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第2部 開始★ 転移酒場のおひとりさま ~魔都の日本酒バル マーチン's と孤独の冒険者  作者: 相川原 洵
豚肉のハリハリ鍋 と 玉乃光

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挿話 おじやうどん


 イボンヌが帰らない。

 お鍋は、この騎士様が草を、マーチンが豆腐を熱心に食べて、私には肉ばっかり回ってきて、最後には突き出しのおばんざいまで結局ぜんぶキレイに空けてしまった。


 お酒はまだ残ってる。イボンヌのやつ、それほど酒に強い性質(たち)ではないようで、すっかり緩んだ表情で笑いながら私の髪をワシャワシャといじりまわしてくる。

 そこまではまだダメじゃないけど、私の耳の穴に指を入れてくるのはどういう性癖だろう。何がしたいのかの想像がつかなくて、とても緊張する。今度は耳の中に針でも突き刺す気か。体がキュッとこわばって酔いが覚める。


「ヨランタさん、トイレか? どれ、よっこら…」

「待ちたまえマーチン殿。私が連れて行ってやろう、私の責任でもあるしな。」


「待って、違う違う、そうじゃない、大丈夫だから助けて!」


「大丈夫なのに何を助けろと。あ、それやったらおっちゃんの膝の上に来るか。おっ、ヨっちゃん重たなったなぁ。」

「ずるいぞマーチン殿! 私のお人形だ!」


 2人とも酔いすぎだ。マーチンまでこんな上機嫌に酔うのは珍しい。そして私は彼の親戚の娘さんではない。頼むから醒めて。「არანორმალური სტატუსის გაუქმება!」



「ワっ、は、あぁー、酔うてた! ………なんやこのムチムチ…おー、これはええな。」


 なんで、酔いが醒めたのに頬ずりしてくるかな。いいけど。いや、ダメ、おヒゲが痛い…違う、コレ言ったら本格的に娘だ! 今は彼を狙う敵が現れたので、もっと詰めていかねば。

 その敵・聖堂騎士イザベッラことイボンヌを退けるためには……ん?奴は?


 スー…スコー…

 毒の抜けた安らかな顔で、いつの間にか眠りこけていた。えぇー、これ、どうすんの?



「それより、腹減らへんか。鍋の〆に炭水化物を投入しよう。…ん? 思たより汁気が残ってるな。雑炊にはちっと多いから、うどんか…でも今の気分はお米やな。さてどうしよう。」


「お腹減ってる?んー、でも、目の前にでてきたら食べられるかな。迷うなら、両方やっちゃえば?」


「そうか、その手があったか。〝あの料理〟ヨランタさん知ってたん?」


「いえ、何も。あの料理、って?」



「うむ、およそ美意識の類を感じることがないメニュウやけども、先日の〝とうめし〟が東国の身も蓋もないC級グルメなら、こちらは西国の身も蓋もないC級グルメ。

 うどんとおじやを一椀で一緒に食するダメ料理〝おじやうどん〟。本当に名の通り、お鍋で汁気多くおじやを炊き上げて、その上に茹でたうどんを投入する、それだけ。

 今回は急造の鍋の〆なんで味わい深みが足りんので、タマゴとお揚げさんとカマボコにほうれん草を一添えくらいの具ぅを足そうか。」


「わぁー♡」


「ヨランタさん、カマボコ切るくらい、できそう?」

「んー、と。」

「私がやろう!」

「わぁ、イボンヌの復活。イボンヌの復讐。

 もう帰りなよ、歩いて帰れるうちに。いろんな所で恨みを買いまくってるんでしょうに!」



 鍋の〆。そうだ、前回の羊鍋では、あんまりおいしくてつい全部お汁を飲み干してしまって、あとからそういう文化があることを知ったんだ。あのときは、ちょっと泣いた。

 今回はリベンジ。


 というところで、さっきまで静かに寝ていたのに急に復活して、話に分け入ってきたイボンヌことイザベッラ。

 私はまだアンタが怖いんだ、無邪気なフリで割り込まないでほしい。

 だいたい、この店周辺の界隈は治安が悪いんだ。昼間でも女一人で歩くなんて誰もしないほどで。泥酔して出歩いたらすぐにお肉みたいにされちゃうよ。「舐めてもらっては困る」とか言ってるから、止めはしないけど。



「そういえばキミも、何やら手伝えるみたいなこと言うてたね。何の料理ができるん?」


「料理か! 料理は、従者のカヤの仕事だ! しかし私もやってみたいと常々思っていたんだ!」


 何の悪びれもせずに全くの未経験であることを告げる女騎士。いいさ、期待してたわけじゃないよ。でも、何を手伝う気だったんだろう。

「とりあえず私が右手でカマボコ切るから、押さえておいて。」



「こうか? 怖いな、私の手を切ってくれるなよ。…言っておくが、私がお前をいじめたくて色々やったわけではないのだからな。アレは仕事だ。無理に我を張らずに話し合いに応じてくれていれば最初から友達になれたかもしれんのに!」


