挿話 木の芽煮の朝食(1)
聖堂騎士イザベッラが初鰹を堪能して1人で酔い潰れ、ヨランタは他所で面倒な客の相手をして心をすり減らしながら帰ってきた、その夜更けのこと。
「ヨランタさんの寝床に酔い潰れたイボンヌを寝させてんねんけど、その世話をお願い。」
「えッ!? なんで?」
「いや、俺、明日は早朝から用事があって外出するつもりやってん。イザベッラさんを泊めたまま出られへんから用事を諦めるしか無いかなぁ思ってたんやけど、頼れるヨランタさんに甘えさせてもらえるんやったらすごーく助かるなぁ思って。」
「なるほど、これが、都合のいい女。…とんかつカレーのお願いは聞いてもらえるのよね!」
「うむ、ヨランタさんには特別にげんこつのようなお肉の豚角煮カツカレーにしてあげよう。アレはすごいよ。そのための買い物も兼ねなアカンしな。」
「うひっ☆ …わかったよ。わかったけどさ。お世話って、何をすればいいの?」
「そうさな、まず生きてるかの確認。朝起きたら、風呂の説明。朝食の用意。送り出してから表の鍵を閉めること。それくらいかな。」
「朝食の用意を、私が? や、ムリだって。」
「なんでよ。おかずは冷蔵庫にいくつかあるし、味噌汁くらい作ってあげて、保温のご飯よそって、それだけ。
その、おかずやけど。」
「うん。」
「こっちのお鉢には、淡路の新玉ねぎの小アジ南蛮漬け。もう1つは旬のひじきと大豆の煮物。これを小皿にちょっとずつ、それとご飯のお供・鞍馬の〝木の芽煮〟これは豆皿にちょこっと。もうちょっと欲しかったら玉子焼き作ってくれてもいい。OK?」
「おいしそう。アジ、いま食べていい?」
「ダメ。太るよ?
…じゃ、味噌汁のつくり方を教えてあげよう。」
*
イボンヌの面倒を見るのは気が重いけど、ひと仕事任された高揚感に免じて許してあげよう。むしろ、ちょっと楽しみになってきた。
なんて思いながら寝床の物置部屋に入るヨランタ。中では、イザベッラが行儀よく寝ている。もっと、だらしない寝相で大いびきでもかいていれば面白かったのに、面白みのない女だこと。
まずは、ちゃんと息をしていることを確認して、最初の任務遂行。
夜の寒さはずいぶん和らいでいるので、敷布団と掛毛布だけでもヤツは寝られているようだ。仕方なく、掛け布団と敷毛布にくるまってヨランタも眠りにつく。やっぱりちょっと寒くて、呪わしい。
ところで僧房の朝は早い。騎士であっても真面目な聖堂騎士なら、夜明けどころか、夜空が青みを帯びて雀が鳴きだすよりも前から起き出して、しっかり目を覚ましてから朝の祈りの準備を始めることになっている。
その習慣通りの時間に起床するイザベッラによって、ヨランタも怒鳴り起こされることになる。
「ここはどこだ!いったい…まさか拐かしか? ハっ!そこにいるのはヨランタ!、貴様、何をした、起きろ!」
「…ゔぅー、…。。…うるさ…イボンヌ? 早いよ、まだ夜、うにゃ、むを、(ゆさぶられている)
おぅー。イボンヌは、昨日お店で酔い潰れちゃったので、店の奥の私の寝床に運ばれて、私の敷布団を占領して寝てたんだよ。宿泊料は払ってよね。」
「おぉ?あ! そうだったのか。それは申し訳なかったな。すぐ帰るから、許せよ。」
「あぅー、ダメダメ、私、マーチンからあなたの面倒を見るよう申し付けられてるから。お風呂と着っぱなしの服の洗濯と朝食までは世話を焼かせてもらうよ。」
「風呂に、洗濯だと? お前は、マーチン殿の下女だったのか?」
