(2)
いつものお店に見知った顔が並んでいる。
知り合いではあるけれども2つの敵対陣営に分かれて、ピリついた緊張感が漂う。「お酒を囲めばみんな仲間さ」とか言える空気感ではない。しかも、原因の多くは私だ。
その間に優雅な音楽が流れているのも、居心地の悪さを逆に強調するかのよう。
突然、沈黙を裂いて野太い大声が響いた。
「おぅい、大将! …俺たちにも、アレ…」
「あれ、野菜、欲しかった? でもパイ皮は無い。ほンなら、キミらにはベーコン特盛で、同じほうれん草とじゃがいも入りのスパニッシュオムレツ?を作ってあげよう。15分ほど待つがいい。
その前に、突き出しはプリマハムの合鴨スモーク半分に生タマネギスライス添え、な。」
普通に、お料理の注文でした。そりゃ、そうだ。腹が減ってたからピリピリしてたのね。とにかくみんな満腹になればいいよ。話があるとしても、それからだ。
そして出てきた突き出しを一切れつまんで口にしたユリアンが、皆を代表して一言、
「これ、ひとり3人前ずつくれ。14人前になるかな。」
「いや、12人前やけど、それくらい食いそうやな。」
「まぁな。こっちで好きに切って喰うから、大皿に塊で頼む!」
「ハイハイ忙しい忙しい。じゃあ、丸のまま7本。キリ良く8本にするか? 玉ねぎも2玉を半分カットで、直カジリするといい。
で、お酒はどうする? 今日は寒いところつながりで、北国のボスの名を冠した〝会津中将〟がオススメ。」
*
「私は、昨日飲みすぎたから、すまんが薄めたワインを頼む。朝から二日酔いがひどくて…」
「ワインか。申し訳ないが詳しくないんで、適当なチリワインの赤と白しかないけど、ええか? 味と銘柄の解説は無い。知らんからな。悪くはないんと違う? 白、はい。割るのは水?炭酸?炭酸。ボトルで、後はお好きに。
他は?」
「露骨に機嫌悪くしないでよ。私は日本酒をもらうわ。中将、は騎士より偉いの?」
「そりゃ、平の騎士と比べたら天と地よ。彼の場合は、王家に連なる200年続く辺境伯、くらいに思うたらええでしょ。」
「いいじゃん。強そう。いつか飲ませてもらった〝七本槍〟と同じ感じ?」
「んー、会津中将は負け側やけど、革命勢力に立ちふさがる最強の敵にして美青年ポジション。敵側ヒーロー新撰組のボス。地元では没後100年以上経っても愛されておる。
味でいえば、あっちより淡麗系かな。」
「そういうのを聖堂騎士にオススメするマーチンの根性の悪さったら。私はそれで。そういうの大好き。」
「そんなら良かった。…野郎どもは?」
「俺らは、水でいいよ。」
「ンぁ!? 聞こえんなぁ。」
「(ちょっとユリアン、あんまり警戒したらかえって怪しいよ、あのポンコツ騎士はそんなに警戒するほど賢くないって!)」
「(そうなのか?まぁ、ヨランタが言うなら…)あー、じゃあその辺境伯の酒で、俺らもちょっと薄めにできないかな。」
「むぅ。ほんじゃ、薄めの日本酒カクテルにしてやろう。多めに4ツつくるから、適当に回し飲むなり好きにしたらええ。
〝会津中将〟のトマトジュース割り〝レッドサン〟。
同じく、ライムジュース割りの〝サムライ〟、
カルピス割りの〝カルピ酒〟、いちばん弱い人向けの〝サイダー割り〟。」
「おぉ、ガラスのタンブラーに波々と。キレイなもんだ。しかし悪くないが、こうなると石の盃で飲みたい気持ちにもなるな。」
……私が後回しにされている。私が一番常連だから、私が一番偉くて、私が一番優先されるべきなのに…
「すまんな。順番が前後してるけど、ヨランタさんは常連以上の住人レベルやから甘えさせてもらった。さ、酒器はどれにする?」
「…な、なぁんだ、そういうことならいいのよ。もう、いっくらでも甘えちゃって! ほら、さっさとユリアンたちのお料理をつくってあげなきゃ!」
「ヨランタ、それはただの〝都合のいい女〟になってるぞ、間違えんなー!」
「ジグ、うっさいわい!
