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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
外国の客と春の酒

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蕗の薹 と 石鎚(1)


 引き続き、大主教ちゃんがトマトを指先でつつきながら〝花陽浴(はなあび)〟を呑んで、味を探っているのか妙な百面相をしている。

 BGMにはアオバイチコの静かな歌声が流れていて、それを子守唄にするようにヨランタは大主教の太ももの上で猫のようにゴロゴロ音を立てかねない雰囲気で安らいでいる。

 皆、特に言葉もなく、マーチンは暇そうにあまり使ってない皿を磨いている。それなりに上等ものの良い皿だ。


「店主殿。それを見せてくれますまいか。」


「……。」


「…店主殿。それを見せてくれますまいか。」


「懐に仕舞われたり、割られたりしたら嫌やから、ダメ。そこから見るだけなら(かま)へんよ。」


「店主殿は意地悪ですよね。ヨランタにもその調子で意地悪して喜んでいるのでありましょ、かーわいそうに。」


「誰が可愛そうなもんかぃ。…キミらにボコられてから少々幼児退行気味ではあるけど?」


「ハイ、ハイ、どうせわらわが全部悪いですよー!」


「そりゃあ、もちろん。いちばん偉い人がいちばん責任を持って、ええことも悪いことも、いちばんに決まってる。この織部の皿も、職人さんの名はほとんど残ってないけど、織部さんは有名人で、反乱を疑われて自死したし。偉くなんてなるもんやないね。」



「うぅ……店主殿が意地悪なので帰ります。」

「その泥酔者はキミのんやないから、置いてけ。」


「嫌です。店主殿のものでもないでしょう。わらわはこの娘が気に入りました。犬の首輪をつけて紐に繋いで飼いたい…」


「当人に許可を取りなさい、シラフのときに。」


「この子にシラフの時がありまして?〝俺の女は渡さねえぜ〟とか言いたいならそう言いなさいな。大事なものなら大事に扱っておかないと、いつか雑に失われますよ。」


「なにを、急に坊さんくさいことを。持って帰るなら、その割れた皿もってけ。」


「そんな、大きくて重そうなものを? また今度、代金を持って力持ち連れて来ますわ。

 あぁ、そう、言ってました外国の使節ね、なんだか予定より10日ほども早く、明日には到着なさるって。

 すでに予告無理難題を先触れでいくつも寄越されてて、下の者がやたらバタバタしてるせいでわらわもダラダラしにくくて逃げてきたのでありました。ま、そろそろ帰ったほうが良かろうか。では、ね。」



 言うだけ言って、トマトと酒の一合だけでお勘定も気にせず去っていった大主教。マーチンとしては、この世界の貴人のやりたい放題ぶりにに呆れるやら、ある意味で痛快さまで感じるようになってきて、なんとも憎めないのだから美人とは得なものだ。

 結構な年齢ではあるはずなのだが!


「なぁ、ヨランタさん……」


 なんとなく同意を求めてみて、その泥酔者はさっきまで大主教ちゃんの膝にもたれて眠っていたのだが、いまは床に転がされて、相変わらず眠っている。


 かわいい、持ち帰りたいなどといいながらの、この扱い。〝貴人、情を知らず〟とはこういう意味ではないのだが、まさに犬猫扱いだな。そう思って、助け起こそうとしたマーチンはギョッとする。

 酒で赤らんだ頬に、左右3本ずつのヒゲの落書き。おまけに、首筋にはძაღლი(犬)とまで書いてある。よくもまぁ、ここまで正体もなく酔い潰れられたものだ。

 少し早いが、今日はもう店を閉めて寝床に運んでやろう。野生動物が懐いて油断してくれていると思えば、悪い気はしない。



 翌朝。

「わう!…?……ひゃん、ひゃん…」


「ヨランタさんおはよう。朝から小型犬のマネ? かわいいやん。」


「くぅ~ん……」


「まさか、それしか喋れへんようになってんの? まさか例の猊下ちゃんの仕業?どういうアレやねん、あの女。…ひょっとして、その首筋の落書きのせい?」



 昨夜遅くからの雨で薄暗い陰気な朝が、ヨランタの挙動不審でにぎやかに始まった。

 横から見れば、急に話せなくなったヨランタの慌てぶりはなかなか愉快だが、笑ってもいられない。結局はドタバタと30分ほどの対処で〝解呪〟できたのだが。


「笑かしのお茶目、というにはやりすぎやな。出禁にしてやろうか?」


「うぅ。何かもっと、ガツンとした報復をしてやらないと気がすまないね。うん、アレは呪いだ。呪術。なら、呪い返ししてやる。簡単な話だった☆」



「笑って済む程度にしときや、危なっかしい。……ちょっと、ここで何を始める気?」


「それはもう、呪い返しの術ですよ。媒介が足りないから、お互いを知ってるマーチンが見てる視線を利用させてもらうのね。私の人としての尊厳は失うけど、この私が呪われて放置していれば失うものは尊厳じゃすまないからね。目にもの見せてくれるワン。」



