(1)
朝。
いつもの習慣にはないことだが、玄関先の道の掃除から一日を始めるマーチン。
昨夜の、文明人の理解の範疇にない出来事はなるべく自分一人はかかわらない方向でやり過ごし、渦中の人物たちがひとしきり外で暴れ騒いで満足したあと、大皿に山盛りの揚げ物盛り合わせ(業務用冷凍食品)とビールでとりあえず満足させて追い払うことに成功。
夜が明けてから狂乱の舞台を確認に訪れたのだが、さすが、普段は雰囲気大人な連中だけあって、街に被害は出していなかったもよう。
「あれは酷かったねぇ…」
ヨランタも苦虫を噛む表情で部屋の中から思い返す。
聖堂の連中は自分でもいちおうの回復魔法はできるし、ヨランタさえ居れば、死にさえしなければどこからでも回復できる。という実例を本人が示している。
その勢いをアリ・ボンバイエやペガサス幻想ほか様々に闘志を煽り立てるBGMが盛り上げて、どうしようもない事態に……なるかと思えば変な具合に盛り上がって、意外にパフォーマンス重視のスポーティーな戦いとなった。
結果、奇妙な友情めいたものも生まれた、ような? そういうマッチョセンスはマーチンにはもちろん、ヨランタにも縁遠い。
頬骨と顎骨を砕きあって昏倒した2人が、回復魔法を受けてから固い握手を交わすとか、どういう心の動きだろう。
そこからも、茶々を入れたツェザリに先ほどまで争っていたレナータとカヤの2人がかりで襲いかかる、ユリアンとイザベッラのタイマン、傍観者気取りのジグを交えたバトルロイヤルを経て、エイドリアーンのテーマとともにお開き。
「それはそうと、その音楽のヤツって詳しくはどうなってるの?」
「ほんまに知らん。自動チャンネルにしといたら俺が欲しいような曲を勝手にかけてくれるし、マンマいわゆるアレとは違うみたいな。考えても仕方ないわ。
話変わるけどヨランタさん、その後の件、どうすんの。」
*
冒険者たちと聖堂関係者たちを去らせた直後、ひとりユリアンが戻ってきていた。
「危ない、肝心の用件を忘れるところだった。先に大将には言ってたが、ヨランタ、十日後に偉いさんの往診を一件頼むぜ。
そいつが済んだら、オマエも晴れてお尋ね者卒業の市民だ。ギルド職員の姐さんたちが異様な熱意で手続きしてくれてな。礼を言っとけよ。
…嬉しくなさそうだな?」
「いや、礼は言うよ!? 姐さん方っていったら、ダグマラ・バルバラ・キンガちゃんたち名前だけでも強そうな重量級無敵姉妹でしょ。ありがたいけど、問題はマーチンが解決してくれちゃったっていうか。」
「なんだって!?
…ああ、〝三ツ首狂狼〟が居た理由も聞こうと思ってたんだ。」
物騒なアダ名は、例の聖堂騎士イザベッラのことであるらしい。泣く子も黙る悪党狩りの狂戦士。死を忌む聖堂関係者のなかでは彼女周辺の事故死者・遭難者が抜きん出て多いと恐れられている、らしい。
マーチンは「たまたま奴が野菜と海産物好きやったから餌付けできた、でもああいうのは仕事の上の意向次第でいつでも態度を変えるからヨランタさんは信用しないように。その回復仕事は素直に引き受けとけ。」と他人事のように説明。
微妙に気乗り薄なヨランタ本人をひとまず横において、例の〝聖堂第三勢力を率いる大主教の糖尿を治して恩を売る作戦〟についてユリアンとマーチンで打ち合わせして、やがて再びユリアンも帰路についた。
*
「まぁ、ヨランタさん。付き合いの短いでもないし、気持ちがまるでわからんでもないけど。神様が〝来客千人で日本への行き来を考え直してやる〟て言ってたのを無視してるのも、つまり他人に頭下げて問題解決してもらうのが気に食わんのやろ。」
「さすがマーチン、大体わかってくれてるね。私が、私で見返してやりたいのに!多分できるのに! 捕まった後、すごく速やかに助けてくれたのはとてもありがたかったけど、だからって。」
「誰も、恩に着せてキミを奴隷にしようなんて思てへんがな。
そもそも無理ゲーな困難にぶち当たったとき、勝手に他人が動いてくれてなんか解決してた!ってのは当人の普段の行いから導きでた、立派な本人の力やで、シンデレラの魔法使いみたいなのも、そう。…最初から他人に甘えるつもりのヤツには縁の無い力やろけどな。」
「?…マーチンは結局、私にどうしろと。」
「とりあえず今のコレは俺らの言うことを聞いて下さい、って。」
「んー。下さい、ってマーチンに言われたら仕方ないよね。そのかわり後で私の言うことをひとつ聞いてね!」
「何ひとつ理解してへんか。しょうがない、飯の注文くらいは聞いてやろう。」
*
そういうことならば、と、とりあえずその線で、十日後を待つことになった。
問題は私が外に出ようとすると、どこからか矢が飛んでくる気がして、膝の力は抜けるし目の前が真っ暗になるし、真っ暗になると拷問の痛みが思い出されて、一度は自分でもわからないほど泣き叫んでしまった、らしいことだ。
