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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
幻のとんかつととんぺい焼き と 乾坤一

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(2)


 店主の夜食になるという、下げられた茄子の小鉢をいくつか盗んで座敷に戻る。背にポテチと安焼酎で盛り上がる歓声を受けながら。

 野郎どもはアレでいいけれど、私まであのレベルで扱われては人生の損失だからマーチンがやる気をなくしてしまわないようにフォローしてあげなきゃいけない。まあ、野菜の煮物を褒めてあげればあの人はゴキゲンでしょう。


 さて、気を取り直して酒をひと口。今日は忙しいからか、酒器の指定はナシでガラスのポットとおチョコで出てきた。

 ガラスもなかなか見事なものでキレイだけど、こう出されるとすごく味気なく感じる。時間がないときほどキッチリしてほしいところだ。優れた技術も、軽んじられた感を受けてしまうと台無し。これは回復魔法にも通じるところだ。私も気をつけよう。



 お酒・乾坤一(ケンコンイチ)は口に含むと、大輪の花が弾けるように咲くような、舌から脳にピリッと震えが走って、それからゆっくり全身に穏やかにしびれが降りてくるような。

 甘酸っぱく豊かな味わいと香りが問答無用で押し寄せてくる。

 上品なお酒はスッと体に染みて、それから脳の奥で静かに仄々(ほのほの)と杏の花が咲いていくような感覚があって好きだが、これは下品というわけではないけれど、力強い。たしかに麻婆茄子にも負けていない。乱暴だったり粘ったりな感じはなくて、透き通る濃厚さ。


 これだけ違う表現があって、しかもどれも見事に旨い。お酒の奥の深さを思うと、これにも作り手の魂的なものの最も澄んだ部分が反映されているんだろう。作り手は戦士であるまいが、それに似た誇り高さが伺える。



 軽くお酒が回ってフワフワする頭で、同席の大男3人を眺める。

 このパーティーには彼らとほぼ同サイズの大女も1人いるが、外にいい男をつくって、このところ付き合いが悪いと言う。その女含めて、私がこの町にたどり着いて回復職冒険者(ヒーラー)を始めて、はじめからの付き合いだ。


 魔都のヒーラーは3種類ある。正ヒーラー、野良ヒーラー、(ヤミ)ヒーラーだ。

 法的に独占権をもつ聖堂に所属し「奇跡の技」の触れ込みで治療に当たる正ヒーラー、月額を聖堂に支払うことで名目上の許可を得て活動する野良ヒーラー、無所属のまま独学の才能で勝手に治療活動を行って不浄の金品をせしめる闇ヒーラー。ヨランタは「闇」だ。



 闇ヒーラーは正規に見つかれば死なない範囲でのリンチを受けたうえ身ぐるみを剥がされて反省をうながされる立場だが、見つからなければ収入は悪くない。ただし、こういう事情なので貯蓄という発想は持たない。だからこういう店で散財もする。

 そうやって各所のお得意様になったり新人を格安で治療して恩を売るなどして人脈をつくって闇活動をするのだ。その効果があるから、ヘマをしたのはまだ2度しかない。


 彼らとも、お互い新人同士のときに夕食代で瀕死の重傷を治療してあげたことで得た信頼から3年。すっかり中堅冒険者との評価を得た彼らと持ちつ持たれつ、今ではすっかりヨランタが彼らに寄りかかっている状況だ。

 ヨランタは個人の戦闘力が弱いので、術の強力さ、冒険の経験豊富なことから「駆け出し」は卒業しているとされながらも、マッシヴ至上主義な周囲からの認識は「一人前」未満の「中習い」レベルに留まっている。

 それでも、正規治療の3分の1から半額の料金を1人で総取りなので悠々と暮らせる。これ以上に安くすると別の闇ヒーラーから襲撃される危険もある。幸い、ヨランタにその経験はない。



 目の前の男たちは、そんな辛いばかりの日常のなかでささやかな喜びを共にしてきた顔ぶれだ。旨いものを共に旨いと喜びあいたい情もあれば、無理なものは無理と切り捨てる割り切った気持ちもある。