 その夜。


「マーチン殿。イザベッラだが。私含めて2人、大丈夫か?」


「あー、はい、どうぞ。テーブル席で?」

「うーん、そうだな、それで。大主教猊下から話が行っていたとは思うが、外国の親善使節団の副使殿が、どうしても今日、と仰られてな。


 ちなみに、昼ごろから猊下がずっと犬になっているのだが、心当たりは?」


「あー、んー、奴が呪術を試して失敗したくさい、ってヨランタさんが言うてたよ。しばらくしたら治るって。彼女自身は今どこか行ってておらんけどね。マズイことでも?」


「マズイこと? 猊下がやるべき仕事がすべて滞っているくらいだ。たいしたことはないな。彼女は生きてさえいれば良いのだ。では、副使イエニーフ殿を通すぞ。外交官だからな、面倒事を起こしてもらっては困るぞ! 本当に、これは、頼むぞ!」


「細かいことは知らん。用もなくこっちから喧嘩は売らん。いつも通りにしかでけへん。面倒な相手なら、俺のほうがキミにとりなしを頼みたいとこやね。」



 ヨランタはどこかに行っている、と言ったマーチンだが、実際は彼女の寝室になっている物置部屋に閉じ込めている。呪い返し、らしいが犬のマネを始めたっきり戻らず、少なくとも夕方ごろにはまだ小型犬状態だったのだ。

 どうやら呪いを返されたあちら側の猊下ちゃんも、同様であるらしい。が、ヨランタは〝お手〟も〝ちんちん〟もマーチンの言うことをよく聞いたが、あっちはどうだろう、洒落にならないことになっているのではないだろうか?


 しかし、ここで余計なことを言うつもりもないマーチンである。

 冷静な振りで構えつつ、新たな客を迎える。が、これには少々驚いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。



「あら、ユメさんやん。何してんの…あ、違う人か。驚いた。」


「いや、私はユメだよ。ユメ・イエニーフ。旧姓ではユメ・イチノヘ。申し訳ないけど、貴殿にはどこかで会ったことが?」


「あー、ちょっと違って。ひょっとして、平成の日本からこっちへ?」


「え!!? あ…あぁ、いや、しかし……」


「イザベッラさんなら気にする必要ないで。な!」


「な!って、マーチン殿…あなた関係のことは判断不可能だからお任せしているが。問題を起こさないようにお願いするぞ。」



 秋頃にヨランタが拾ってきた少女、16歳の頃に別の日本世界からこの世界に迷い込んできてから10年、外見はその頃からほとんど変化がないという不思議なことになっていた、一戸ゆめ。

 彼女はこの先どうするべきか皆で途方に暮れたので、とりあえずマーチンの日本を体験させて、それから判断を委ねようと送り届けてみたところ、そのままこの日本で生活をすることになった、という経緯(いきさつ)がある。


 それからたった数ヶ月ではあるが、今度はその一戸ゆめとほぼ同じ顔で、年齢通りの容姿になった版の、別の一戸ゆめが現われた。それも、外国から来た身分ある役人として。


 さて。と、いうことは彼女こそが令和世界のゆめ本人だろうか? あるいは、また別の日本から来た可能性もある。

 込み入った話なので酒を入れる前に説明すべきか、多少酒を入れてリラックスしてもらった状態で説明すべきか。とにかく、立ち話もよくないのでカウンター席に座ってもらう。



「…そういうことがあったんで。あなたは、こちらには?」


「私も、10年ほど前に。地元の青森で大きな地震があって、地割れに飲み込まれてしまって、気がついたらこの世界で。」


「それは、大変やったね。10年前に青森で地震? 覚えがないなぁ。地震くらい、いつでもあるっちゃぁあるけど。地割れ、ねぇ。」


「私は、親との折り合いも悪かったし、結婚して子供を産むときに日本のことは忘れたつもりだったから……マーチン?さん、は気にしてくれなくていいよ。

 それでも、聖堂合唱団の子らが〝アリューミンの歌〟とかいってマツトーヤ=ユーミンを歌ってたのはビックリしたなぁ。なぜ、アリューミン?…あ、マーチンさんが教えたの?」


「音楽は、ここで鳴らしてるのを楽団の人が聞いて、勝手に何かやってるだけ。え、合唱団で?それは、どうやろ。ええんかいな。

 ま、ここは酒場なんで。日本の味でよければ飲み食いしてってや。

 今日のおすすめの酒は、この展開は予想してなかったもんで〝石鎚(いしづち)〟。四国は愛媛のスペシャルな酒ね。突き出しは春らしく、ふきのとう味噌の冷奴。の、つもりやったけど、苦いの大丈夫?」





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