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庭園は広々として秩序よく、石畳と花壇、噴水の池の区画が四角四角で造られている。
西の空は夕焼けの赤、東の空は紫に暮れて大きな月が浮かび始め、地上には魔導灯の光が煌々と光って色彩豊かな花たちの姿を浮かび上がらせる。北には聖殿の豪壮な建物が積み重なるように立ち並び、その南側にこの庭園がキラキラと輝く。
「魔都は忌々しいが、魔導灯を使い放題に使えるのだけはけっこうなものです。どうです、店主殿にヨラ犬。美しい庭でしょう。」
文化の違いに難しい顔をしているマーチン、妙にしおらしくしているヨランタに構わず、自慢気にニヤついているファニー大主教猊下ちゃん。連れてこられた冒険者たちは緊張しながらも花にも庭にも興味がなく、所在なさげだ。
皆が集まっている四阿は、四阿というより一室と呼べる広さと調度があるスペース。だが、いまは壁も屋根も取り払っていて、開放感ある庭園の宴席となって、残っている柱には魔導灯を取り付けて、この周辺を明るく照らす。
中央のテーブルには料理と酒が色とりどりに並べられていて、花より団子とばかりに猊下ちゃんが真っ先につまみ始めた。
「この三色団子は美しいな、店主殿。味は無いが。」
「猊下ちゃん、こういうのは自然な素材の味っていうんだよ。」
「いや、姿と色だけ気にして、味を忘れてた。砂糖と塩が少量の蒸し団子やから、食えなくはないけどそれだけやな。緑のだけはニガヨモギの風味がある。赤は、ベニバナ染料で薄オレンジになってしもたな。…ま、この庭に桜はないから、ええか。」
冒険者たちは恐る恐る、だがちゃっかりと肉に手を伸ばしている。他は、マーチン持参の花見団子をまず品評。
こちら世界の材料で作った料理なら、缶詰でなくても、店で調理したものでも、外に持ち出せることが判明したのは大きな一歩。それ以上に一発勝負でじゅうぶん上手くできたことに一安心。もともと花見団子の味なんてほんのり甘いだけだ。
ヨランタは、せっかくのフォローを却下されたものの、素朴な甘さを探りながら味わうことはもともと好きだ。猊下ちゃんが用意してくれていた上等の砂糖漬けなどは昔なら目の色を変えていたところだが、最近では穏やかな甘さも派手な甘さもどちらでも嬉しい。
レナータやジグムントが派手な甘味に夢中でがっついているのを横目に、ちょっと余裕を見せて、ユリアンに担いでこさせた缶の日本酒を開ける。
*
〝十石〟は酒どころ伏見の100年以上前の蔵で2年前から作られている、古くも最新の酒だ、とマーチンは言う。
とても澄明な、きれいなお酒だ。もっちりした食べ物のあとにも、濃いものも、軽いもののあとにも後味をスッと流して豊かな余韻だけを残してくれる。つい、次の食べ物に手が自然に伸びてしまうのも、やむなし。
こういう席なので、缶に直接口をつけて飲んでいる。唇に当たる冷たさは爽やかだが、ちょっと金気を感じるのが良し悪しの判断に迷うところ。でも、手軽な雰囲気はいいね! ヨランタもゴキゲン。
ちなみに料理を入れた弁当箱は、市場に買い出しのときにそれなりの値段で仕入れた宝箱みたいなもの。厚ぼったくて重たげで、こればかりは猊下ちゃんの持ち物が優れている。どこで買えるのか、後で聞こうと決意するマーチンだった。
「美しいものといえば、そう! 店主殿、わらわは花を所望しておった。どんな花をくれるのかや?」
「うむ、持ってきた。が、この庭の雰囲気には合わんな。あー、チェザレさんの、その包み。
コンパクトに切り詰めたけど、桜の苗木。神代曙桜という。染井吉野よりちょっと花期が早いから、お彼岸前でもポツポツ咲き始めてるな、ちょうど良かった。」
マーチンが持ち出したのは、鉢植え。
「店主殿よ、そなた、女に花を贈れと言われて、切り花の花束でなく、苗木を持ってくるということがありますものか。ヨラ犬、ちゃんとこの男に女心を教えておけ。」
「言ったさ。言ったよ、でも〝余計な意味がつかないように庭木を一本進呈の形にする〟ってことなら、それもそうかなって。」
男としてはその他に、わかりやすく華やかなものを渡したらヨランタが後でうるさそうだから、というのもあった。
ところで、店からこちらの世界に物品の持ち出しは基本、できないようになっている。ヨランタは最初その点を心配したものだが、マーチンに言わせれば「人間が行き来できて植物が行き来できない理由はないな。同じ生き物なんやから」であるらしい。決めるのは神だが、こういうことは案外、気合で決まる。
そういうことで、実は事前に桜の苗木を仕入れていて、もうすこし育ててから店の表に街路樹として勝手に植えるか、無理なら坪庭に植えるかしよう。と確保していたものがあったのだ。今回、急な話に都合よく苗木があったこともあって、持ち出すことにした。
