(2)
翌日は朝から女2人が押しかけてきた。おなじみ、聖堂騎士のイザベッラと、外交使節団のユメだ。
「おや、朝食中でしたかな。これは、出直し…」
「ちょうどいいですね! イザベッラちゃん、私達も軽く、朝ご飯いただいてまいりましょう!」
テーブルに並んだマーチンとヨランタの朝食、たけのこご飯・だし巻き・たけのこのお吸い物、小松菜の浅漬け、を目にしたゆめはこの機会を逃すまいと、帰る気ゼロでどっかりと空いた席につく。
「ユメさんは気心が知れるとどこまでも厚かましくなっていくタイプやね。こいつに弟子入りの悪影響かもしらん。…ご飯とお吸い物はあるけど、玉子焼きは欲しかったら自分で焼いてね。」
「ほら、こういうことを言う。ねぇ、イボンヌもユメさんも、この人はおすすめできないよ?」
マーチンとヨランタは眉も動かさず慣れた様子で憎まれ口を叩くが、
「人は悪いことばかりに染まるものなのよ。」
「そう思うならなぜヨランタは入り浸ってるんだ。お前こそ出ていけ、とマーチン殿は言っておられるのではないか。」
2人も動じる様子もなく淡々としたもの。
「それもあるが、キミ、ホンマにイザベラさんか。いやーぁ…変わるもんやね。」
「可笑しいか。可笑しいだろう。笑え。」
席につかずに微妙にモジモジしていたイザベッラは、ゆめの予告通り、銀細工の革鎧の代わりに薄紅色のフリルふりふり服、いつもの引っ詰め髪もほどいてふわふわヘアを背に流したスタイル。
「いや? ファッションのことなら、趣味よくまとまって似合ってると思うよ? 怖くなくてとても良いと思います。かわいい。な、ヨランタさん。」
「なぜ私に聞く。マーチンはぼんやりした顔で相手を油断させてから急に口説きだすの、やめるべきだと思う。」
「そういうのはハイハイ言うてたらええねん、変に我を張るのがキミのアカンとこやね。」
「嘘は良くない! イボンヌに似合うのは血染めのボンデージ! 」
「マニアックな異世界の住人やな。」
「そこっ! 話を逸らさないっ! マーチンさんは視察同行の準備、急いで!」
大人しく玉子焼きを作っていたゆめがキッチンからありあわせのエプロン着用で振り向きざまに怒鳴るオカンぶりは堂に入っていて、ボンクラどもはつい首をすくめて黙ってしまう。
「じゃ、俺は外出着に着替えてくるから。」
「あ、マーチン! ご飯のおかわりを!」「自分でやれ!」
*
そうして、マーチンと聖堂の2人は出かけていっちゃった。
残された私だけど、素直にヤツらを認めているわけではないし、たとえ外に出られないにしても手出しができないと思われてるなら心外だ。
実はつい最近、新しい魔法を覚えたんだワン。
そう、例の大主教ちゃんと呪術をバチバチ交わした影響で、彼女と精神的な通路ができてしまっていて、ちょっとした通信ができるようになっているんだ。名付けて、呪術回線。
いつもなら、呪術を交わした術者たちの先にあるものは呪い殺す以外にあるはずもなかったから、もし生き残ればこういうこともあることに気付かなかった。でも、こうやってこうなったのだから、この結果は利用させてもらう。
(ファニー大主教ちゃん、イザベッラのヤツが面白いことしてるよ、見逃したらつまらないよ!)
(なに! 最前からわらわを除け者にしておると思ったら、そんな……何を?)
(ヤツが女装してマーチンと市場デート。)
(情報提供に感謝。指さして嗤いに行ってやろう。)
……むふ、刺客を送ることに成功。
べつに、イボンヌめが大勝利してしまうルートなど想像もできないけど、私の予感なんて当てにならない。今回は敵側の軍師に元日本人のユメがついてるから、油断できないぞ。潰しておくに限る。
それはそうと、やるべきことが終わったら私は暇になる。
音楽のかけ方は教わっているので、適当に何か流して、カウンター席のテーブルにゴロリと寝っ転がってリラックス。これも、普段はできないことだね。
ぐるりと部屋を見渡すと、破魔矢の飾りが目に入った。この部屋の神様パワーのせいか、箙の梅は長持ちしたらしいけど、さすがにもう散っちゃった。
今は替わりに白木蓮とまんさくの花の一枝が箙に矢と一緒に刺さってる。
まんさくの黄色い小さな花もかわいらしいし、木蓮、この見事なマグノリアの白いチューリップみたいな花には目が覚める思いがする。1日中だって愛でていられそうだ。
そういえばユメもイボンヌも花は完全にスルーしてたな。こういうのが好きなマーチンおじさんの生き方も、本人の見た目ほど気楽で満たされた感じではないのかもしれない。
彼がニホンで普通に暮らせてたならば、たとえ神に呼ばれたにしても、こっちにずっと居座っていられるのは妙といえば妙だからね。せめて私が、彼の良き理解者でありたいものだね。
*