 特に、食に関しては体のサイズも運動量も違うのだから単純な相互理解は一番難しいジャンルだ。


 軽い溜め息をついて、もうひと口の酒を啜る。

 そこに、「ハイお待っとぉさん。こちら、とんぺい焼きね。」

 ボソッとささやきながら、マーチンが料理を運んできた。


 伊賀焼のザラッとした黒い角皿に盛られた卵焼き。に、(いと)しのとんかつソースとマヨネーズがかけられている。

 申し訳ないけど、こだわりの器の味わいに想いを馳せる余裕は今の私には無い。ガラスの酒器には文句が出たけど、今はそれ以上に余裕がなくなった。ソースの香りとマヨの夢幻的な視覚効果が、酩酊しかけた頭を容赦なくしびれさせる。


 若干、暇になりつつあった店主が料理の説明をする。

「炒めた薄切りの豚バラとキャベツの繊切りをいっしょに卵でくるんだもんや。とんかつとあんまり差はないけど、パン粉で揚げてないだけヘルシーやろ?」



 “ヘルシー” という謎の概念に心当たりはないが、美味しくないはずがない見た目の料理だ。鮮やかな黄色は贅沢品の卵、恋い焦がれたとんかつソースの赤褐色、マヨの白、アオノリという独特の匂いをもつ謎の香草の緑も鮮やかでよだれが湧き出て止まらない。肉専門の男たちも身を乗り出している。


 お箸で割ると、内側が半熟の卵がトロリと流れ出し、顔を出した肉とキャベツに絡まる。キャベツは軽く炒めて豚バラの脂が絡んだものが卵のなかで蒸されてしんなりとしたもので、野菜の甘い香気がスパイスの香りと混然となりながら放たれる。


 豚肉は言うに及ばず、無敵だ。この店に通い始めた頃は「肉になった動物の、あの雄大な躰をこんなに細切れにするなんて命への冒涜だ」などと言って店主を困らせたものだが、あの頃は肉を食べることを硬さと臭さを我慢して肉体をつくるため口にする修行の一種のように考えていた。

 食べるなら、おいしい方が良いに決まっている。自分だってモンスターに喰われるなら喰い散らかされるよりキレイに完食されたい。こんな単純なことも、文化と思い込みが絡むと忘れがちになってしまう。



 それはそうとして、とんぺい焼きだ。とろとろの卵がしたたる塊をお箸で切り分け、つまみ上げ、口に運ぶ。玉子に巻かれた肉で野菜を巻き取って、ひと口に。

 肉専門の男たちも「おぉ…」とぽっかり口を開け、息を漏らしながらその様子を見守る。

 もぐ、むぐ、シャリッ、じゅわっ、むふん♡

 ゴクリと呑み込んで、その芳香が消えないうちにお酒を迎える。キリッと冷えた透明の爆発物が口中に花を咲かせる。

「~~~ッ♡」


「うおぉ、たまらん! 店主、俺にも同じものをくれ!」「俺もだ!」「俺も! それから酒!」

「戦士が草なんか食べたらゲンが悪いかもよ?」

「「「知ったことか!」」」


 声を揃えた男たちが、私が食べたかったとんかつだけでなく他のものにも猛然と食指を伸ばしだす。困る。



 農民は草を食べる、ゆえに民草という。戦士は肉を食べるものだ。と、俗に言われている。もちろんそればっかりではない大雑把な格言だ。が、この料理はその両方をタマゴで(くる)んでいる。

 タマゴは、殻に守られ、親に守られ、巣に隠される、大切だが弱いものだ。人なら、子供や未熟者の例えになる。ひよっ子ともいう。それが外側に出て、何を守り包もうというのか。


 私はタマゴからは脱していると自任しているが舐められがちで、イッパシの冒険者と認めようとしない者が居るのも確かだ。もともとヒーラーはよほどの大男でもない限りその辺の認識が微妙な職種でもある。

 でも、いいじゃないか。タマゴがいないクランなんて、その代限りも維持できずに数年保たずに消え去る運命だ。その意味でタマゴが集団を守っているとも言い換えられる。


 守り守られはトロリと表裏一体、ああ、良い味だ。

 この世界すべての縮図を味わう至福、法悦。



 周囲の喧騒はますます深い。マーチンが小馬鹿にしていたガブガブくんのでっかいボトルが3つ、男たちが奪い合って宙を舞う。しぶきがかかる。鷲掴みされるスルメやカラムーチョが狭い店中に散乱する。


「コラー!」

 店主の怒号に私も乗っかる。「コラー! そういう店じゃないんだよ、失せやがれ!」


 同席の冒険者たちも乗っかって、いつにない大騒ぎは朝日が昇るまで止むことがなかった。





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