桜の品種の神代曙は、染井吉野の後継として期待されている種類で、比べると病気に強く、花のピンク味が強い特色がある。
マーチンの好みは昔ながらの山桜だが、せっかく異世界に日本の桜を咲かすならわかりやすいものがいい。それならむしろ、うらぶれた街角より最高の庭園で、ちゃんとした庭師に世話される方がいい。そういうセレクトだ。
「日本では、風光明媚な立地にこの木を森になるほど育てて増やして、空を覆うほどの花の下で酒を飲んで愛でるのが春の風物詩なんよ。
この庭は背の高い木が無いから、違ったかな。どっかええところを見繕って植えてね。増やすときは種からじゃなく挿し木で。人手が必要なら、彼ら冒険者もいるし。」
苗木を見た大主教は、はじめ不満顔だったが見ているうちに考えが変わったらしく、急に笑顔になる。
「よく見れば可愛らしい花ではないですか。なんと、店主殿のお郷では庭に森を作る、と? で、この花をわんさと。それは良い、とても良い。ふむ。まずは大事に育てて、王都に戻れたら森の庭を案じてみよう。」
仕草ばかりは品よく、ちらほら咲きの枝ぶりを愛でる。その横顔にはさすが貴人らしい格調高さが伺えた。が、それも束の間。再び、妙にパッチリした目をいたずらっぽく光らせてマーチンに問う。
*
「……ところで、そのごっつい者どもは、店員ではなく冒険者だったか。そういえば、先日に見かけた者もおるな。どれ、名乗ってみよ。」
「あぁ、そうそう、自己紹介、要るな。彼らはヨランタさんがイザベッラに捕まったときに、救出して猊下ちゃんの病を治させる算段をつけた実行部隊なんで、あなたの健康の恩人でもある。お褒めの言葉でも呉れてやればいいよ。
…えーっと、そっちから。」
「あー、俺は、冒険者パーティー〝アポスタータ〟のリーダー、フラーヴィス=ユリアン。戦士だ。」
「アタシは、レナータ。オルネタのレナータ、戦士さ。よろしく。」
「俺は、グディニアのジグムント。ジグ、って呼ばれてる。弓や槍もこなす戦士をやってる。交渉事は俺が主に仕切ってるんで、依頼があったらよろしくな。」
「オイラは、ツェザリ、って呼ばれてる。名は、テオの息子・ルイ。まぁ、覚えてくれなくていいよ。斥候や諜報もできるが、あくまで戦士!だな。」
「そういえばキミら、4人いて皆んな戦士か。バランス悪くない?」
「冒険者の10の内9は戦士だぜ? あとは、戦えないような子供と年寄り、0.1くらいで専門の魔法使い。」
「わからん同調圧力やな。」
「信用できんレベルのヒネクレ者を命がけのメンバーに入れない知恵ではあるんだよ。で、そういうことなんですが、猊下ちゃん様。」
「うむ、気に入った! 我が暴力装置たちよ! ならば、諸君らには内々に準騎士の位を授けよう。公に名乗るには自腹でやる叙勲式などの手続きとカネが要るから、とりあえずは妾が認める名誉爵位ということで受け取っておくれ。
さ、まずはフラーヴィス=ユリアンから。わらわに剣を捧げるがいい★」
「は……ハハッ、我等アポスタータ、御前のお役に立つべく、労を厭いませぬ!」
あれっ、思ってた展開と違う。ヨランタとマーチンはぱちくり、目を見交わす。
期待していたのは宴会の余興みたいなもので、「冒険者は自由さ、権力には縛られないぜ!」とか言わせて、猊下ちゃんが目をパチクリする、みたいなのを見たかったのだ。
「冒険者なんて、あと5年10年無事に続けられる仕事じゃないからな。よくわからんが、宮仕えの取っ掛かりになるなら、こんなにいい話はねぇ。感謝するぜ大将!」
猊下ちゃん改め〝御前ちゃん〟に剣を捧げて、戻ってきたユリアンがマーチンの肩をバシンと叩く。この辺の男の子は皆、子供時代の騎士ごっこで剣の誓いは常識として学んでいる。それをやってみたかっただけじゃないのか。ヨランタは皮肉に思わないでもなかったが、目的が不純であれ、喜ばれるなら結構なことだ。
に、しても世知辛い。その上にも堅実派らしく夢がない。冒険者ってそんなものだろうか?
持参した酒は飲み尽くし、かつてない上機嫌の御前ちゃんが持ち出してくれたワイン樽も飲み干す勢いで宴は続く。
「大将、料理を追加してくれよ!」
「俺の店やないし。あっちに頼んで。」
「いやいや店主殿、あの黄色い肉と赤いリボンみたいな練り物?は絶品であった。ウチの料理人にも教えてやってくれ★」
「うーん、いちおう営業用にカレー粉缶を1つ持ってきてるけど。…じゃあ、厨房に案内願おうか。取引交渉人はヨランタさんのお仕事やから、一緒に来てね。」
「ぬぬ、ヨラ犬は聖女としてわらわ付きになってもらわねば困る。犬よ、聖女になればあの御殿の一棟とドレス千着の衣装蔵がそなたのものだぞ! 史書に名も残るぞ!」
「えー、マーチン屋のお部屋とご飯がいい。ほら、マーチン、行こっ☆」
「んん、キミは、そうなんね。ほな、行こか。…次の料理は、少々お待ちを。」
(おせちの重箱を普通に持ち出していたミスを修正)