…んー、この陶器。薄青いのが寒い国っぽくていいね。」
「こういうところでこの子、要領がええなぁ。それは中将の地元・会津本郷焼。基本はなんでもアリやけど、そういう青系が得意な焼物や。グッドチョイスのご褒美に、多いめに注いであげよう。」
「わぁい!」
「子供か。」
*
上品なブルーの酒器に湛えられた透明なお酒を、拝むような気持ちでクッと飲み干す。冴え冴えと澄みわたった清冽さが、キリッと口から喉、腹へ落ちていき、背筋を正さずにいられない、そんな雰囲気。
「つまり?」
「キリッとしている。」
「それはもう言ったやん。どんなお味やねん。もっと周りの日本酒初心者の皆さんにも伝わるように、熟練のレポを!」
「そ、それは無茶ですよマーチン卿。うぅん、おいしい!さわやか!シャッキリとしていてそれでいてポンとしている!」
「それが結論でオッケー?」
「いやダメ、うぅ、だったらマーチンが言ってよ!」
「俺も、だいたいキミが言ったことに同意やね。ポンはわからんけど…あ、ポン酒かぁ。」
「?」
「なんでキョトーンとしてんねん。まぁええわ……よいしょ、ほうれん草入りスパニッシュオムレツ完成。ヨランタさん、テーブルに持ってって。」
「え……いいよ、どんっどん甘えてもらうよ! よい、しょ、ぅぇ、ちょっと待って重た、うー…」
「見てられん! 私が運ぼう!」
「ひ、姫! そのようなことは、私どもが、」
「あー、あー、アタシが持ってくから。お偉方はどっしり構えてな。
あと、ヨランタは、まぁ、何だ、頑張れ。」
「言われるまでもないよレナータ。まだ、彼女らに斬られたのが完全回復してないのよ。それよりアナタ、なんでシラフみたいな顔してんの。酒場なんだから飲もうよ。」
鴨肉の塊にナイフを突き刺してそのまま齧りつき、口中の脂を流すために素手で掴んだ玉ねぎを丸かじりする蛮人の宴のテーブルから女戦士が駆けつけてきてくれた。
でも、空気は良くない。
「貴族様と一緒に酒飲んで旨いもんか。だいたいアンタは、いや、別にいいンならいいけど。アタシゃあ わからんねぇ。」
うーん、言われてみれば被害者である私が加害者を嫌いぬいて当然だけど。みんなからどれだけ嫌われてるんだ、イボンヌ。
「やかましい。私は有象無象に好かれる必要はないんだ。それに好いてくれる仲間もいる。あと、貴様が被害者面するのはおこがましいぞ。」
言ってる言葉の割に、ちょっと泣きそうだけど? 薄めててもワイン呑んでるから、もう酔ってるのかな?
あと、キッシュ、食べないなら貰うね。
「もちろん食べる。向こうへ行けヨランタ。マーチン殿、次の料理は!」
「ハイハイ、いま出るよ。ほうれん草と生ハムのクリームパスタ。それもスパゲッティではなくフェットチーネ。あと、なんでもええけど店の中でも外でもケンカはせんとってね。」
一抱えもありそうな青い陶の大皿の上には、乳白色のクリームがとろりと和えられた、山盛りな幅広の麺。みずみずしい濃緑色の野菜とハムのピンクも添えられて、視覚と嗅覚に三たび暴力が振るわれる。
口の中にこれを入れた時の感触がリアルに想像できて、唾液が弾ける。飲み込む喉越し、胃に落ちた熱まで一瞬で連なって、まだ食べてもいないのに体幹が激しく軋んで、嬉しい悲鳴を上げた。
「ケンカ、は、せんと…騎士に戦いをするなと?店の外でも? それは、ご無体な! 」
「アタシだってケンカは日常さ。やるなっつってやめられるもんじゃねぇよ。なぁ、ヨランタ!」
「私に振る!? 私は直バイオレンスはできないよ。そりゃ、ケンカ腰は日常だし、お上品な街じゃあ商売あがったりだけど。…マーチン、急には無理だよ。」
「誰のためやと思って…まぁ、そんならなんでもええけど。殴り合いは外でね。」
「よしっ、騎士様、その料理を賭けて、表に出ようかッ!」
「仕方あるまい!」
「な、んでッ!? レナータにはオムレツあるでしょ!」
「姫、蛮人の仕置など私どもにお任せを!」
「ヒョロヒョロの隣のへなちょこが相手か、どっちでもいいぜ!」
「カヤを甘く見るなよ、これでも男の1ダースくらい軽く投げ飛ばすぞ! だったら、私の相手はどいつだ!?」
「おぉっ、楽しそうなことになってるな!ヨランタ、オッズはどうだ!?」
「見たところ、お付きさんとだったら、全然飲んでないレナータの有利かな?」
猛然とオムレツをも平らげようとしていた男たちも俄然、塩と油脂を吹き出させた顔で参加してきた。お腹が満ちて元気いっぱいになると、かえって慎重さが剥がれてこうなってしまうのか。
自分に向かう暴力沙汰はふるふるゴメンだけど、やっぱりコイツラはこうでなくちゃ。
「ヨランタさん、なぜ煽る。止めたいわけやないんか。
もう、好きにしよし。せやけど、冷める前に済ませろよ!料理を干からびさせて台無しにしたら、以後出禁やからな!
……BGMはイノキ・ボンバイエに変更しよ。」




