弁償もできましょう。」

「おい、お前。…いや、それで?」


「それで、わらわとしては、その有象無象とともに神を待つのでは、わらわまで有象無象の一員みたいに神様から見られてしまう。」

「うん、そうかもな。」


「なので、わらわもそちらに入って、店主殿のお手伝いをしましょう。そうすれば、わらわは観衆ではなく〝使徒たち〟の仲間入りというわけです。」


「キミに何ができんのん。」

「客に、わらわのありがたーい微笑みを授ける。」


「ただの邪魔な置き物やんけ。

 …いや、俺からも提案があってな。ヨランタさんは自分の趣味でメニューにとんかつカレーを決めたらしいが、その場合100人前のご飯をよそってカレーをかける係りをやってもらおうかと。」


「そんなむつかしいことは、できぬ。ヨラ犬がやれば良い。」

「その場合のヨランタさんは、とんかつを切ってトッピングする係りと交通整理。俺はひたすらとんかつを揚げる人。」


「えっ!? 私も?」

「当たり前や。なんで他人事やねん。」


「んんーっ…」「んぅーー…」


「イヤか。イヤやろ。絶対大変やねん。そこで、別案。

 案①、台湾ジーパイ。鶏の大判唐揚げを1枚、紙袋に入れて手渡しするだけ。俺は揚げるだけ。

 案②、今川焼、ニチレイの。これも紙袋に入れて手渡しするだけ。俺は解凍したのをひたすら焼く。

 案③、焼きそば。ヨランタさんはパックに詰めて、猊下ちゃんが渡す。俺はただただ作る。

 案④、おでん。しかしこれは俺がもう今日で飽きるから無し。」


「どれも知らないので判断つきませぬ。」

「せやろね。なので、今晩 楽士15人が来るんで予行演習にする。猊下ちゃんも参加な。逃げたら100人の会は中止やぞ。ヨランタさんも。」


「そんな、ひどい! …でも、まぁ、15人くらいなら?」

「フフフ、マーチンの助手たる私が難しい仕事はやってあげるから、ファニーちゃんは子供でもできる簡単な仕事だけやればいいよ。」

「犬ッ、むかつく!」




「マスター! 今日はまず明るいポップスから頼む! で、オールディーズとかクラシックとかやって、最後にしっとりした曲ね!」


 夕刻、男女の楽士たちがどやどやと入ってくる。4人がけテーブル席に6人、カウンターに椅子を増やして9人。普段がカウンター席をゆったり取っているせいもあるが、滅多にないみっちり具合になった。

 が、入ってきた客たちはギョッと目を見開いて立ち尽くすことになる。


「どうもー、店員のファニーでぇす★」


「酒よりメシより、まず音楽か。堂に入ったもんやね。

 で、今日のメシは手軽につまめるものということで屋台スタイルのものにしておる。器もそれに合わせてラフな感じやけど、ええよね。」


「あ、…あぁ、オレらも盛り上がったら暴れかねないからな。むしろありがたいかも知れん……聞いた話だが狂狼殿が、屋敷も建てられそうな高級シノワ皿を振り回して冒険者の頭蓋もろとも叩き割ったとか?」


「それは、俺のいないところで行なわれたから。…猊下ちゃん、そうなん?」

「ノーコメント★」


「それで、猊下は、一体?……」

「ノー★コメント!」



 楽士たちの戸惑いの空気感、その只中にシャラシャラと令和最新のヒットソングが流れ出した。

 彼らの大主教、概念的にはまさに雲の上の人が割烹着姿でそこにいることに対する困惑のざわめきから、張り詰めた音楽への讃嘆の沈黙へと、場の雰囲気が変わる。

 ファニーとヨランタは〝キッチンに入るなら〟と、当座の制服として割烹着を支給されていた。ファニーの着ているのはヨランタの予備のものだったのですこし小さいが、もともとフリーサイズのものなので違和感は少ない。

 2人とも似合っているとは言い難いものの、雰囲気は悪くない。


 客の当惑を裂いて、ポンポンと景気の良い音が()ぜる。

 しーっ。と、15人の楽士たちが肩を寄せ合いながら一斉に眉をひそめて〝静粛に、〟の仕草をとるが、そんな大層な音楽とちゃうわい。マーチンは相手にする風もない。



「とりあえず突き出し、ポップコーン。紙コップに入れていくから猊下ちゃん、配膳してきて。ヨランタさん、酒をプラカップに半合ずつ入れてくんで、おんなじようにお願い。」


「わらわは今はそなたの使用人なので、ファニーちゃんと呼ぶが良いぞよ。」

「その心がけなら、言葉遣いからなんとかしよし。」


「わぁマーチン、お酒、半合ずつでも15人ったら相当の量だねぇ。」

「うん。100人ともなれば缶ビール勝手に持ってけ体制にせんならんやろな。上等の日本酒は量的に無理やわ。


 …キミら。えー、とりあえず前菜代わりにポップコーン・塩バター味。曲聴きながら喋りながら適当につまむためのお菓子なんで、そんな張り詰めんと、どうぞ。


 お酒は、〝よこやま 1814〟。この間ルドウィク君には北の離島の佐渡ヶ島の酒〝雅楽代〟を飲んでもらったけど、今度はそれつながりで西の果ての離島・壱岐の島の酒。

 新しい銘柄やし数も作ってないから、知名度は まだこれから。でも今風のフルーティー系で、生酒やからちょいキツめのキレイなお酒よ。ポップコーンと合わせたことは俺もないけど、白ワインに合うものには何でも合うから、おかしくはないやろ。

 まずは乾杯用に。おかわりは同じものでも、ビールでもお茶でも甘いジュースでもええんで、じゃ、ごゆっくり。」



 突き出しと酒が皆に行き渡って、曲の切れ目になったところで声を抑えた乾杯が交わされ、すぐさま次の曲が流れ出して満員の席が静まり返る。

 ファニーちゃんが声を抑えもせず「キモイ」と発した声が不思議なほど響き渡るが、これには誰も反応しない。一応、楽士たちがヒソヒソと音楽理論を話し合う声も無くはない、そのなかに突如、ジュワワと鶏が揚がる音が立ち上がって、同時に暴力的なスパイスの香りも広がっていく。


大鶏排(ダージーパイ)やなくて、普通の唐揚げを紙コップに入れて楊枝で食べるカタチでも良かったんやけどね。こっちのほうが薄く伸ばすぶん揚げ時間も短いし二度揚げとかいらんし? 胸肉なんでコストがちょっと安いし。1人1枚 包み紙から手ぇで食べさすぶんキミらの作業も軽いし。

 唐揚げと比べると、醤油味醂味でふっくらジューシー対、スパイス味で衣がキャッサバ(タピオカ)粉でザクザクするのが違いかな。ものによってはチキン煎餅と呼べるくらい薄く伸ばしたりもする。それで言えば、唐揚げの衣ブ厚いのはチキンドーナッツと呼んでもいいかな。


 さ、言うてる間ぁに揚がるわ。おーい、第一弾、ファニーちゃんのスマイル付き手渡しで、欲しいやつから並ぶがいい。ヨランタさんは酒の注文とってきて。」







(割烹着まわりの描写を追加しました・5/13)




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