「話し合いってのはムリな要求を一方的に突きつけることじゃないからね! 放っておいてくれてたら、お互い関わりなく生活できてたのに……」


「法で動く組織である以上、そうポンポンと例外を認められん! お前も秩序ある社会の恩恵を受けている以上、帰属意識をもって社会に協力すべきだ。」

「寒村生まれで母ちゃんに売られる前に逃げ出して1人で生きてきた私に貴族様の言葉は届かないよ、苦労知らずのお姫様!」



「はいはーい、喋っとらんでお料理の手を動かし…てるやんけ。ご苦労。まぁカマボコのスライスに失敗も何もないけど、キミら案外、相性ええんと違うか。ほな、(もろ)うてくよ。もうちょい厚切りでもよかったけどな。」


「マーチン、そういうのは最初に言って!」

「そうだぞマーチン殿、厚かったなら後から薄くもできるが、」

「ええがな、言うてみただけー。もう53秒だけお待ち。ほら、お出汁の香りはしっかりしとるやろ。

 そしてここに若い娘さんの素手の出汁も追加。」


「なんでこのインゲが若い娘さんなものか! マーチンの感覚はおかしい!」

「どうして今になって名前が増えるんだ、イザベッラだ! 頭皮を剥いで頭骨に彫り込んでやろうか、イザベッラだ。私は28歳、若くなくはないだろう!」

「なにっ」

「イボンヌ、35歳くらいだと思ってた! 苦労知らず、って言ったのは取り消すよ、本当にゴメン。」



「…小娘の言うことはいまさら気にしないが、マーチン殿、地味に驚きの声を上げないでくれるか、深刻に傷つく。私は28歳。私は28歳だ!」


「知らんがな。あー、三十過ぎやったら交際を申し込もうかと思てたのに。

……冗談やで?」



 ポカンと口を開けて固まってしまった2人に目線も向けず、マーチンが〆の一品を供していく。開きっぱなしで乾き始めた口の中を湯気がくすぐって、女たちの意識が戻った。


「30まで、あと5,6年…」

「フッ、あと2年なら、いまから交際を始めていいくらいではないか!」

「まさかマーチンがくたびれて(たる)み始めた熟女好みだなんて……もうスキンケアなんかしない…」


「冗談やて言うてるやろ、そういう問題じゃないし。食えよ。」


「私の身体は弛んでなどいない、完全現役だぞ、マーチン殿。…さてこの料理は。おほっ、野菜の良い味がっ!穀物に染みてっ!

 …カマボコ、これは何かと思っていたが、魚の味がする。魚肉のパテの、うんと目の細かいものだな、煮たものとも焼いたものとも見えないが。熱を入れてなお鮮やかな色もごちそうだ。ひょっとして、食せる染料があるのか?だとしても抜きん出た技が、」


「んー、面倒くさい客が来たな。」

「面倒くさい女だよ。さっさと追い払おう!」



 料理は質素な美濃焼どんぶりに質素に盛られた素朴なもの。そこにカマボコのピンクと卵の黄色、ほうれん草の緑が鮮やかで、美味を約束している。

 まだ左手が動かないヨランタは丼を持って掻き込むことができない。不承不承に匙を使ってうどんを細かく切っている。イザベッラは戸惑いながらもマーチンの箸使いを熱心に見て真似しようとするが、讃岐と違ってコシがなく柔らかい上方のうどんは簡単にちぎれて難儀している。


 ちなみに、うどんは蕎麦・ラーメンと違って立派な宮廷料理出身なので、必ずしも(すす)って食べない。マーチンはチュルンと上品に吸い込む。

 ラーメンの食べ方は学んでいるヨランタは得心がいかない表情だが、いずれ説明してやる場面もあるだろう。



「だから、待ってくれ。せめてこれだけ食べさせて。いやぁ、これだけの料理がどうしてこんなにおいしいんだろう。あ、ヨランタ、私もまだ呑みたい、タマノヒカリ!」


「アナタはこれから帰るんでしょー。イヤだよ、仮にも知り合いになった人の生皮が物干しに吊るされてるのを見るのは。」



 ずいぶん中身の少なくなった一升瓶からマーチンに注がせつつ、まだテーブルクロスを巻き付けただけの恰好のヨランタが憎まれ口を叩く。白すぎるほど白い簡素で足元まで長い服は宗教的な衣装にも見えて、一瞬反論に詰まるイザベッラ。

 仕方なく、マーチンが口を挟む。



「ヨランタさん…、いやさ、この世界は時々ボソッとダークファンタジーになるのが怖いね。イー…イゾルデさん、他の客は連れてこんでええけど、また来てね。」


「イザベッラだ、イザベッラ。今までそこをこんなに間違えられることはなかったのだがな。心配してもらったことは感謝とともに覚えておこう。

 なぁに、20人の僧兵にこの店を警護させているし、悪人が付け入る隙はないさ。」


「すまんなイザベラさん、SP付きは止めてね。普通の日やったら営業妨害やさかい。」

「そうだぞインゲ、もう来なくていいぞ!」


「そうはいかんぞヨランタ。明日も来るからな、マーチン、店は開けておいてくれよ!」




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