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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
ちぢみほうれん草 と 会津中将

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(1)


 冬至をいくらか過ぎて、日中の時間はいくらか長くなった。


 マーチンはこの冬まで、律儀に時計で夕5時の開店を自分ルールにしていた。でも私が住み着いてからはその辺が徐々に曖昧になって、最近では暇だったら夕刻前でもさっさと店を開けることにしているみたい。

 ただ、それで客が来るわけじゃないんだけど。お店の間は私もべったりできないからね、仕方ないね。


 今日もいいくらいの西日を浴びながら、店の表を竹箒で掃き清め、さっさと赤ランタンに火を灯してる。



 私は店の戸を半開きにして、店の中からその男の様子を見ている。


 私自身の負傷はかなり癒えて、なんと昨夜は悪夢にうなされなかった。それもそのはず、恐るべき悪魔のような敵をあんな調子に手懐けたうえに、私には愛の歌までささげてくれたのだから。恋する乙女モードになるなというのが無理な相談だ。


 昨夜などは介護モードの延長で彼のベッドに潜り込んだのだけど、ひと晩じゅう含み笑いと身悶えを抑えきれなかったので、朝になって介護終了を宣告されてしまった。

 どうも〝恋人候補〟よりは〝親戚の娘さん〟扱いが定着してきそうな雰囲気になってしまっている。

 ここは残念だけど、甘えはすっぱり諦めて、自立したデキる女ポジションになるようにしていきたい。



 と、いうことで、今。

 まず歩けるようになったアピールで外に出歩こうとしてみた。が、やっぱりまだ身がすくむ。


「ここは、お酒の力を借りなきゃ!」

 言い放ってはみたものの、「そういう酒の飲み方は許さん」って、あっさり却下されてしまった。

 デキる女は(つら)いぜ、とか言ってみたかったところだけどデキない女は本当に辛い。

 そもそも私には根性や闘志、気高い精神性といったパラメーターの持ち合わせは無い。困った、スタート地点から暗礁に乗り上げてしまっているぞ。

 ちなみに、デキる男が辛いことは(ゲン)()たないが、デキない男冒険者は早々に辛さから永遠に解放されるので、存在していない。弱者男は救いたい姿をしていない、ってやつだね。私はもうちょっとマシなはず。



 そういうわけで、私は扉から半身を乗り出して外の風景を眺めている。

 ちょうど夕日が沈もうとする時刻、遠くの路上から霞む空気が揺らぐなか、ユリアンたち4人のパーティー〝アポスタータ〟の人影が並んで、カッコよく現れた!

 駆け寄って再会を喜びたいけれど、足が不思議にいうことを聞かないので仕方なく、手を振って彼らを迎える。


 一秒でも早く彼らと抱き合って感謝を述べたいところなのに、彼らの足が止まった。


 その視線を追って振り向くと、反対側から聖騎士イザベッラとそのお付きの女性従士、確か名前はカヤ、その2人。

 掃除中に何か気になる箇所があったのか悠長になにやらゴソゴソしているマーチンと、私と、それを挟んでユリアンたちとイボンヌ(イザベッラ)たちが睨み合う謎のシチュエーション。ピリピリした、一触即発の空気が左右から押し寄せる。



‹ ↓また読み飛ばし可 ↓ ›


 冒険者と、聖堂の関係者。基本的に両者の仲はよろしくない。

 冒険者のなかにも敬虔な聖堂の信徒がいないわけではないが、特に、組織としての冒険者ギルドと、聖堂の取締官の対立が激しい。


 ギルドは冒険者の利益のためにエグい呪物の取り扱いの仲介を、大手(おおで)を振りはしないながらも当然の権利として、隠さずに行っている。王国でも、それは認めている。聖堂でも穏健派は黙認している。しかし、聖堂タカ派はこれを認めたがらず、王国法の細かいところを突いてどうにか止めさせようと、難癖をつけては邪魔しようとしてくるのだ。

 また、ギルドでは闇ヒーラーでも腕と行いが良い者は積極的に(かくま)って貧乏パーティーの治療の斡旋をしている。これも、聖堂穏健派は見て見ぬふりをするけれども、タカ派は発見次第、襲撃をかける。

 どちらも、ヨランタがしっかり噛んでいる件だ。


‹ ↑ 読み飛ばし ここまで ↑ ›



 そういう(いさか)いを持ち込まれてもマーチンとしては途方に暮れざるをえないが、どちらかの味方をするとなれば、冒険者側だ。

 それ以前に、店先で睨み合っていられては空気が悪いし、物騒だ。さっさと店内に入ってもらおう。と、ヨランタを抱えて戸を大きく開き、両者を迎え入れる。イザベッラには野菜を口に突っ込んで黙っていてもらおう。