さて、お留守番にかこつけて仲間を呼んで騒ぐのもいいけど、なんだか無駄にしんみりしちゃったので今日は、花と語らいながら静かに呑もう。
用意してもらってるのは、若竹煮、牛肉と筍を甘辛く煮て卵でとじたやつ、朝のたけのこご飯とお吸い物の残り。お吸い物には別に用意された貝、ハマグリ?を投入して煮立たせても良いって言われてる。
これはごちそうだ。モノのわかってない野郎どもの腹の中に捨てるのはもったいない。
お酒は、櫛羅がまだたくさん残ってる。昨夜の味覚を反芻するように思い出して、思わず口元が緩む。くじらー、と口にすれば海の伝説の巨獣のことだけど、この櫛羅は山の名前だという。
海の巨獣が陸に上がって朽ちて、山になって、芳しいお酒を木々なす元の躰から湧かせて、花々を伝って滴らせる。そんな夢幻的なイメージが、よく冷えた液体になって喉を伝って私の胃の腑に落ちる。
その余韻が残る間に、若竹煮を一口。これも、海のものと山のものとの出会いの料理だという。そう思うと、タケノコは大地の骨、ワカメは海そのものの肉、そんな気もする。
コリッとするタケノコ、クニっとしてトロリともするワカメ、それぞれに独特で、お出汁との相性の良い風味。静かに、ただおいしい。
再び、お酒。あぁ、マグノリアの花もふるふると震えて、テーブルにあぐらで座って飲み食いしている私に笑いかけてくれるみたいだ。
普通の肉とタケノコと玉子の煮物も、濃い味でストレートにおいしい。お肉は、よく知ってる味だ。薄く柔らかいけどしっかり存在感があって、お醤油味に負けないお肉味を叩き込んでくる。タケノコも、濃い味が染みつつも凛としてタケノコ。これならレナータでもおいしい、おいしいって食べただろう。
これらを味わっているうちに、ハマグリの煮えるたまらない匂いも漂ってきた。テーブルから降りて、キッチンに向かって火を止める。フフン、私もいっぱしの料理人みたいだ。
貝とタケノコのお吸い物。かわいらしい二枚貝がパックリ開いて、想像をはるかに超えるおいしそうさ。そうだ、私は牡蠣を食べそびれていたんだ、貝・リベンジ。
汁をすすり、貝の身をつまみ、タケノコもかじる。そしてお汁。さらにお酒。これは、降参だ。もう何も言えない。
こんなにおいしいものが食べられる。最高だね。
かけていた音楽が、ふと耳に入り込んできた。
〽遠い、空から 降ってくるって聞く 幸せってやつが アタイにわかるまで…
「〽私、お酒、やめないわ ♪」
西岡恭蔵の『プカプカ』を都合よく口ずさみながら、行儀悪くテーブルに腰掛けて夢見心地で呑む。いつもより頭の位置と視界が高いだけでもなんだか楽しくなるし、マーチンがいるときには絶対に怒られることをやってること自体、ゾクゾクしてくる。
歌の〝あの娘〟みたいに、私もカッコいい女がいいな。男を、マーチンを手玉に取ってやるみたいな。だったら、これくらいじゃ足りない。もっといい感じの悪事を! なんか、こう、ズキューンとシビレて憧れられるような、悪事を!
私のスキルは回復魔法と呪術しか無いけどね。あとは、例のろくでなし大主教ちゃんとの人脈。そうだ、これを活かせば今までにないすごい悪事を働けるぞ。悪性植物がはびこるみたいに聖堂をワヤワヤにして私が闇の支配者になってやれば、彼も私を見直すに違いない!
*
呪術、というほどではないおまじないレベルの話だが、陰口を言うとか悪巧みをするとかでも、対象の人を呼び寄せる初歩の初歩な術だ。〝噂をすれば影〟とは、まさにこのこと。
カラリ、と戸が開いてマーチンが一人で帰ってきた。まだ夕刻というにも少し早い頃で、完全に油断していたヨランタは酒の勢いで闇の支配者モードのキメポーズを研究中。カッコよ色っぽく部下に指令を飛ばす仕草をイメージしていた。
「何してんの。ひょっとして黒幕ムーヴ? あ、それはそれとして、やってくれた喃。妙な乱入者が寄ってきてウニャウニャやったわ。あー疲れた。」
「うぇっ!? マーチン、おかえり。…むふふ、かわいらしい坊やね☆」
「なにを血迷っとる。机に座るな。立つな。猫とちゃうねんから。ンもう。」
「ちぇ。セクシーポーズにも反応してよね。」
「キミの裸はもう何遍も見た、そういうのは隠しおおすから価値があんねや。俺は疲れ果ててんの。」
高いところから渋々降りたヨランタがマーチンを見上げながら、
「…マーチンにはハゲ治療魔法の必要はまだなさそうね。どうしたら勝てるかしら……タケノコ、まだ残ってるよ。櫛羅は飲んじゃったけど。」
「俺用には別に置いてあるの。酒、飲んでしもたか。お土産のお菓子あるけど、もう腹に入らんやろな。」
「食べる食べる、ありがとー☆ 何があったのか、お土産話もよろしく!」
「自分でわかっとらせんのか。ええけど、俺が酒飲んでからな。」