「なにを、人聞きの悪い。ニホンパワーの道具で指先ひとつだから下女が必要なほどの労働じゃないよ。まさか、マーチンの仕事を飯炊きの下男とか言うまいね。」
「厨房の長は執事に次いで貴族当主に直言できる立派な職だともさ。そうまで言うなら世話になろう、案内を。」
*
「おい、ヨランタ。服の洗濯が終わっていないのではないか?」
「早い、早いよ。ちゃんと体洗ったの?まだ汚いんじゃない?私はいっつもお風呂から上がるころに乾燥まで終わるんだけど。
…イボンヌあなた裸じゃないの。残り時間、あと30…しょうがないからこのテーブルクロスでも巻いてなさい。」
イザベッラは15分ほどで入浴を済ませて、貴族らしく世話されることを当然の顔で、薄く湯気を身にまとうだけの上気した裸身を堂々と晒してる。
人間、縦に長いだけでこうも姿形がちがうものか。体の半分以上が足だぞ。肩幅が広くて筋肉が冒険者仲間レベルだけど贅肉は無くて、いかついけど女性美を主張できるほどにはちちしりふとももを装備している。ムダ毛も一切なしのツルツルだ。これが、天然のフィジカルエリート。
「あまりジロジロ見るな。布があるならさっさと渡せ。」
「あ、騒がしくしてたからマーチンが起きてきた音がする。まだ出てなかったんだ。ちょうどいいからご自慢のボディを見てもらいなよ。」
「み、ふざけるな、さっさと渡せ!…おい、丈が足りんぞ、どうにかしろ!」
「私にはそれでちょうど良かったんだよ。大丈夫、絶対の部位は隠れてるから。あ、おはようマーチン。」
「まーだ朝とも言えんのに、元気やな。6時出発のはずが4時前に起こされてしもたわ。坊さんの早朝概念は外国でも一味違うの……そのイザベッラさんは?」
「洗濯乾燥が終わってないからお風呂場に隠れた。いま押しかければゴージャスな裸が見れるよ。」
「俺は元気ちゃうねん。それにキミの恰好もタイガイやで。」
「パジャマの上だけ。ボタンは下2つだけ。これなら私でも、あのセクシーに対抗できるでしょ。」
「元気ないって言ってるやろ……あー、起きてしもたさかい、朝飯の用意するわ。予定がくるくる狂ってかなわんね。」
「待って。そこは予定通り、私がやる。いいでしょ☆」
「あ、そやった。ええけど、せやね。朝飯くらい当番制にしてもええのかな。」
「当番に登板! まかせて!」
「わ、私も!」
「なんや、イザベッラさん。お、セクシー。」
「じょ、冗談はよしてくれ。そうでなくて、ヨランタばかり、ズルい!
ヨランタは、家族でも愛人でもない、ただの下宿人なのだろう?なら、私もここに住みたい! なぁ、いいだろう? 宿泊料はいくらだ、なにをすればいい?」
「うーん、すまんけど毎朝3時起きの下宿人は断る。」
「そんな!…朝に体を動かしてからのお祈りは良いものだぞ、マーチン殿も一度やってみたらいい、心が豊かになるから。その後で寝直せばいい。ヨランタは、聖女になるのならこれは避けられないぞ。一緒にやろう!」
「それは、あの猊下ちゃんも?」
「彼女は毎日昼まで寝ている。本当にアイツはダメだ。」
「アレで天罰が当たらないなら、それでいいんだよ。イボンヌも堕落しなよ。」
「わかっていて堕落させられるものか。とりあえずマーチン殿、なにか着るものを貸していただけまいか。」
「ゆうて、俺よりキミのがデカいしなぁ。ジャージは持ってへんけど、Tシャツに甚平なら大丈夫か。じゃあ、持ってくるからヨランタさんもちゃんと服着て、朝飯の準備ね。」
「あ、ありがとう、頼む。」
「はーい、がんばる!」