「大将、久しぶり!ヨランタも、あいかわらず元気そうだな!」


 如才ないジグムントが唐突気味に、微妙なニュアンスを含ませて明るく口を開く。


 言うなれば、まだ〝容疑者〟には名が挙がっていない真犯人と警察が鉢合わせしている現状だ。彼らとしても知らないフリをして追及をかわす算段であるらしい。

 なぜ容疑がかけられていないかというと、魔法の心得がない彼らと、マーチンが差し入れしたガソリン缶による爆発攻撃が噛み合わないため。

 意外な幸運のめぐり合わせがあるものだ。



「おぉ、キミらの注文は、相変わらず肉かね。」

「いや、貴族様と同席の栄を賜るとか面倒だね。日を改めて、また来るよ」

「この人ら野菜好きで、毎日来る言うてはるから来れへんようなるよ。テーブルとカウンターで席分けるから、入ってしまい。この中じゃ、大した事にはならへんから。さ、さ。

 イサベルさんも、突っ立ってんとチャっとお入り。」


「惜しいが、イザベッラだ。今日は名を覚えてもらうまで帰らんぞ。

 さぁ、今日は何の野菜料理があるんだ!」



 店内には絞られた音量で静かに音楽が鳴っている。

 先日のレベルアップで解禁されたお店のオプションだ。結局どんな音楽なら流しても問題なさそうか、昼間に2人で相談した結果〝渋い男声ボーカルのラブソングは他人がいるときは禁止〟とヨランタが強硬に主張したため、いま流されているのは許可された、落ち着いた女声の、コシミハルのシャンソン。


 客たちはこの曲たちについて口々に問うてくるが、マーチンは「知らん」と流すだけだし、ヨランタも「フフーン」以上に答えようとしないので、皆、微妙な表情で聴き入っている。こうしていると、静かでいい。



 本日の野菜は、マーチンも大好きなほうれん草。それも今回はスペシャル版、真冬らしいちぢみほうれん草だ。

 寒気にさらされて、まるで萎れたようにシワシワに縮んだ草だが、甘味などが濃縮されて旬である以上に味わい深くなっている。


 で、いちおう貴族の、面倒な客が予告をして来ているので、さすがのマーチンも多少手の込んだものを出すつもりにはなっている。そして選ばれたメニュウが、キッシュ。

 パイ生地の船の中につくる具入り玉子焼きであるフランス料理。味だけならば、おじさんにとってはただの玉子とほうれん草の炒めものと大差ない。が、見た目にはケーキ風で高級感が増す。そういうごちそう感・おもてなし感は大事だ。



「イザベラさんは野菜が多い半分、ヨランタさんはベーコンが多い半分を食べるといい。あ、お付きの人もいるんか。じゃ、六等分で好きにお食べ。切り分けるよ。」


 作り置きが効くのもキッシュの良いところだが、今はちょうど出来立て。早い開店なのにタイミングの良いこと。

 温かな香り、パイ皮とタマゴとベーコンと、主張は抑えめながら野菜の香りも混ざって広がる。誘われるように、4人テーブルに掛けた大男たち4人の間に詰めて入ろうとしていたヨランタもフラフラとカウンターに吸い寄せられていく。



「〝ッラ〟が大事なんだ、マーチン殿、練習してくれ。

 しかし、ホーレン草かぁ…」

「姫の悪食には私どもも慣れましたが、本当にこれを?」


 カウンター席では女騎士と従士が、当惑の表情でささやきあっている。


「そなたはこの辺の出身だから知るまい。筋張って固くて青くさい野菜だ、ちょっとでも育ちすぎると木の枝をしがむ思いで口にすることになるが、しかしマーチン殿の料理だ、悪いものではあるまい。ほら、カヤ、卵も贅沢に使ってあるぞ。」

「あの牡蠣も、姫の喜びに水を差せませんでしたが、私どもには、やはり、どうも。兵どもも四分の三はひたすら戸惑っておりましたし…」


「なんや、野生の原種みたいな草と比べてもらっちゃあ困るで。一口だけでも食べてみよし。」


「ほうれん草、おひたしでも炒めものでもおいしいよね。私は好きだよ。イボンヌ、食べないの? 全部もらおうか?」


「な、むぅっ!」

「姫の御前だぞ、床に膝をつけ、不心得者。イボンヌが何者か知らぬが馴れ馴れしいぞ。」

「カヤ、ここではそういうのは無しだ。聖蹟で使徒殿が営む食事処だからな。だが、そなたも畏まる必要はない。」



 イザベッラは恐る恐る、パイ皮部分を多めに切り取って食べる。従士カヤも慌てて追随する。

 ヨランタは、手で1ピースをつまみとって大きくかぶりつく。「んー、最高!」


「甘いし、柔らかいし、いい香りだ! これ、ホーレン草なのか?」

「おじやうどんにも入ってたじゃん、何をいまさら。」


 どうやら気に入ってもらえたようで、若干緊張していたマーチンもこっそりと一息つく。そんななか、


「おぅい、大将!」

「あ、忘れてたわけやないで、順番、順番。はいどうぞ。」







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