お外に出られないことは致命的。なにがどうあれ、これだけは治さなくちゃ。と思うのだけども、私ができる限りの回復魔法では対処できない。
こんな弱点ができたことは人には言えない。マーチンにだって言えない。でも気付かれてる気がする。
こうなったら、気合だ。根性だ。酒だ! と思ったけど、酔うとむしろ悪化した。
万策尽き果てて、3日。
お店にはユリアンたち〝アポスタータ〟の面々やその他の人々はぼちぼちやってくるのに、イボンヌら聖堂勢は来なくなっている。
殴られて嫌になったんだろうか、それならいい気味だ。
ニヤつきながら本日オススメのお酒〝雅楽代〟を傾けている。器は、黒くてザラッとしながら鈍い光沢がある、金属質っぽい陶器。黒錆っていうらしい。
お酒は酸味が強めフルーティで、ちょっとシュワッとしているのも清涼感があって良い。アテにしているのは、アジフライ。
「イボンヌさんらのために海産物をいくらか用意してたのに、来ぉへんようなってもうたんで消費に協力して。しょうむない。腹立つ。」
マーチンがぼやいている。今日はテーブル席の方にトンカツ好きが来ているのでフライもののご相伴に預かれた。客が他にいないときは、彼は揚げ物を却下してしまうのだ。私だってお金を払っているお客のはずなのに、なんだか理不尽。
まあ、いいや。ソースをたっぷり付けてアジフライにかぶりつく。ソースは、いつものがテーブル席に出張中なので〝都・東寺の味 ツバメ オリソース〟と書かれたラベルの、いかにも濃厚な香「辛ッ! 辛いよこれ、辛っ!」
予想外の激辛攻撃にむせ返ってしまう!
「あ、いい忘れてたゴメン、そのソース、ごっつぅ辛いやろ。とんがらしの一番辛苦いやつに当たってしまった感じ、うはははは。そこが旨いんやけどな。その上にタルタルソース盛ったらまろやかになるで。」
立て続けに3杯、お酒を煽って一息つく。マーチン、なんで私にイケズをして自分の憂さ晴らしをするんだ、ひどい。
ああ、お酒が回って体がポカポカしてきた、まだ辛い、暑い。上着のボタンをガバっと広げよう。はっ、マーチン、これが目的!? エッチ! さぁ、見るがいいさ!
*
急に扉がカラリと開いて、冷たい外気が広げた胸元に吹き込んで、寒っ! 酔いが覚めちゃう。誰だ。お客か。
「もうし。私は騎士イザベッラの紹介でお訪ねいたしますルドウィクという者です。こちら、マーチン殿の店で間違いありませんか。」
「ん、お間違えない。紹介も自己紹介もいらんよ、一見さんお断りの店やあるまいし。それ言うたらそのイザベラさんこそ最悪の招かれざる客の類やがな。
とりあえず、戸を閉めて好きなとこにお座り。敬語もええから、普通で。」
客は身なりの良い、若い男だ。はじめこそ緊張の面持ちがあったが、マーチンの答えを聞いて「やぁ、それはありがたい」と破顔一笑、慣れた様子で私にウインクをひとつかまして、隣の隣のカウンター席にスッと腰掛ける。
トンカツ好きの冒険者はイボンヌの名を聞いてサッと身構えて、まだ警戒を解かない。それくらいのアレだ、イボンヌは。
「と、するとそちらが破戒者・呪われしヨランタちゃん。こんな小さくて可愛いのに、ひとりで聖堂の組織を揺るがしてる有名人。すごいな、後でサインしてくれ。」
なんて言いながら馴れ馴れしく頭をワシャワシャ撫でてくるので、邪険に払う。でも男は気にする様子もなく、
「あ、マスター。今日はここで音楽を勉強してこいってあの〝三ツ首狂狼〟に仰せつかってね。聖堂の楽士で、ひとり暇で、酒に強いオイラが小遣い持たされて派遣されたのさ。とりあえず、ヨランタちゃんと同じ酒を。あ、あんまり高価なのは困るね。普通?ならそれで。普通がわからんが、もし足りなかったらあの姉ちゃんに持ってきてもらうから!」
「チャラい男やな。この辺には珍しい。俺には音楽の素養は一切ないが……あぁ、BGMね。好きなように聞いてって。リクエストは、注文次第で聞いてやらんでもない。
で、まず、お酒は流刑地・佐渡ヶ島のお酒〝雅楽代〟。あぁ、なんか名前の歌の縁があるのかな。べつに雅楽には関係ない由来の名前やけど、キミも流刑上等な感じやしな。」
「ひどいぜマスター。予算はあるんだ、あんたにも一杯奢らせてくれ。乾杯といこうぜ、初めての出会いと音楽に!」
「ま、えぇか。ほな、乾杯。」
「マーチンがいいなら。乾杯。あ、このオリソースフライ食べていいよ、ルー…ルマ…なんだっけ、いいや、ルー。」
「おぅ?」
「ぐわっ!」
音楽設定、入れてみたものの毎度激しく悩みます。オススメありましたら教えてください
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